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ほんとうの星  作者: ゆうなぎ
第三章 平和:ほんとうに愛すべきもの
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対話③

 どんなに一緒にいても、坊ちゃんがどんなひとなのか、そのすべてを知ることはできませんでした。坊ちゃんは隠しごとなどを一切せず、いろんな話をしてくれたのですが、その全部を聞いても、どこかはっきりしないように思えたのです。それでも、ぼくらは会ったときよりも仲良くなり、そばにいることをたがいに心地よく感じるようになっていました。友だちという言葉はあまり好きではないのですが、きっと、ぼくらは友だちになっていたのでしょう。こころとこころがつながっている友だちに。


 「ぼくね、空白のところに描くものを決めたよ」

 またあるとき、坊ちゃんは、起きてすぐにぼくのところにやってきて、そう言いました。

 「ふうん、いったいなにを?」ぼくは眠い目をこすりながらそう返します。

 「きみと、それから、ぼくだよ」

 「いいのかい。きみのたいせつな家じゃないか」

 「いいもなにもあるもんか。きみの言うとおり、ここはぼくの家で、そして、あなたはぼくの友だち。あなたが友だちという言葉を嫌うなら、ぼくらは同志なんだ。ぼくとあなたの生活のなかでできあがったものを描くんだよ」

 「できあがったもの?」

 「ああ、そうとも」坊ちゃんはうなずきます。

 「それって?」

 「ぼくとあなたが一緒にいるってこと。一緒にいることができる、そのこころだよ」

 「でも、ぼく、絵なんて描けないよ」

 「いいんだよ。あなたとぼくがいっしょに描くことが大事なんだ」


 そうして、ぼくらはその日のうちから、あの空白の壁に絵を描きはじめました。ぼくらは話しあって、たがいのすがたを描くことに決めました。坊ちゃんにとっては、ぼくを描くなんてたやすいことだったでしょう。でも、ぼくはとっても困ったのです。いままで絵を描いたことなんてほとんどありませんでしたし、描いたことのある絵も、とってもおそまつなものでしたから。

 でも、ぼくは一生けん命に描きました。

 たとえ、あのおじいさんのように手を器用にうごかせないとしても、坊ちゃんそのものを描こうとつとめたのです。ええ、坊ちゃんのまぶしいこころがそのまま伝わってくるような絵を描きたかったんです、ぼくは。はたして、それが上手くいったのかどうか、それは実際に見ていただかなくては分かりませんが、でも、ぼくは満足して石を置くことができたんです。


 「あなたの絵、好きだな」

 坊ちゃんはそう言ってくれましたけど、どうでしょうね。

 なら、坊ちゃんが描いてくれたぼくはどんなものかしら。ぼくは絵を見てみました。それはやっぱり見事なものでした。実際のぼくよりも、色彩も感情もゆたかで、こんなに明るく、優しく描いてくれたのが申しわけなくなるほどでした。

 ぼくはこんな坊ちゃんのようなひとじゃない。正直、そう思いました。

 でも、そのとき、ぼくは大事なことに気がついたのです。

 ぼくが描いた坊ちゃんと、坊ちゃんが描いたぼくは、なんだかよく似ていたんですね。いえいえ、ぼくはうぬぼれ屋ではないですから、はっきり言っておきますけど、ぼくの顔が坊ちゃんのようにきれいで整っているとか、そういうことが言いたいんじゃないんですよ。でも、なんでしょうね、ぼくらがたがいを見ながら描いた絵は、ふたつとも似たようなふんいきを持っていたんです。ええ、まるで兄弟のように。

 ともかく、こうして坊ちゃんの家の壁画は完成しました。

 「いったい、どれくらいかかったのさ?」

 ぼくは気になって、そうたずねました。

 「さあ、どれくらいだろうね…」

 坊ちゃんはそう言って、窓の方に顔を向けました。

 「あそこにね」坊ちゃんは遠くのうみを指さします。

 「前に、あそこには、きれいな緑色の星があったんだ。でもね、あるとき、その光は消えちゃった。星が、死んだんだ。ぼくは、その星が生まれたときのことを知ってる。それが消えたときのことも。絵にはね、その星のいのちくらいの時間がかかったよ」

 それって、どれくらいの長さなのでしょう。

 ぼくには見当もつきません。もしかすると、あの坊ちゃんは、ぼくなんかよりもはるかに長いときを生きていたのかもしれません。ぼくよりおさない外見をしていたから、ぼくより年下だろうと勝手に思っていたのですけど。

 けれども、ぼくがおどろいたのは、坊ちゃんがぼくよりも年上だということではありません。それくらいの時間をひとりで生きてきたということです。それは、とんでもないことだと思います。でも、だからこそ、坊ちゃんは坊ちゃんでありえたのではないかと考えることが、いまでもあります。


 「どうして、きみは外に行かないの」ぼくはたずねました。

 「行けないんだ。ぼくはこの星そのものだからね。そして、さっき、ぼくの星はできあがったんだ。あなたのおかげで、これ以上はないくらいに、ね。だから、ぼくはそろそろ、この星をこころにうつさなきゃ」

 この言葉の意味が分かるのは、もう少し先のことです。でも、ぼくはそのときをあまり思い出したくはないのです。ほんとうに、かなしいことでしたから。


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