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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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撒餌-カスタマーサクセス-

 衣食足りて礼節を知るとはよく言ったものだ。ライフラインの充足を貪欲に求める人の本質を掬い上げたような言葉である。


「ハジメ様……あれは何でゲロ?」

「地球産の長袖Tシャツだよ。あの子供たちが着てるボロ同然の服よりも数段上質なものだね」


 おっかなびっくりの様子で服を拾い上げた引率役の男はTシャツの形や手触りを念入りに検めていた。継ぎ目に指を這わせ、手を突っ込んで裏返し、ネームタグをまじまじと見つめ、強度を確かめるためか各部を引っ張っている。


『こりゃ……すげえな。ほつれも穴も無いぞ。飾り気はねぇが、恐ろしいくらいに整ってやがる。人の手で作られたモンとは思えねぇ』

『そんなに凄いの……?』

『まぁ交易が盛んな町ならもっと上等な物はいくらでも売ってるが、その分値段が張るぞ。それに見てくれが整ってても着心地が悪い服なんてのはザラだ。その点こいつは機能性に優れてそうだな。手触りも伸縮性も俺の普段着とは比べものにならねぇぞ』


 資本主義という名の競争社会で生き残った企業のベストセラー品だ。産業革命を経験してなさそうなこの世界の人間にとっては有り難い一品だろう。

 もっとも、引率役の男の装いを見る限り文明レベルが著しく低いというわけではなさそうだ。革靴が作れるくらいには皮革の加工が行われており、剣が打てるくらいには鍛造溶接の技術が根付いている。

 しかし年端もいかない子供にその恩恵が行き渡るほど満ち足りてはいない。貧富の格差が著しいのか、ここが田舎だからモノが足りていないだけなのか。おそらくは両方だろう。


 産業革命や技術革新が発生しなかった、地球によく似た文明を持つ世界。そう仮定する。仮定すれば、話は単純だ。未来的技術の産物である品々はこの世界の住人にも必ず受け入れられる。

 僕が――というより、地球人である僕が協力者として喚ばれたのはこれが理由としか思えない。


「人がダンジョンを探索する理由は利益を得るため、ってのを聞いたときに思ったんだよね。唯一無二のモノを産出するダンジョンがあったら人は絶対に寄ってくる。それが実用性に富んでいるなら尚更だ。ブランディングってやつだね」

「ぶらんでぃんぐ……ゲロか」

「そう。人を呼び込むなら、まずは選ばれる理由を作らなければならないんだ。こんな風にね」


 僕は宙に浮くタッチパネルを操作した。魔物を呼び出すメニューを操作し、ストレッチパンツを恩恵に設定したレッサーリザードを呼び出す。

 呼び出すのに必要な1,000ポイントに加えて1,980ポイントが追加で取られるが、未来への投資と考えれば安いものだろう。ちょうど先ほど子供一人分の魔力も得たので差し引きはまだプラスだ。問題はない。


『あっ、また来た!』

『こ、今度は俺が倒すぞっ!』


 まだ中学生か高校生くらいにしか見えない少年たちが刃傷沙汰を繰り広げるのは複雑な気分だが、地球とは異なる発展を遂げたこの世界ではこれがスタンダードなのかもしれない。得体の知らない化け物が身近に存在する以上、武力を身に付けなければ生存競争を生き残れないだろうし。


 そういう意味で残った二人の少年は優秀だった。僕が呼び出したレッサーリザードを剣で斬りつけ絶命させる。すごいな。同じことをやれと言われても……できる気がしない。


「しかし……劣った(レッサー)なんて名前で呼ばれるだけあって弱いね。動きもぎこちないし」

「ゲロ……まあ、硬い地面の上では仕方ないゲロ。リザード類の肉体は棲家である沼地に適応しているんでゲロから」


 ここの魔物たちは魔王であるレイミアさんの方針のせいで効率が悪い状態で働かされていると。

 ……在宅ワークのようなものかな。迅速なコミュニケーションが取れないし、軽い口頭確認で済むことすら一手間発生するから嫌なんだよねあれ。するのも、されるのも。


 劣悪な環境で粉骨砕身したレッサーリザードに軽く同情の念を抱きつつ推移を見守る。勝負に勝った少年は声を弾ませていた。


『俺も何か恩恵貰えっかな?』

『さっきの話聞いてたか? ここには十五年潜ってるが、恩恵が落ちたのなんてさっきの一回しか――』

『出た! 出たぞっ!』

『……マジかよ』


 男と少年がストレッチパンツを広げて質を確かめている。ウエストゴムを引っ張り、ポケットの中に手を突っ込み、自分の腰に合わせて長さを確認し。


『……サイズが小せえな。俺には合わねえ』

『でも俺にはピッタリ合うぜ!』

『さっきの服といいガキ用のサイズしか出ねぇのか? それとも倒したやつに合わせて大きさが変わっている? ……分かんねぇな。恩恵で服が出たなんて聞いたこともねぇし』


 もちろんサイズは子供用に合わせている。成人男性は()()ターゲット層には入っていないのでね。


「これがハジメ様の策でゲロか? 気を悪くしたら申し訳ないゲロが、正直……地味ゲロね」

「盛大な策を打ち出せる程の予算がないからね。運転資金が五万円なんて聞いたこともないよ。破産してないのが不思議な状況じゃできることに限りがあるのは当然でしょ」

「……それを言われたら何も言い返せないゲロ」


 僕の指摘を受けたゲロルグさんが喉を鳴らして黙りこむ。

 責任の所在が相手の側にあるということを明確にしておくのは大事だ。仮に失敗しても言い逃れるための口実が作れる。手柄は最大限まで確保し、不当な責任は最優先で回避する。これ社会人の常道なり。


