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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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歯車-ライフテスト-

 ビジネスにおいて道具のスペックを引き出すことは重要だ。高性能パソコンを貸与されても資料作成やメールの送受信しかしないのであれば宝の持ち腐れでしかない。そしてそれは人材にも同じことが言える。


「ここでリーサル殿はいつも訓練していたでゲロ」

「どの部屋もそうだけど……えらく殺風景だね」

「まあ……特に飾り付ける理由もないゲロ」


 物を振り回しても問題ない部屋に案内してくれ。

 そう注文したところ連れてこられたのは学校の体育館ほどのスペースを持つ部屋だった。


 ダンジョンは人間が出入りする区画と、ダンジョンを管理する魔物のみが出入りする区画で分けられている。店で例えるなら売り場とバックヤードみたいなものだろう。ここならば人間が立ち入ってこないのでじっくりと研究を行えるというわけだ。

 しかしどの部屋も土気色で統一されているのは気分が萎える。魔物は何とも思わないのかもしれないが、僕としては正直気分がいいものではない。


「個人的な考えだけど、オフィスには彩りが必要だよ。社員のモチベーションにも関わるし。まあそれは追々かな……。それじゃあ早速調査といこうか」


 頭で念じてタッチパネルを呼び出す。

 この操作にも慣れたものだ。慣れるというよりも、気付けばできるようになっていたという感覚に近い。どうやって手を動かしているのか詳しく説明できないのと同じだ。できるからできる。もうそれでいい。


 魔物を呼び出すメニューを選択してレッサーリザードをタップする。場所は自分たちがいるところを選択。

 しかし細かい座標まで指定できるのはどういったこだわりなのだろうか。極端に高い位置で呼び出したら落下した際に位置エネルギーによる挫傷や骨折を引き起こしそうなものだが。

 ……試す価値はあるな。後で確認しておこう。


「呼び出したのはレッサーリザードでゲロか。何をするつもりでゲロ?」

「魔力で生み出した魔物について詳しいことが何もわかってないからね。まずは何ができて何ができないのか……調べておく必要がある」


 レッサーリザード。体高は成人男性の平均ほど。赤茶けた体表と若干のぬめりを帯びた鱗を持つ二足歩行のトカゲ。手には銃刀法違反まっしぐらな大鉈が握られている。

 紛うことなき化け物だが、この世界では特に倒しやすい魔物であるらしく、その実力は十四、五歳の子供にあっさりとやられてしまうほど。


 ゲロルグさん曰く、ルーキーを誘き寄せるための餌にしかならないとのこと。

 しかし本当にそうだろうか。僕にとっては疑問である。


「自我がなく、逆らわず、命令だけをこなし、余計なことはしない……だったっけか」

「ゲロ。話し相手にもならないゲロ。故に意思なき同族ゲロ」

「擬似的な生命創造……しかし自由意志までは再現されず、と。なるほどねえ」


 魔力で生み出された生命に対してゲロルグさんが向ける評価はとても低い。応用力の無さや問題解決能力を有していないのがお気に召さないのだろう。


 しかしそれは――僕から言わせれば誤った評価だ。

 全ての人材を全く同じ評価軸で測るのは思わぬ見落としを生む。重要なのは『何ができるか』であって『何ができないか』ではない。

 

 餅は餅屋。適材適所。馬には乗ってみよ、人には添うてみよ。

 適性を見極めよう。自我を完全に消せる人材など、限りなく貴重なのだから。


「5,000ほどポイントを使ってもいい?」

「必要なのであれば許可は要らないゲロよ。自由に使うといいゲロ」


 業務上横領罪を助長する極めて危険な発言だが、今の僕にとっては有り難いので指摘することなく恩恵にあずかる。

 タッチパネルの検索欄にゴルフクラブと打ち込む。ソートを値段順に変更。一番安い物を購入する。

 2,980円。懐かしいな……接待ゴルフ用に通販で購入した格安の中古のドライバーじゃないか。もちろん狙って買った安物だ。全てはゴルフに対して一家言を持つ上司に取り入り、教えを請いながらヨイショを繰り返してコネを繋ぐため。これのおかげでいち社員である僕は役員並びに社長に顔を覚えてもらえた。接待ゴルフをすることで得られた恩恵の量は計り知れない。接待ゴルフは神。


