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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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誤算-インフレーション-

 固定観念というものは恐ろしい。確証バイアスも希望的観測も同様だ。

 盲信すれば盲点が生まれるのは自明の理だというのに、神は万能だと思い込んでいて、その神が生み出したシステムも瑕疵(かし)のない都合のよいものだと決めつけていた。他ならぬ神自身がそんな保証などしていないというのに。


「……ゲロルグさん、聞いていい?」

「なんでゲロか?」


 自転車でやって来たルーキー二人を新戦力のテストがてら返り討ちにした直後。

 このまま帰るならそれもよし、再度ゼロから頑張るつもりなら百円均一の粗品でも与えてやろうと思い、恩恵を設定するメニューを開いたところで僕は己の目を疑った。


「昨日は110ポイントで買えたボールペンが……今日見てみたら226ポイントにまで跳ね上がってるんだけど、何か心当たりとかってある?」


 昨日、僕は被服類や自転車の他にも百均で買える雑貨を恩恵として設定した。

 

 メモ用紙、ボールペン、歯ブラシ、爪切り。

 この世界にも代替品がありそうだが、安さと利便性を備えているのでとりあえずの恩恵として設定した品々だ。


 それらが一律で値上がりしているのは一体どういうことなのだろうか。


「ゲロ? おお、ポイントが上がったのでゲロね! それはハジメ様の世界のモノが優秀であると認められた証ゲロよ!」

「……ちょっと意味が分からない。どうして優秀だと認められることで生成するのに必要な魔力量が上がるの?」

「……? 理屈は知らないでゲロが……それが希少だとか有用だと世間で評価されるとポイントが上がるゲロよ。神直々に下す格付けみたいなものゲロね。逆に使えないと判断されたらポイントが下がるゲロ。だから上がっているのはとても名誉なことなのでゲロ!」

「……いやおかしいでしょ。昨日110円で作れてたのに今日からは200円超えなんて経済が破綻するよ」

「円じゃなくて魔力ゲロ。そもそも神が作ったシステムを人が操作できるなんて思わない方がいいゲロよ」

「また神の御業(それ)か……」


 思わず舌打ちが出そうになるのをぐっと堪える。

 頭の中で三回『人』の字を書く。それが自分なりのアンガーマネジメントだ。『知っていたなら早く言え』という言葉を飲み下して意識を瞬時に切り替える。


 ……人の深層心理が生成に必要な魔力の量を左右する? なんだそれは。どういう理屈でそうなって、どういう意図があってそんなシステムを組んだのか。


 地球にも似たシステムはあった。通貨の価値を示す為替レートは、その通貨を人が欲しがるかどうかで相場が変動している。

 金利の高低や地政学的見地、景気や将来性など要因は多岐にわたるが、つまるところ需要が多ければ価値が上がるという市場原理に則ったものであった。


 その原理が、なぜ魔力などという物質にまで影響されている?

 意味が分からない。人が作ったシステムが人の意思に影響を受けるのは分かるが、なぜ神の作ったシステムが人の意思に影響されるのか。 


 一方的なインフレなんてダンジョン経営にとって不都合しかない。恩恵が値上がりすれば生産量が減り、流通量が減れば結果として人も困る。誰一人として得をしない仕組みだ。


 ……ダンジョン経営を楽にさせ過ぎないための仕組みなのか? 安定の地盤を築き上げたダンジョンがトップを独走することになるのを阻止するためと考えれば一応の辻褄は合うが……そもそも競争の公平性を維持するための仕組みとは思えない。そうならそうとゲロルグさんが知っているはずだ。


 経営者も消費者も損をして、ならば一体誰が得をする?

 ………………神、か。


「きな臭い世界だね、ほんと」

「急にどうしたでゲロ?」

「何でもないよ。ちょっといろいろ計画を見直す必要が出てきたってだけ」


 メニューを操作してマウンテンバイクの値段を確認する。

 おお……20,000Pで買えた品が64,923Pにまで跳ねあがってるよ。いくらなんでも高すぎるだろ。目玉商品として客寄せに利用する予定が水の泡じゃないか。


「売れると思ったモノは安いうちに大量に仕入れておかないと損をする……在庫管理の必要性まで出てきちゃったよ。まいったなぁ……レッサーリザードには任せられそうにないタイプの仕事だ」

「……ゲロがやるゲロか?」

「いや僕がやるよ。地球産のモノは僕しか作れないみたいだしね。ゲロルグさんには探索者の相手をする魔物の呼び出しをお願いしたい。慣れてる作業だろうしね」

「ゲロ」


 やらなくてはならないことが雨後の(タケノコ)のように生えてくるのが仕事というものだ。それは異世界でも変わらないらしい。


 メニューの履歴タブから恩恵に設定した品の現在価格を確認する。

 服は二割増し程度、靴と雑貨が二倍近く、自転車は三倍以上か。


「作るための魔力が増えるのは厄介だけど、何が好評だったのかが一目で分かるのだけは便利だね。一応の指針にはなりそうだ。デメリットの方が勝るからバランスは取れてないけど」

「格が上がるのは名誉なことなのでゲロがねぇ」

「生産性を犠牲にして上がった格なんかに価値はないよ」


 今はとにかく安いコストで最大限の利益を得る手堅い経営が求められているのだ。有用なモノは値上がっていくという仕組みはその方針に大きく水を差す。運転資金が不足している以上、潤沢な在庫を確保しておくことも叶わない。

