対話④
坊ちゃんが、ぼくと最後のお別れをする前に聞きたがったのは、ぼくの両親の話でした。もちろん、ぼくはそれが最後になるなんて思ってもいませんでしたし、なぜあんなことが起こったのか今でもよくわからないのです。坊ちゃんとずっと一緒にいることができると思っていたのですがね。
「ね、きみにはお父さんとお母さんがいるんでしょ」
いつもの岩に座りながら、坊ちゃんはそう言いました。
「ああ、いるとも」
「お父さんやお母さんのこと、すき?」
「もちろん、好きだとも」
「いっしょにいたいと思った?」
「それは今でも思うよ。だって、家族だから。愛情をたくさんもらったからね」
「じゃあ、どうして、はなれようとしたの?」
「旅をはじめた理由が聞きたいのかい?」
「ううん」坊ちゃんは首をふります。
そのとき、坊ちゃんのきれいな黒髪がさらさらとゆれました。その動きのなんと軽やかで、優美だったことでしょう!
「ちがう。好きなものから、はなれる理由が知りたいの」
坊ちゃんがぼくのひとみをじっと見つめながらそう言うので、ぼくはごまかすこともうそをつくこともできないな、と思いました。
「きっと、自分をなくすほど好きではなかったんだ、家族もふるさとも」
あのときのぼくは、その言葉をつむいだ自分を、おどろきをもってながめたものです。どうして、そんな言葉が出てくるのだろうって。
「じゃあ、ほんとうには好きじゃなかったんだね」
「坊ちゃんからすれば、そうかもしれない。でも、多くのひとはそうだよ。坊ちゃんみたいになにかをほんとうに好きになれるひとは少ないんだ」
「そうなの。ぼくはそれしか知らないんだけどなあ…」
坊ちゃんがそう言ったあと、ぼくらのあいだを長いしずかな時間が流れました。でも、けして一緒に居づらいわけではありませんでした。ぼくらはなにかを話さなくても一緒にいることができたんです。互いのこころのままに。
「ねえ、坊ちゃん」ぼくは思いついたように言います。
「なあに?」坊ちゃんは星のうみを見るのをやめて、ぼくの方を見ました。
「みんな、いつかはひとりになるよ。ぼくはだいぶ前にひとりになったし、きみは生まれたときからそうだった」
「そうだね、ぼくはずうっとひとりだった。でもね、それでもこの星のうみを見ることをやめたことはないんだ。このきれいな星のうみの中に生きているということを忘れたことはないよ。だから、その意味でぼくはひとりじゃない」
「そんなきみだから、きみは自分のなかある力で笑ってられるんだね。なにかを手にれたわけでも、だれかに褒められたわけでも、そうしろと言われたわけでもない。ぼくはそれがとてもうらやましい」
「どうして?」
「どうしてだろうね」ぼくは小さく笑いました。
「きみは知らないかもしれないけどね、星のうみに住んでいるひとは、ほとんどが自分の外側にくっついているもので生きているんだ。なにかを持っているとか、だれかから褒められるとか、そんなこと。ぼくはそれがいやなのかもしれない。みんな、きみみたいに自分のなかにある力で生きていないんだ。そんなのは着飾った人形とおんなじだ」
「…あなたは、かなしいの?」
ぼくの顔をのぞきこみながら、坊ちゃんは言いました。
「前はそうだったよ。でも、きみといると、悲しんでいた自分がなんだか変に見えるんだ。ぼくは、どうしようもなくぼくなんだ。きっと、それは悲しいことじゃない」
「かなしいことじゃないなら、どうして、あなたは笑わないの」
「きっと、ぼくが中途半端なやつだから。どっちつかずのやつだからさ。ぼくは、ぼくが逃げてきた星の人々のようにはなりたくないし、だからといって、きみや楽器男のようにはきっとなれないだろう」
「ぼくは、あなたがすきだよ」
「ぼくも、きみがすきだ」
「ほんとうに?」
「ああ、ほんとうだとも。ぼくのなかにある悲しみは、きみのおかげで別のものに変わろうとしているのかもしれない」
「それは、いま話すことができる?」
「ううん、できない。まだはっきりしないんだ」
「そっか。じゃあ、はっきりしたら話してくれる?」
「もちろんさ!」ぼくはまた小さく笑いながら言いました。
でも、そのときは、訪れませんでした。
…訪れなかったのです!




