セレスティアの手記 一頁目 断罪の夜
信じてください、わたくしを。
王宮から屋敷へ戻る馬車の中で文字を書くのは、思っていたより難しいものですね。車輪が石畳を踏むたび、ペン先が少し跳ねて、インクが細く乱れます。もしこの手記を読む方がいて、ところどころ字が震えているように見えたとしても、それは道が悪いからです。わたくしの心が乱れているからではありません。
そう書いておかなければ、また誤解されてしまう気がいたします。
この手記を誰が読むのかは、分かりません。修道院の院長様かもしれませんし、父が寄越す代理人かもしれません。あるいは誰にも読まれず、荷物箱の底に置かれたままになるのかもしれません。それでも、その夜のことは書いておかなければなりません。王宮で語られた言葉だけが残り、殿下の声だけが正しく、ミレーユの涙だけが真実のように扱われるのは、あまりにも不公平です。
わたくしにも、見ていたものがあります。考えていたことがあります。胸の奥で、どれほど痛んでいたかということも。
その夜、王宮の白薔薇の間で、わたくしは婚約を解かれました。
白薔薇の間は、舞踏会のために開かれた部屋でした。壁には王家の紋が彫られ、銀の燭台には細い蝋燭が並び、磨き上げられた床にはシャンデリアの光が映っておりました。楽師たちは演奏を止めていましたが、すぐには弓を下ろせずにいて、音のない曲だけが、まだ部屋の隅に残っているようでした。
そこにいたのは、王族に近い貴族、各家の当主、夫人たち、若い令嬢、騎士、給仕、侍女たちです。大広間ほどの人数ではありません。けれど、わたくしが何かを言えば、翌朝には王都中へ広がるに十分な数でした。
その中央に、わたくしは立っていました。
正面には、第二王子アルベルト殿下がいらっしゃいました。青い礼服をお召しで、胸元の銀の飾りが灯りを受けていました。いつも通り、美しい方でした。人を裁くときでさえ、あの方は美しいのです。
殿下の少し後ろには、ミレーユがいました。
男爵家の娘です。淡い水色のドレスを着て、両手を胸の前で握りしめていました。あの子は昔から、力の抜き方を知りません。何かを握れば強すぎ、何かを離せば遅すぎる。そういう小さな仕草が、宮廷では目立ちます。誰かが教えてあげなければ、あの子はいつか笑われてしまう。
だから、わたくしは教えてきました。
それを嫌がらせと呼ばれる日が来るとは、思いませんでした。
殿下は、わたくしの名を呼びました。
『セレスティア・ヴァンクリーフ』
その声は、とても静かでした。怒鳴り声ではありません。殿下は、人を責めるときも声を荒げない方です。そこに、わたくしは王家の品を感じていました。隣に立つなら、こういう方がよいと、ずっと思っていたのです。
殿下はおっしゃいました。
『本日をもって、君との婚約を解消する』
白薔薇の間が、少しだけ揺れました。誰かが息をのみ、誰かの杯が皿に触れる音がしました。けれど、わたくしは取り乱しませんでした。母から、悲しいときほど背筋を伸ばすよう教えられてきたからです。公爵家の娘は、痛みを床に落としてはなりません。
わたくしは、理由を尋ねました。
『理由を、お聞かせくださいませ』
きちんと尋ねたはずです。声も荒げませんでした。泣きもしませんでした。殿下がわたくしを傷つけるおつもりなら、せめてその理由だけは聞く権利があると思ったのです。
殿下は紙を開きました。そこには、わたくしのしたことが書かれていたようです。いいえ、わたくしのしたこと、というより、わたくしが悪意を持ってしたこととして並べられていたのでしょう。
ミレーユの教本を破ったこと。夜会服に葡萄酒をこぼしたこと。大階段で、あの子を転ばせようとしたこと。招待状の到着を遅らせたこと。
こうして一続きに書くと、たしかにひどい女に見えますね。
でも、物事には前後があります。理由があります。その場の空気があります。たった一行にしてしまえば、人は何にでも罪の形を与えられます。
教本のことは、覚えています。
ミレーユが古い作法書を読んでいました。今の宮廷ではもう使われていない礼法でした。古い本を大切にすることは美徳です。けれど、古いものを正しいものと思い込むのは危ういことです。わたくしは、正しい頁を示そうとしました。古い紙でしたから、少し裂けました。背表紙が弱っていたのです。
ミレーユはそれを見て、今にも泣きそうな顔をしました。あの子は物を大切にします。そこは可愛らしいところです。ただ、宮廷では、物よりも先に覚えるべきことがあります。
殿下はおっしゃいました。
『背表紙から裂けていた』
わたくしは、こう答えました。
『古い本でしたから』
そのとき、ミレーユは顔を上げませんでした。恥ずかしかったのだと思います。人前で昔の失敗を語られれば、誰だって恥ずかしいでしょう。わたくしは、あの子を責めるつもりなどありませんでした。ただ、誤解を解きたかっただけです。
夜会服のことも、覚えています。
