研修-オンボーディング-
果報は寝て待て。人事を尽くして天命を待つ。待てば海路の日和あり。
どれも好きではない言葉だ。ただ待つだけの時間が発生するようなスケジュール管理をしておいて、どうして最善を尽くしたなどと豪語できようか。
「この『同盟』というシステムが使われたことは?」
「ゲロの知る限りは無いゲロね。魔王様たちは、みんな揃って仲が悪いゲロ」
「ではこちらの『決闘』は?」
「無いゲロ。そもそも互いの戦力をいたずらに減らすだけの不毛なシステムゲロよ。拒否が自由な時点で成り立つわけないゲロ」
ダンジョンに来た四人へ手土産を渡した後のこと。彼らが無事帰還を果たしてこのダンジョンの有用性を広めるのを待つ間、僕はゲロルグさんにダンジョン経営の詳細について聞き出していた。
人の魔力を育て、実った頃に収穫するというシステムだけ見れば農林水産的な一次産業なのだが、育てる相手が人となるとこれが中々難しい。
ダンジョンで出されるモノが気に入らなければ他所へ逃げていくし、危険度が高すぎるとそもそも近寄ってこない。かといって恩恵を振る舞いすぎても赤字になる。ただ家畜を飼育するよりも遥かにバランス感覚を要求されるといえよう。
日本で培ったノウハウを流用することができないくらいには七面倒な仕組みである。そのためかは知らないが、ダンジョンという仕組みを創り出した神とやらは経営者――魔王に対し各種制度を用意したらしい。
協力者の召喚もその一つだ。他にも任意の魔王と手を組める『同盟』や、競争相手である魔王に直接殴り込める『決闘』など色々揃っている。
もっともこれらは形骸化していて存在しないも同然のシステムらしい。
「決闘はともかくとして、同盟なんて面白そうだけどね。トラストとかカルテルみたいなもんでしょ。独禁法がないなら強力な結び付きになりそうだけどなぁ」
「レイミア様に限らず、他の魔王様も総じてプライドが高いゲロ。他の魔王の手を借りるなんて絶対にしないゲロね」
「そうか……。もし機能してたなら色々と悪さできそうだったんだけどなぁ」
同盟というこの制度……誰も使ってこなかったから改善もされなかったのか、ルールに致命的な穴が多すぎる。説明を読んでいるだけで目眩がするくらいだ。
同盟を結んだら総魔力量――運転資金が共有されるとか、盟主の一存でいつでも同盟が解除できるとか、同盟解除時は総魔力量を均等に分けるとか……もう無茶苦茶である。
法律の抜け穴を探すのは社会人の嗜みだが……穴しかないので探す手間がかからないとは珍しい。真っ当な法整備が進んだ社会のなんと優しいことか。魔王にプライドが無かったら大荒れだよこんなの。
「しかし同盟が使われなくて良かったと思うゲロよ。才能のある魔王様同士で組まれたらゲロたちでは到底追いつけなくなるゲロ」
「……確かに、この世界では離間工作も風説の流布も難しそうだね」
「ハジメ様はなんかヤバいことに手でも染めてたのでゲロ?」
「いや普通のサラリーマンだよ。普通普通」
僕はただ取れる択を全て使って最大限の効果を得ようとしているだけだ。真っ当な法がないこの世界では取れる手段が飛躍的に増える。切れる手札の確認をしておくのは至極当然の流れだろう。
「制度に関してはだいたい把握したよ。後は呼び出す魔物について尋ねたいんだけど」
「……起きてからずっと働き詰めゲロよ? 少しくらい休んだほうが……」
「ん? まあ、確かにそうかもね」
「ゲロ……やっと休める」
「じゃあ昼食を食べながら魔物のことについて聞こうかな」
「…………」
食事代が経費で落ちることは確認済みなので遠慮なく注文させてもらおう。
肉野菜炒め定食780Pを注文する。直後、目の前のテーブルに見慣れた食事がポンと現れた。
精神衛生上よろしくないので中身の安全性については考えないことにする。今はただお盆に器、割り箸まで付いてくる気前の良さに感謝しよう。水はセルフサービスなのか付いてこなかった。
程よくタレの絡んだ野菜炒めを口に入れる。よく利用していた定食屋のそれと全く同じ味がした。
