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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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転機-レスポンス-

 ダンジョン『湖沼外れの小洞穴』から徒歩で二時間ほどの位置にある田舎町『カイナ』は静かに、しかし激しく荒れていた。


 事の発端は『湖沼外れの小洞穴』から帰還した探索者が持ち帰った情報および恩恵である。


『未知の恩恵を発見せり。詳細なる調査を要す』


 その第一報がもたらされた時、探索者組合カイナ支部に響いたのは乾いた笑いだった。

 何かの冗談か、はたまた新人をからかって遊んでいるのか。その場の誰もが――組合の窓口役すらも――その報告を信じておらず、情報を持ち帰った灰石級の男に冷めた視線を注いでいた。


『湖沼外れの小洞穴』。以前は別の名で呼ばれていたが、度重なるダンジョン内規模の縮小および内包する魅力の消失により荘厳な名は取り払われ、十把一絡げな扱いをされるに至った不遇のダンジョンである。


 探索者たちが調査し、詳らかになった各種情報を載せた文献に記載された一文はカイナの住民の間では有名だ。


『このダンジョンは緩やかに死へと向かっている』


 恩恵を落とす魔物がおらず、出現する魔物がレッサーリザードとジェネラルリザードのみという両極端さは悪い意味で有名になっており、もはやルーキーの育成に使う以外の価値が見出だせない状態となっていた。


 そんなダンジョンで恩恵が発見されたと報告されたとて、嘘か冗談の類と捉えるのが至極普通であろう。


 故にその報告をもたらした探索者は冷たい視線を浴びた。

 周囲が一斉に手のひらを返したのはそれから数秒後のことであった。


 探索者が持ち帰った服および靴は人が作ったものとは思えないほど精巧であり、ゆえにカイナ探索者支部はこれを恩恵と断定、すぐさま追加の人員を湖沼外れの小洞穴へと向かわせた。


 そして現在――カイナ探索者組合支部長室の机の上には未知の恩恵が複数置かれていた。


「これを、どう見る?」


 探索者組合カイナ支部の支部長が重い声で問い掛けた。

 対面に立つ若草級の男――追加調査で指揮を務めた男――は緩やかに首を振り肩をすくめる。


「いやぁさっぱりっすね。俺には何が何だかって感じっすよ。あそこは俺もルーキー時代に世話になったけど、レッサーリザードが出るってだけのつまんねぇダンジョンだったし……恩恵が得られたなんて話は聞いたこともねえっす」

「だろうな。俺もあれから過去の文献を漁ってみたが、結局それらしい情報は得られずじまいだ。全くもって始末が悪い」


 ため息交じりに吐き捨てた支部長が椅子に背を預け目頭を揉む。

 魔物を倒し続けることで成り上がり、引退と同時にカイナ支部の支部長になった男にとって、書類仕事とはどんな厄介な魔物にも勝る難敵であった。


「まあ……可能性があるとすれば、っすけど」


 重苦しい空気が充満する中、自信の無さを前置きした上で若草級の男が言う。


「例の『鎧付き』がダンジョンから出てきたのが理由じゃないっすかねえ」

「やはりそれしか考えられんか」


『湖沼外れの小洞穴』は取るに足らないダンジョンとなってしまったが、かつては強力な魔物で溢れていたと文献には記載されている。その中でも取り分け危険視されていたのがジェネラルリザードのはぐれ個体であった。


 群れの長となるべく生まれた存在でありながら配下を持たず、しかしその実力は単騎で千の探索者を屠るほど。加えて、そのジェネラルリザードはダンジョンにおいて非常に稀有な"意思疎通が可能な魔物"であった。


 かつての探索者協会カイナ支部はこの魔物を特殊な個体として認定、特徴的な部分鎧を装着していたことから『鎧付き』と命名し定期的に観測する対象としていた。


 そして当の『鎧付き』は、どういう風の吹き回しなのか知る由もないが、ダンジョン脇にある湖沼に姿を現した。その事実が確認されたのも昨日のことである。


「『鎧付き』が出ていったのと、恩恵が確認された時期が完全に一致してる。無関係と断じるのは早計なんじゃないっすかね」

「つまり『鎧付き』がいなくなったことで魔力の巡りでも変わったということか?」

「いやぁ自分は研究者でも何でもないんで詳しいことはわからないっすよ。ただ、可能性があるとしたらそれくらいしか思い当たらないってだけで」

「……ダンジョンの謎は未だ解明されていないことばかりだからな。無い知恵を絞ってあれこれ論じたところで休んでいるのと変わらんか」


 その道の研究者が途方もない歳月をかけても解き明かせない難題を門外漢の浅知恵だけで測るのは、竜の棲むダンジョンに裸一貫で挑むよりも無謀な行為だ。


 そう結論づけた支部長が背の力を弾ませて姿勢を正した。

 重い空気がより一層の質量を持つ。幾度となく死地を制し、一時は蒼天級まで登り詰めた男の放つ魔力は一種の現象にまで昇華される。


 若草級の男の頬を一筋の汗が伝う。

 程よい緊張感が浸透したことを確認した支部長は、勿体ぶるように緩慢な所作で口を開き――


「この町は――荒れるぞ」


 達人の一振りよろしく、静かに、しかし力強く言い放った。


「まず、あの『足掛け車輪』を見ろ。なんだ、あれは? 何をどうすればアレが完成する? 材質も製造過程も一切が不明だ。未知の産物だぞ。神が冗談で生み落として我々をからかっているのだとしか思えん。全くもってふざけている」