薄紅のドレスでした。色そのものは、美しかったと思います。けれど、ミレーユには少し幼く見えました。王宮で初めて顔を見せる夜に、あの色は危うい。愛らしさだけで許される年齢ではないのだと、誰かが教えてあげるべきでした。
その夜は、人の出入りが多く、給仕たちも杯を手にした客のあいだを忙しく行き来しておりました。わたくしの手にも葡萄酒の杯がありました。ミレーユのドレスの色があまりに気になったものですから、少しだけ近づいて、声をかけようとしたのです。
そのとき、誰かの肩が触れたような気がしました。杯の中身は、薄紅の胸元へ広がっていました。
その色だけは、今も覚えています。赤い葡萄酒が布に染みて、花が腐ったような色になりました。ミレーユは声を出しませんでした。口を少し開けて、そこに立っていました。わたくしは、布巾を持ってくるよう言いました。早く拭かなければ、染みになります。染みになれば、あの子がまた人前で恥をかくからです。
それなのに、ミレーユは泣きました。周りが騒ぎました。わたくしは謝りました。謝ったのです。けれど、白薔薇の間では、その謝罪は最初から存在しなかったように扱われました。人は、相手を責めたいとき、自分に都合のよいところから話を始めるのでしょう。
大階段の話になると、部屋の空気が変わりました。
教本や夜会服のときとは違います。夫人たちは扇を止め、若い令嬢たちはミレーユの足元を見ました。あの子はもう歩けます。踊ることもできます。その夜だって、殿下の後ろまで自分の足で来たのです。
それなのに、皆、そこにまだ傷があるような顔をしました。
わたくしは、手を伸ばしたのです。
それは覚えています。ミレーユの裾が、階段の金具に引っかかっているように見えました。危ないと思いました。あの子は、足元を見るのが下手でしたから。わたくしは手を伸ばしました。
そこから先のことは、書くのが難しいのです。隠しているのではありません。
思い出すのは、赤い絨毯の上でミレーユの靴が滑ったことと、わたくしの手袋に細い糸が絡んでいたことです。誰かが息を吸い、次の瞬間には、階段の下で人が騒いでいました。
それだけのことです。
それだけのことを、なぜ皆、あれほど大きな罪のように扱うのでしょう。
殿下は、わたくしを見て、短くおっしゃいました。
『もういい』
ひどいお言葉だと思いました。わたくしは覚えていることを話しました。言葉にならないところは、言葉にならないのです。それなのに、黙れば隠しているように見られ、話せば足りない顔をされる。白薔薇の間は明るくて、床まで光っていて、どこにも目を休める場所がありませんでした。
殿下は、もう一度おっしゃいました。
『もういい。これ以上、彼女に近づくな』
彼女、とはミレーユのことです。
そこで、ようやく分かりました。殿下は、ミレーユを守ろうとしているのです。わたくしから。まるで、わたくしがあの子を傷つけるものだとでもいうように。
おかしなことです。
わたくしほど、ミレーユを気にかけていた者はいません。
王宮では、何も知らない娘に本当の親切などしてくれません。失敗するまでは黙って見ています。失敗したら、扇の向こうで笑うのです。だから、わたくしは教えました。話し方も、歩き方も、誰に先に挨拶すべきかも、どの色を避けるべきかも。
ミレーユは、いつも泣きそうな顔で聞いていました。
感謝の仕方を知らなかったのでしょう。
そう書いてから、少しだけ手が止まりました。
感謝、という言葉は、違うのかもしれません。
いいえ。違いません。
あの子は、知らなかっただけです。知らない子に教えることは、間違いではありません。
わたくしは、ミレーユに声をかけました。
『こちらを見て。あなたなら分かるでしょう。わたくしは、あなたを困らせたかったわけではないわ』
ミレーユは顔を上げませんでした。
わたくしは、怒っていないと伝えました。あの子が誤解してしまったのなら、それは仕方のないことだと。知らないことが多かったのだから、わたくしは許すと。
『あなたを許します』
わたくしは、そう言いました。
すると、殿下が一歩前に出ました。
たった一歩です。
けれど、その一歩で、わたくしとミレーユのあいだに壁ができました。水色のドレスが、殿下の背に隠れるように揺れました。白薔薇の間の視線が、わたくしに集まりました。
どうしてでしょう。
わたくしは許すと言ったのです。責めないと言ったのです。皆の前で、あの子に逃げ場を作ってあげたのです。それなのに、どうして皆、わたくしが何か悪いことをしたように見るのでしょう。
殿下は、わたくしを見ました。その目は、怒っていたのでしょうか。悲しんでいたのでしょうか。今も、うまく思い出せません。ただ、わたくしの知っている優しい殿下の目ではありませんでした。
『その言い方をやめろ』
殿下は、それだけおっしゃいました。
わたくしは、返事に困りました。言い方。わたくしは、声を荒げたわけではありません。誰かに黙れと命じたわけでもありません。あの子を責めたわけでもありません。むしろ許すと言ったのです。それでも足りないのなら、わたくしは何を差し出せばよかったのでしょう。
助けを求めるように、お父様を見ました。
