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現代の付喪神は、時計の姿で顕現する。  作者: lemonia


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9/12

代表者を決めろ

時間をちょっと巻き戻しての、疾風がはじめて機械と会話できたときのお話です。

【今日は少し、暖まるまで待ってください】


 疾風の手が止まった。


 シートベルトを半分ほど引き出したまま、前を見る。


(…………)


『どうした』


(今、こいつ喋った)


『ああ』


(ああ、じゃねえよ!)


 カローラバンのエンジンは、少し高めの回転で暖機を続けている。


 疾風は恐る恐る、ハンドルへ手を置いた。


(……俺の声、聞こえる?)


【聞こえています】


(マジか)


【何か?】


(いや)


 少し考える。


(調子どう?)


【悪くありません】


(どっか壊れてない?)


【今のところは】


(キャブは?)


【キャブレターです】


(それは知ってる)


【では、何をお尋ねでしょう】


(調子とか)


【動いています】


(……あんまり便利じゃねえな)


『機械が自分を整備できるなら、整備工場はいらんだろう』


(それもそうか)


 疾風はシートベルトを締めた。


(じゃ、暖まったら教えて)


【分かりました】


 しばらくして。


【そろそろ大丈夫です】


(はいはい)


 ギアを入れる。


 いつものカローラバンが、少しだけ違うものになった。


     *


「親父」


「今度は何」


 部品を取って戻った疾風に、誠は顔も上げずに答えた。


「カロバンも喋る」


 手が止まった。


 昨日と同じだった。


「……昨日から、お前の周りで喋るもの増えてんな」


「俺のせいじゃねえよ」


「何て言ってた」


「暖まるまで待てって」


 誠はカローラバンを見る。


「冷えてんだから当たり前だろ」


「本人が言ったんだって」


「本人って誰だよ」


「カロバン」


「外で言うなって昨日言ったよな」


「ここ家じゃん」


「工場だ」


「同じ敷地じゃん」


「そういう問題じゃねえ」


 疾風は左手首を見る。


(親父、全然信じてないぞ)


『あれで半分くらいは信じている』


(分かるの?)


『長い付き合いだからな』


「何ぶつぶつ言ってる」


「何でもない」


「なら仕事しろ」


     *


 それから疾風は、機会があるたびに試した。


 客の古いセダン。


 軽トラック。


 KATAGIRIに出入りするバイク。


 どれも、程度の差はあっても声があった。


 よく喋るもの。


 聞かれたことにしか答えないもの。


 妙に愚痴っぽいもの。


 愛想のないもの。


 疾風の問いかけに返事をするものもあれば、こちらの都合などお構いなしに、自分の状態ばかり喋るものもいた。


 共通しているのは、喋る内容が必ずしも役に立つとは限らないことだった。


(腹減った、とかは分かんないの?)


【燃料が減っています】


(それだよ)


【そうですか】


(そこは分かんねえんだ)


『機械に人間の例えを要求するな』


(お前は普通に喋るじゃん)


『私は時計だ』


(余計わかんねえよ)


     *


 疾風は、免許を取るよりずっと前から、司郎に運転を教わっていた。


 十二のころ、閉鎖されたコースでCB50Sに乗せられたのが始まりだった。


 少し大きくなると、今度はスターレット。


 速く走ることより先に、同じ場所で止まり、同じ速度で曲がり、同じように車体を動かすことを何年も繰り返した。


 免許を取ったからといって、その稽古が終わるわけではなかった。


「遅い」


 司郎が言った。


「何が」


「全部」


「全部って便利な言葉だな」


「便利だから使ってんだよ。もう一周」


 疾風はスターレットの一速へ入れた。


 司郎の練習は、相変わらず遠慮がなかった。


 免許を取った。


 だから運転できる。


 疾風は最初、そう思っていた。


 司郎からすれば、


 免許を取った。


 だから公道で練習できる。


 その程度だったらしい。


 発進。


 加速。


 ブレーキ。


 旋回。


 また加速。


【まだ余裕があります】


(だよな)


 疾風は少し奥まで突っ込んだ。


「欲張るな」


「まだいけるだろ」


「クルマはいけても、お前がいけてねえ」


(いけるって言ったじゃん)


【私は私の状態を申し上げました】


(ずるくね?)


「何ニヤついてんだ」


「別に」


「もう一周」


「はいはい」


 次は、少し早めにブレーキへ入った。


「今度は早い」


「どっちだよ!」


「ちょうどいいところがあるんだよ」


【私もそう思います】


「お前は黙ってろ」


「誰に言ってんだ?」


「自分」


「だったら声に出すな」


 疾風は黙った。


 家族以外には言わない。


 その約束だけは、一応守っていた。


     *


 二輪でも同じだった。


 CB50。


 小さい。


 軽い。


 非力。


 だからごまかしが利かない。


「もっと回せ!」


【まだ回せます】


(ほら)


 疾風は回した。


「回しすぎ!」


(どっちだよ!)


【私はまだ回せると申し上げただけです】


(回せって意味じゃねえの?)


【それを決めるのは、あなたでしょう】


(お前ら、言うこと合わせろよ)


「何ぶつぶつ言ってんだ!」


「何でもねえ!」


「前見ろ!」


 練習が終わってから、司郎は缶コーヒーを開けた。


「クルマでもバイクでも同じだからな」


「何が」


「調子が分かるのと、上手く動かせるのは別だ」


 疾風は黙った。


「機械がまだいけるからって、お前もいけるとは限らん」


「……はい」


「珍しく素直だな」


「たまにはな」


 左手首では、チュチマが黙っていた。


(お前もそう思う?)