 諦念を含ませて吐き捨てた支部長が部屋の隅へと視線を移す。そこには湖沼外れの小洞穴から持ち帰られた足掛け車輪――マウンテンバイクが安置されていた。


「町の鍛冶師に同じ物を作れるかと聞いたら――鼻で笑われたよ。十年貰ってようやく劣化品が作れる程度じゃないか、とな。そんなモノが三つもポンと発見されたのだ。後はどうなるか……分かるだろう?」

「そりゃ……賑やかなことになりそうっすね」

「呑気してる場合じゃないぞ。既に本部と近隣支部には通信魔法で報告を済ませている。すぐに手隙きの人員を派遣するとのことだ。この田舎町に、だぞ? 宿の準備はどうする。食料の備蓄は。貸し出し用の武具の在庫など確保していないぞ。商隊の定期便もつい二日前に来たばかりだ」


 人員の受け入れ体制に関する問題点は枚挙にいとまがない。


 支部長は深く息を吐き出し、再び濃密な圧を放った。五十の年を重ねたとは思えないほどの荒々しい魔力が渦を巻く。

 死地へ赴く戦士の如きオーラを従え、若草級の男へと言い放つ。


「よく聞け。これから……極めて重要な支部長命令を言い渡す。お前は……俺の代わりに支部長になれ」

「いやふざけんなよジジイ」


 カイナ探索者支部は上司にフランクな口調で話してもいいアットホームな職場であった。


「だってさぁ、無理だろこんなの! ここまで慌ただしくなるなんて予想できるわけねぇだろうがッ! そもそも俺ぁ面倒な仕事なんざしたくねぇんだよ! だからこんな田舎くんだりまで足を運んで仕事がなさそうな支部のトップになったんだよ!」

「クソみてぇな理由だな……仕事したくねぇならなんで支部長になんてなったんだよ」

「いやあさすがに無職は体裁が悪いっしょ……嫁も娘もいるし、同期の連中にもカッコつけたいしさぁ」

「どうしてこんなジジイが支部のトップになれたんだよ……」

「まあ元蒼天級って実績はあるしね俺。本部からの信頼は得てるから要望はすんなり通ったのよ。天下りってやつね」

「クズさ加減も青天井なのは大丈夫か?」


 探索者協会は大いに貢献した者を丁重に優遇する極めて優しい組織であった。


 支部長の痴態を見た若草級の男が額に手を当ててため息を吐き出す。

 

「はぁ……蒼天級ならバシッと指揮を執ってくださいよ」

()蒼天級な。死んで階級下がったし、引退時は黒鳥だよ。なんつーか、もう枯れたわ。若い時はダンジョン泊まり込みとか馬鹿やってたけどなぁ……今はルーキーどもが育ってくのを茶しばきながら見守るフェーズに入ったっていうかね」

「そんな腑抜けてて蒼天級の娘さんに顔向けできるんすか?」

「……それを言われたら弱ぇんだよなぁ」


 若き頃の野心の火はとうに消え果て、高みを目指す志は失おうとも、搾りかすのようなプライドだけは残っている。

 自分よりも遥かに年下の若造に発破をかけられ、支部長はガリガリと乱雑に頭を掻いて机に平手を落とした。


「チッ……めんどくせぇなあ。調査は先行して継続する! 希望者を募って随時ダンジョンへと向かわせろ! それと珍しい恩恵については協会側で買い取りの打診もする。珍品を商人どもに高く売り付けりゃ当面の物資の買い付けには困らねぇ……はずだ」


 一瞬の迷いが死に直結するダンジョンで磨いた判断力は、多少の錆が浮いてはいるものの未だ朽ち果ててはいない。


「それと『鎧付き』には絶対に近付かないよう周知しておけよ。下手に刺激して暴れられたら終わりと思え。好戦的ではあるが無秩序ではないタイプだ。手出ししなければ襲われねぇ」

「うっす!」

「こっちは職員かき集めて下宿提供に協力してくれる家を探しておく。……通信で人だけじゃなくモノも寄越すよう強請(ゆす)っておくか。ちっとくらい吹っ掛けてもこの恩恵を見りゃ納得すんだろ。優先順位は食料と日用品、それから武具に――」


 支部長の燻ぶっていた炉心に火が灯ったことを確認した若草級の男が静かに退室する。

 平時は気の抜けた親戚のオヤジもかくやの仕事振りで、ことなかれ主義を貫くような発言が目立つ支部長ではあるが、有事の際には打って変わって陣頭に立つということをカイナ支部の中で知らない人間はいなかった。

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