ヴァンクリーフ公爵は、王族に近い席のそばに立っていました。濃紺の礼服。銀の杖。いつもと同じ、厳しい横顔です。お父様なら分かってくださると思いました。わたくしがどれほど家の名に恥じぬよう生きてきたか。泣いてすがることもせず、正しくあろうとしてきたことを。
けれど、お父様は、わたくしを見ませんでした。わたくしの視線に気づいたはずです。気づいたうえで、顔を背けたのです。窓の外を見るように、少しだけ顎を上げていました。その顔は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えません。ただ、長いあいだ眠っていない人のように疲れていました。
父のことは、別の頁に書きます。
この頁では、まだ書けません。
アンナがいました。
柱のそばに、銀の盆を持って立っていました。五つの頃から、わたくしに仕えてくれた侍女です。髪を結い、ドレスを選び、眠れない夜には温めた飲み物を運んでくれました。わたくしがいちばん美しく見える角度も、リボンの結び方も、あの子は誰よりも知っていました。
アンナだけは、分かってくれる。
そう思いました。
わたくしが名前を呼ぶと、盆の上の杯が小さく鳴りました。アンナは顔を上げませんでした。白い手袋の指が、盆の縁を強く握っています。手袋の端から、手首の古い痕が少しだけ見えました。
わたくしは、その痕から目を離しました。
アンナは昔から、感情を隠すのが下手でした。怖がりで、不器用で、失敗するとすぐに泣きそうになる。だからわたくしが、何度も教えてあげました。人前では手を震わせないこと。主人に問われたら、はっきり答えること。泣きそうな顔を、客の前に出さないこと。どれも、侍女として必要なことでした。
わたくしは尋ねました。
『あなたも、わたくしが悪いと思うの』
責めたのではありません。ただ、聞いただけです。アンナは答えませんでした。唇を噛み、盆を持つ手をさらに強くしました。銀の杯がまた鳴ります。
殿下は、アンナに向かっておっしゃいました。
『答えなくていい』
わたくしは驚きました。わたくしはアンナの言葉を聞こうとしただけです。それなのに、殿下はアンナの前にまで壁を作るのです。
アンナが、小さく首を振りました。それがわたくしに向けられたものなのか、殿下に向けられたものなのか、自分自身に向けられたものなのか、今でも分かりません。
やがて殿下は、紙を閉じました。
その日のうちに王宮を出ること。翌朝、ヴァンクリーフ家の使者がわたくしの私物をまとめること。今後の処遇は、公爵家と王家で決められること。そのように告げられました。
追放、という言葉は使われませんでした。
そこに、殿下の最後の情けを感じました。大勢の前で婚約を解きながらも、わたくしの名誉を完全には踏みにじらないでくださったのです。ですから、わたくしも礼を尽くしました。
『承知いたしました』
そう申し上げ、深く礼をしました。
顔を上げたとき、ミレーユがこちらを見ていました。涙に濡れた目でした。けれど、その目はもう、わたくしに助けを求めていませんでした。殿下の背の向こうから、こちらを見ている。近づきたくないものを見るように。名前を呼ばれたくない子どものように。
ひどい子。
そう思ってしまったことを、すぐに恥じました。
ミレーユは悪くありません。あの子は、まだ何も分かっていないだけです。誰かの言葉を信じ、わたくしの優しさを誤解し、怖がる必要のないものを怖がっているだけ。
いつか分かってくれると思いました。
わたくしが、どれほどあの子のためを思っていたか。
白薔薇の間の扉が開かれました。廊下の向こうから、夜の空気が流れ込んできます。王宮の廊下は何度も歩いたはずなのに、その夜はひどく長く見えました。誰も、わたくしに手を差し出しませんでした。誰も、追いかけてきませんでした。
ただ、背後でアンナの盆がもう一度、小さく鳴りました。
わたくしは振り返りませんでした。
振り返れば、きっとまた誰かが目を伏せる。そう思ったからです。
そして今、わたくしは王宮から屋敷へ戻る馬車の中でこれを書いています。
王都の灯は、もう小さな粒になりました。膝の上の手帳には、わたくしの字が並んでいます。揺れる馬車の中ですから、少し乱れています。心が乱れているわけではありません。
翌朝、わたくしの部屋は片づけられるそうです。
ドレスも、手紙も、母から受け継いだ扇も、すべて箱に詰められるのでしょう。アンナが片づけるのか、別の者が来るのかは知りません。
忘れていたものなど、ないはずです。
書き残していないことなど、ないはずです。
それでも、この頁を書いていると、何かが紙の外に残っている気がします。書かなかったもの。書けなかったもの。書く必要がないと思ったもの。
そういうものが、馬車の床に落ちているような気がするのです。
でも、拾いません。
拾えばきっと、わたくしは何を失ったのか、分からなくなってしまいます。
ですから、最初に書いた言葉で終わります。
信じてください、わたくしを。