「ふぅむ……随分と変わった形をしているゲロね。見たことのない造形をしているゲロ。これがハジメ様の世界の武器でゲロか?」

「厳密には違うけど……まあ武器として振るうには申し分ないかな。サスペンスなら定番の凶器だし、遠心力を利用しやすいから下手な刃物よりも恐ろしいかもね」


 だから選んだのだ。

 ゴルフクラブを握り起点(アドレス)を補正する。姿勢(スタンス)を整え、スイング時のクラブの軌道を計算する。

 狙いを外すのは得意だ。敢えていい具合に外せばそれだけで上司が気分を良くしてくれる。接待ゴルフは神。


「ハジメ様……? 何してるゲロ……? それを、そんな角度で振ったら――」

「ゲロルグさん、レッサーリザードへの命令は僕でも可能なんだよね?」

「そ、そうでゲロが……」

「なら命令する。これから何があっても()()()()()()


 無機的な光を瞳に宿したレッサーリザードは僕の命令に答えず、しかし僅かに身体を硬直させた。動かないよう力を込めたらしい。命令が届いたようで何よりだ。

 

「ハジメ様? まさか……」

「命令がどれだけ機能するか確かめないとね。人は動くな、なんて命令されても危険なら避けるよ。当然の反応だ。意思なき同族ってのは、その当然をどれだけ削ぎ落とした存在なのか……確かめないのはもったいない」


 肩の力を抜き、テークバックからのバックスイング。捻転差を意識して――ダウンスイング。

 時速にして百キロオーバー、インパクトの瞬間に1トン近い衝撃を生むスイングは空気を斬り裂く音を伴う。当たれば致命傷は必定。それが理解できないほどレッサーリザードは愚かではないだろう。


 遠心力を味方につけた破壊の塊が眼前に迫る。しかし。


「……おお」


 破滅的なそれが鼻先数センチのところを掠めても、レッサーリザードは僕が命令した通り微動だにしなかった。

 

 フォロースルーからのフィニッシュを迎えた体勢で思わず感心の声を漏らす。

 これが意志を持つ人間だったなら絶対に逃げ出していた。それが当然だ。僕でも逃げる。社長の命令だろうとなりふり構わず逃げる。

 誰だって命は惜しいのだ。その当然が、創り出された魔物には存在しない。


「いや素晴らしいね。いい人材だよこれは」

「ど、どこがでゲロか……? 今ので一体なにが分かったゲロ……」

「最初から壊れてるんだ。それはつまり、壊れる心配がないってことだよ」

「…………?」


 メンテナンスがいらない単純労働枠。そう考えればこの上なく優秀なワーカーだよ。

 自我も意思も持たず、給料も支給されないのに命令された事をこなし続けるなんてのは人間には無理だ。どこかで必ず精神にヒビが入る。しかし精神そのものがないのであれば話は別だ。


「こりゃ場合によってはリーサルさんよりも便利かもしれないな」

「ゲロぉ!?」

「いま欲しいのは持て余すだけの過剰戦力じゃない。経営基盤を支えてくれる縁の下の力持ちなんだ。彼らにはその資質がある」


 パソコンやPOSシステムがあれば一元管理できていたデータもこの世界では集めるのに苦労する。彼らにはのちのち役に立ってもらうとしよう。

 来たるべき日が来るまでは……耐久力でもみておくか。


「よし次の命令だ。この部屋の中を休みなしで走り続けろ。もう一歩も動けなくなるまで休憩することを禁ずる。限界が来たら休んでいいよ。限界が来てから元の状態に回復するまで何時間必要なのかを確認するから」