『思う』


(即答すんなよ)


     *


 しばらくして。


 KATAGIRIに、一台のソアラが入ってきた。


 二代目。


 三リッター。


 まだ新しい。


 疾風にも、高そうなクルマだということくらいは分かった。


 低いボンネット。


 長いドア。


 内装には、意味があるのか分からないほどボタンが並んでいる。


 メーターまわりも、カローラバンとは別の乗り物みたいだった。


「疾風」


「何」


 誠が鍵を投げた。


「それ、奥入れといて」


「これ?」


「これ」


「俺が?」


「免許あるだろ」


「あるけど」


「ぶつけんなよ」


「分かってるよ」


 疾風は運転席へ乗り込んだ。


 ドアを閉める。


 静かだった。


(すげえな)


『何が』


(なんか未来っぽい)


 キーを差す。


 ONまで回す。


 暗かったメーターパネルの奥に、数字や表示がふっと浮かび上がる。


 周囲の警告灯も一斉に灯った。


「おー、パチンコ屋みてぇ」


『何がだ』


(光りもん多すぎだろ)


 さらにキーを捻る。


 エンジンが始動した。


【始動しました】


【燃料噴射、正常です】


【水温はまだ低いです】


【変速機、待機しています】


【車高を確認します】


【右前、正常】


【空調設定を確認】


【表示系、正常です】


【こちらも正常です】


【異常ありません】


【私は】


 疾風は固まった。


(…………)


『…………』


(何これ)


『私にも分からん』


 それまで、一台の機械から、いくつもの声が同時に聞こえたことはなかった。


 疾風はキーを戻した。


 エンジンが止まる。


 静かになった。


 しばらく待つ。


 もう一度キーを回した。


【始動しました】


【燃料噴射】


【水温】


【変速機】


【車高】


【空調】


 切った。


 静か。


 回す。


【始動】


【燃料】


【水温】


 切る。


 誠が工場の奥から顔を出した。


「何やってんだ」


「……確認」


「何の」


「ちょっと」


「壊すなよ」


「壊してねえよ」


 もう一度始動する。


(お前ら何人いるの?)


【何人、と申されましても】


【私はエンジン制御です】


【こちらは変速機】


【私は車高を】


【空調です】


【表示系ですが】


(聞いてない!)


『聞いたではないか』


(そういう意味じゃねえよ!)


     *


 とにかく動かさなければならない。


 疾風はセレクターを入れた。


 ゆっくり前へ出る。


【発進します】


【車高、安定】


【舵角入力】


【右前荷重】


【空調温度】


【変速します】


【水温上昇中】


【燃料噴射量】


【私は問題ありません】


【こちらも】


【こちらは】


「うるっせえ!!」


 声が外へ出た。


『外に向かって怒鳴るな』


(だって全員喋ってんじゃん!)


『私に言うな!』


 疾風はソアラを止めた。


 ブレーキを踏む。


 セレクターを戻す。


 深呼吸。


「お前らさ」


【はい】


【何でしょう】


【こちらでしょうか】


【私ですか】


【どうしました】


「うるせえ!」


 一斉に黙った。


「一台なんだろ?」


【はい】


「だったら、一人が喋れ」


 沈黙。


「代表者決めろ!」


【代表者?】


「そう。誰でもいいから一人。そいつがまとめて喋れ。全員いっぺんに来んな」


 静かになった。


 疾風は待った。


 チュチマも黙っている。


(何してんの?)


『知らん』


(会議?)


『私に聞くな』


 少しして。


 一つだけ声がした。


【……承知しました】


 疾風が顔を上げる。


(誰?)


【ソアラです。私はエンジン制御担当のECUです】


(なんでお前?)


【代表を決めろとのことでしたので】


(いや、そうだけど)


【以後、必要な情報は私がまとめて応答します】


(最初からそれでやれよ!)


【ご要望がありませんでしたので】


(言わなくても分かれよ)


【初めてのことですので】


(こっちも初めてだよ)


 チュチマが小さく言った。


『なるほど』


(何が)


『声そのものを減らす必要はない』


(減らしてくれよ)


『お前へ届けるときだけ、まとめればいい』


(できんの?)


『今、できている』


(俺が怒鳴っただけじゃん)


『方法はどうでもいい』


(よくないだろ)


 疾風はソアラへ聞いた。


(中の連中、いなくなったの?)


【いいえ】


(いるの?)


【おります】


(喋ってる?)


【必要な情報は、私がまとめます】


(……会社みたいだな)


【組織、とお呼びください】


(めんどくせえ奴が代表になったな)


【何か?】


(何でもない)


 再びセレクターを入れる。


 今度は静かだった。


【前方、問題ありません】


(うん)


【水温も安定しました】


(うん)


【このまま進んでください】


(……すげえ楽)


『次からは、最初からこうしよう』


(ぜひそうしてください)


     *


 ソアラを奥へ停めた。


 エンジンを切る。


 声も止まった。


 疾風は運転席から降りる。


 隣には、いつものカローラバンがあった。


 古い。


 四角い。


 豪華でもない。


 ボタンも少ない。


 疾風は運転席の窓を軽く叩いた。


(お前、中に何人いる?)


【私だけですが】


(だよな)


【何か問題でも?】


(いや)


 疾風は少し笑った。


(お前くらいがいいわ)


【ありがとうございます】


 左手首から、チュチマが言った。


『昔より、喋る場所が増えている』


(迷惑だな)


『そうか?』


(全員いっぺんに来なきゃいい)


『では、そうしよう』


 それから。


 新しい機械がどれだけ多くの声を持っていても。


 疾風に届くのは、だいたい一つになった。


次話からもしばらく、過去の話を続けます。

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