「おお……これがハジメ様の世界の食べ物でゲロか」
「普通の食事だけどね。栄養バランスがいいからよく食べてたよ。ゲロルグさんは何も食べないの?」
「ゲロはダンジョンから供給される魔力があれば生きていけるゲロ。もちろん食事を摂ることもできるゲロ」
「ああそうそれそれ。魔力で生み出す魔物について色々と聞きたかったんだよね」
「……休めばいいのにゲロ」
休む暇なんてないよ。学ばなければならないことが多すぎるのだ。地球の常識や法則がまるで当てにならず、神が実在して頻繁に干渉してくる世界だぞ。どこに落とし穴があるか分かったもんじゃない。
知識の更新を怠れば足を掬われる。然るべき知識を仕入れればグレーゾーンだって闊歩できる。それは地球もこの世界も同じだろう。故に学ぶのだ。
「僕の世界では生物をポンと生み出すなんて技術はなかったんだよね。だから魔力を消費して魔物を生み出すっていうシステムには正直……複雑な驚きを覚えてる。すごいざっくりとした聞き方になっちゃうけど、これって普通なの?」
地球にもクローン個体の作成技術が存在するが、倫理面や安全面の問題がクリアできず実用に至らなかったと聞く。
もっとも、どれだけクローン技術が発展したとしても成長済みの生物を即座に作り出すのは厳しいだろう。細胞分裂の過程をすっ飛ばすなど想像もつかない。質量保存の法則に反している。それこそ魔力という謎物質でもない限り実現できないだろう。
魔力の消費による生命の創造は普遍的なことなのか。そう尋ねたところ、ゲロルグさんはふるふると首を横に振った。
「全く普通ではないゲロよ。モノや魔物の自由な創造は神がもたらした奇跡の中でも特に優れたもので……同時に最も理解し難いものゲロ」
「なるほどね。何というか……少し安心したよ。これが普通だったらいよいよ命とは何かって哲学を始めなきゃならないところだった」
まあ、その代わりに神とは何かという問題が出てくるわけだが……それはいいだろう。今更だ。あらゆる奇跡を可能にする上位存在とでも思っておけばいい。理解が及ばないから神なのだろう。多分。
「しかしそういうものだと割り切っちゃえば便利なシステムだよね。魔力さえあれば飢えることもないし、どんな魔物でも生み出せるなら人手不足に陥ることもないし」
「いや、そう万能なものでもないゲロ」
理想を語る僕の言葉に冷や水を浴びせるようにゲロルグさんが言う。
「魔力で生み出した魔物はあくまで『意思なき同族』ゲロ。ごく一部の高位な魔物を除いて自我を持たないし、自分から行動することはないんでゲロ」
ふむ。自我がない、か。
「人間にぶつければ倒そうとするゲロが……他の作業には期待できないゲロ。意思がないから言われたことには従うゲロが、本当にそれしかしないからこまめに世話をしなければならないんでゲロ」
言われたことに従う。余計なことはしない。
「だから魔王様たちは意志を持つ本物の部下を多く揃えてダンジョンを運営しているゲロ。部下が多いとその分一日に払う魔力が多くなるゲロが、それでも養えるということは即ち優秀さの証明ゲロよ。意思なき同族は維持に魔力を使わないゲロが……それでも頼りにならないのではどうしようもないゲロ」
維持に魔力を使わない。給料が必要ない。
何ということだ……。思わず頭を抱えそうになる。
優秀だ。優秀すぎる。ワーカーに必要な条件が完璧にそろっているじゃないか……!
僕は野菜炒めと白米を掻き込んで味噌汁を飲み干した。食事休憩してる場合じゃない。早く……早くその性能を確かめなければ……!
「ハジメ様? ど、どうしたでゲロ……」
「意思なき同族とやらの性能チェックをしよう。今すぐだ。可能性の塊だよこれは」
管理職には総合的な判断能力がいるが、単純な仕事をこなす者には大層なことは求めない。
必要なのは与えられた役割を全うする遂行力と不要な対応は行わない節度、そしてどのような待遇でも逆らわない従順さだ。
確かめよう。意思なき同族が、どれくらい滑らかに回る歯車なのかを。