「……そ、それは何か意味のある作業なんでゲロか?」

「そりゃもちろん。意味がなかったらやらないよ」


 地球にいない生物がどれ程の肉体的強度を有しているのか。また、意思のない魔物がどれ程忠実に与えられた役割をこなすのか。

 有する能力を正しく理解してこそ人材は輝く。輝かせることができる。そういうものだと信じている。


「参考までに、どんな意味があるゲロか?」

「可能性を探ってるんだよ。そのためには片っ端から試さないと始まらない。地球のとある生物なんて人じゃ耐えられない高温や極低温に突っ込まれてたよ。果ては真空状態で宇宙線に晒されたり、弾丸の代わりに射出されて衝突実験をさせられたりね」 

「鬼……」

「スペックを把握するのなんて普通だよ普通。じゃあ開始で」


 指示を出した瞬間、文句の一つも垂れることなくレッサーリザードが部屋の内周を走り始めた。命令に忠実で大いに結構。


「ま、魔物をこんな使い方するところはないゲロよ……」

「つまりブルーオーシャンってわけだね。魔物の労働力派遣サービスなんてのも面白そうだけど……さすがにコネを作るまでが厳しすぎるか。安全審査も通りそうにないし、そもそも魔物が人の暮らしに寄り添いすぎるとダンジョンに来る人の足が遠のきそう……か? バランスが難しすぎる……というより情報(データ)が足りないよ、情報が」


 そもそもコンサル相手が魔物側ってのがおかしいんだよね。真っ当な人間である僕がダンジョンなんてデタラメな仕組みに対して最適解を導けるわけがないだろうに。

 まあ命を握られてるからやるけども。レッサーリザードのスペック調査もその一環だ。死ぬ寸前まで働かせても不平不満を垂れないなんて理想だよね。あとはどれだけ体力を有しているかが肝となる。二十四時間働けますか。


「ともあれ、労働力は確保できそうだ。いい歯車になるよ、レッサーリザード」

「歯車……ひっでえ例えゲロ」

「なに言ってるの? 最高の褒め言葉じゃないか。会社を回すに相応しい人材だってことだからね。適正な規格だと認めてなきゃそう呼ばないよ。歯車に満たない人材なんて沢山いるんだからさ」


 弊社のように大量採用を行なっている場合はどうしても入社してしまうのだ。会社の流れを止めようとしてしまう者が。

 毎日のように終電ギリギリまで仕事するのは健康に悪すぎるとか、休日はこっそりテレワークしないで休むのが普通だとかね。

 分かってるんだよ。(けだ)し正論である。しかしそのうえで、どうすれば体調を崩さずに仕事をこなせるかを考えてこそ社会人だよ。少なくとも僕は社会からそう教わった。


「……ハジメ様の世界はおかしいゲロ」

「普通だよ、普通」

「ゲロ……あっ、ハジメ様! あ、あれを見るゲロ!」

「ん? ……おお、早速ぞろぞろ来たね」


 ゲロルグさんの言葉につられてモニターへと目を向ける。

 地球産の土産を持たせた探索者を帰らせてから約五時間ほど。そろそろ夕方に差し掛かろうという時間帯にダンジョン入り口へ入ってきたのは二十人を越す探索者たちの集団だった。


 集団の中には先ほど土産を持たせた四人組もいた。一日も経たずに取って返してくるとはよほど宣伝が効いたと見える。


『聞けよお前らー! 今回の目的はルーキーどもの訓練じゃねぇ! 正確な調査とサンプルの数を調達するのが任務だ! 足並み揃えろよー!』

『うーっす!』


 野蛮な連中が得物を掲げて鬨の声を上げる。これはこれは……随分と接待のし甲斐がありそうだ。


「は、ハジメ様……どうするゲロ……? ちょっとやそっとじゃ帰りそうにないゲロよ……。リーサル殿がいない時に、こんな人数で……」

「帰りそうにない? 上等じゃないか。定時なんて過ぎてからが本番みたいなものだしね。顧客の事情に合わせて臨機応変に対応してこそ社会人だよ」


 休日に掛かってきた電話もスリーコール以内に取れ。それが弊社の基本的マナーだ。アポなし訪問大歓迎。千客万来ってね。

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アポなし訪問大歓迎、24時間働けますか、休日に掛かってきた電話もスリーコール以内に取れ。発言が真っ黒。意思なき同族が魔法の歯車なら、ハジメ君は黒い歯車だ。
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