 それに――地味なのはこれまでだ。ここからは少し文明のレベルを引き上げていく。


「ゲロルグさん、魔物を倒したことのない人間は僕と同じくらいに貧弱なんだよね?」

「まあ、そうでゲロね」

「ならこれは重宝されると思うんだよなぁ」


 パネルを呼び出してメニューを操作する。

 呼び出す魔物はレッサーリザード。持たせる恩恵はスニーカーだ。


 人間工学的見地から履き心地を追求した構造。衝撃吸収とクッション性を高い水準で実現する底ゴムと中敷き。適切なフィット感をもたらす鳩目(アイレット)と靴紐。

 その一つ一つが技術の積み重ねによって生まれた集大成である。生活の充足を貪欲に追い求めた結果に生み出された贅の極み。地球ではもはや当たり前になってしまったモノの一つだが、この世界ならば確実に通用するという確信がある。


 文化侵略(グローバリゼーション)だ。まずはこのダンジョンを流行の最先端まで押し上げよう。そうすれば自ずと売り上げは付いてくる。


「お、さっき死んだ子が合流した。結構目が覚めるの早いんだね」

「大体五分くらいは入り口で気を失ってるゲロね」

「その状態で殺したらどうなるの?」

「死にはしないと思うゲロが……そもそもやったことがないゲロ。入り口に安全な場所がないダンジョンなんて誰も来たがらないゲロ」

「ふうん……そういうものか」


 情報収集をしながら成り行きを見守る。

 合流した少年は、一度死んだからかなのか先程よりも肝が据わっていた。恐怖心が消えたのか、もしくは危機感が麻痺したのか、大鉈を振り上げたレッサーリザードに果敢に立ち向かい胸を一突き。大鉈を取り落としたのを好機と見たかさらに突き、突き、斬りつけ。レッサーリザードは死んだ。ううん……やっぱり僕にはできそうもないな。


『ふーっ……リベンジ、したぞ!』

『っしゃ! 全員勝ったな!』

『思ったよりも何とかなるもんだな』

『あんま油断すんなよガキどもー。……って、ありゃもしかして』

『恩恵だ!』

『いくらなんでも有り得ねぇだろオイ!』


 黒色無地のスニーカーを手に取った少年は喜悦の笑みを浮かべていた。今まで履いていたボロの履物を投げ捨て、技術の粋が詰め込まれたスニーカーに足を突っ込む。


『チクチクしねぇぞ! つま先が締め付けられる感覚も無い! すげぇ!!』


 よしよし。もう戻れないぞ。自分の中での生活水準が上がってしまったらもう後には戻れない。

 現代人にスマホや娯楽のない昭和の生活をしろと言っても、大半の人が数日で音を上げるだろう。それと同じことだ。このダンジョンで生活の質の底上げを行い、そして強烈に依存させる。彼はいい広告塔になってくれることだろう。


「おお、これはだいぶ好評ゲロね」

「良いモノってのは人を惹きつけるんだよ。まずは大した利益の出ない駄菓子を売ってるような状況から脱しないとね」

「まずはということは、既に先も見据えてるゲロ……?」

「将来的には人口の流出をなくして、むしろ人が来る土地にしたいね。今のダンジョンだと育った子供がより旨味のあるダンジョンに向かっちゃってるみたいだし。義務教育を終えた田舎の子供が働き口を求めて上京する構図とまるで同じなんだよね」


 だったらこの地を都会にすればいい。そういう話だ。

 現代日本だと無理のある計画だが、この世界には魔力という万能物質があるからね。人手や素材、製造期間などをまるっと無視できるならば話は変わる。在庫管理も流通事情も考慮しなくていいなんて夢のようだ。


計画(プラン)は顧客満足度の向上とリピーターの確保。方法(メソッド)は地球の産物による文化侵略(グローバリゼーション)。ひとまずの目標(ゴール)は周辺ダンジョンに向かうメリットを駆逐し、当ダンジョンへ価値を集約する……ってところかな」

「つ、つまり……?」

「田舎にバカでかいショッピングモールを建ててライバル店を潰して一人勝ち作戦ってとこかな」

「なんかクソみたいなイメージが流れ込んできたゲロが……ほんとに大丈夫ゲロ?」


 そのクソみたいな作戦にゲロルグさんも中核メンバーとして参加するんだよ。

 僕は営業スマイルを浮かべ大きく頷くことで作戦の安全性を誇示した。

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