 打開策を練るとなると……幅広い恩恵を設定することで物価の上昇を分散させつつ、中毒性のある恩恵で探索者を――ひいては近くの町をこのダンジョンに依存させることか。


阿片(アヘン)はさすがに規制されそうかなぁ。探索者がパァになったらそれはそれで客足が伸び悩むし……いやそもそもこの世界の人間に毒は効くのか? 酒類を振る舞うのはアリかもしれないけど、もしアルコールが劇毒になるようだったら怖いよなぁ。微生物で滅んだ宇宙人の映画とかあるし……」

「なんで恩恵に毒を設定しようとしてるゲロ……?」

「経営を助ける薬になるからだよ」


 とはいえ酒がどういう扱いを受けているのか不明な以上、恩恵に設定するのはやめておいた方がいいかもしれない。

 国策として国が製造を担っている場合は悪い意味で目を付けられるし、そもそも飲酒がご法度の国という可能性もある。


 加えて『地球産の食料』がこの世界で評価されてしまった場合のデメリットも深刻だ。もしも日々の食費が二倍三倍に増えていったらシャレにならない。

 ……焼き鮭定食は作成するのに異常に高い魔力を要求されていた。他の食事が似たようなことになった場合、僕はこの世界の食品を口にしなければならなくなる。それだけは絶対に勘弁被りたい。日本の衛生管理状態に慣れきった僕にとって、どんな環境で保存されていたのかも分からない異世界の料理など正体不明の毒にしか思えないのだ。


 地球産の食料を恩恵にするのはやめよう。そう決意してメニューを操作する。


「レッサーリザードの値段は昨日と変わってないか。正直助かったよ。彼らの給料が値上がりしたらいよいよ経営が破綻するところだった」

「ゲロ? ああ、陸匐(りくふく)族の魔物を作る魔力量は変動しないゲロよ」

「……理由は?」

「魔王様が陸匐族だからでゲロ」


 まるで理由になっていない。だが()()()()()()なのだろう。神がそうしたならばそうなのだ。社長が「カラスは白い」と言ったら白になるように。

 僕は思考を放棄して受け入れた。


「なるほど、理解したよ。……ちなみに、他の種族の魔物を呼び出す魔力量は世間の評価によって変動するの?」

「するでゲロ。ただ……他種族の力を借りるのは禁止(タブー)でゲロよ。魔王様にバレたら殺されるゲロ」


 フリかな? それバレないようにやれっていうフリだよね。

 僕はそう解釈した。どんなにタブーであろうとも有効ならばやるに決まってる。それが経営だ。地球の大手会社でも平然と行っていたことである。


 特商法や景品表示法に触れない程度に消費者不利の画面設計(ダークパターン)を形成することは基本中の基本。

 単独購入かと思いきや継続購入になっていて、かつ解約に難解な手続きを要求する強制継続購入(ローチモーテル)や、重要な選択をぼかして企業有利な選択のみを目立たせる誤誘導性(ミスディレクション)は特に有名だ。


 消費者の心理など関係ない。益をもたらす仕組みがあるならとことんまで利用する。魅力的な他種族の魔物がいるなら雇用しない理由がない。

 不快を被る対象が消費者ではなく組織のトップであるのは問題だが、隠蔽に成功すれば当然のようにリスクを踏み倒せる。ここは腕の見せ所となるだろう。


 魔物分類録を読み進める必要があるな。値上げ対策を講じる必要もあるし……今夜もだいぶ忙しくなりそうだ。


 120Pを消費して缶コーヒーを飲む。鼻に抜けていく豆の香ばしさと染み渡る苦味がストレスを癒やし、心地良い落ち着きを与えてくれる。

 働き始めてから飲みだして以来、もはや必需品と化した頼もしい相棒だ。


 ほっと一息ついたところでゲロルグさんが言う。


「ハジメ様、昨日の水とは違う物を飲んでいるのでゲロね。随分とキラキラとした缶に入っているでゲロが……もしかして美味しいんでゲロ?」

「……まずいよ。凄くまずい」


 僕は嘘をついた。


「なんというか……この世の終わりみたいな味がする。色も泥水そのものだし、臭いし身体に悪いし、最悪の飲み物だね」

「ええ……な、なんでそんな物を飲んでるのでゲロか……?」

「まず過ぎて眠気が飛ぶからだよ。奴隷を働かせる時に飲ませる景気付けの飲料なんだよね。安く作れるから仕方なく飲んでるだけ。ゲロルグさんも飲む?」

「……え、遠慮するゲロ」


 何か可哀想なものでも見るような視線を残し、ゲロルグさんは顔を逸らしてメニューを操作し始めた。僕もそれに倣ってメニューをいじる。


 ふむ……缶コーヒーの値段が120Pから95Pになっている。どうやら『格』とやらを落とす方法はこれで合っているらしい。

 この世界に缶コーヒーを知る者は僕とゲロルグさんしかおらず、ゲロルグさんの個人的評価が落ちたことで相対的に缶コーヒーの価値が下落した、と。

 

 これは――使いようによっては中々に便利なシステムかもしれないな。ネガティブキャンペーンが即座に効果を発揮するとは驚きだ。

 わざとらしすぎても効果がなさそうだが、僕には接待ゴルフで鍛え上げた演技力がある。接待ゴルフは神。いつ何時であろうとも培った経験が役に立つ。


 値段が下がった今のうちにストックしておこう。僕は二十四缶セットの段ボールを五つ注文した。

 口を半開きにして信じられないものを見るような視線を寄越すゲロルグさんをよそに缶コーヒーを傾ける。

 うむ、うまい。

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― 新着の感想 ―
憤慨するような仕様発覚からの鮮やかな応用。 自分が主人公だとしたらと対処法を考えながら読んでいる間に解法の一つが即座に提示されて感心しました。
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