第9話:現地対応、始めました
目を開くと、どこまでも広がる草原に立っていた。
そして、目の前には黒い修道服を被った、白い豚がいた。
すぐに距離を取り、スキルを放とうとすると、白豚は修道服の裾を小さな蹄でぎゅっと握りしめ、縋るような上目遣いで鳴いた。
「ブ…ブヒィ、ブヒィ」
「そうか、転移したんだ」
スキル発動。
【女神の奴隷:社内兼務:効果:2つのスキルを同時に発動できる※発動後、48時間効果は継続:メモ:社内で2倍の仕事をずっと行うのは無理。】
【女神の奴隷:意思疎通】
「驚かせて申し訳ありません。僕は、女神の執事です」
「あぁ、女神様の奴隷様。お待ちしておりました。その服、間違いなく昨夜お告げのあったデザインです」
「いや、あの……奴隷ではなく、執事……」
「そうなのですか?お告げでは、本人は執事と言い張るが、奴隷と呼ぶと喜ぶとあったのですが……」
――男は、いつか女神に仕返しをすることを誓った。
「そうです。僕は、鞭を振るうのが大好きな女神の奴隷です」
白豚は頬を紅潮させながら、
「本当にお会いできるなんて……女神様は私たちを決して見捨ててはいなかったのですね。魔王に豚の姿にされて、何年も経ち、勇者が現れたと思ったら、記憶の曖昧なわがまま豚で……ついには、超巨大イノシシとなり暴れだした時には、もう終わりだと絶望しておりました」
「安心してください。愛の鞭を振るうのが大好きな女神は、僕に悪いイノシシを倒すように命じたのです」
「あぁ……」
興奮気味に、根掘り葉掘り女神のことを聞かれた男は、しょうがなくスキルを行使した。
【女神の奴隷:上司の命令】
「あなたたちを害する、悪いイノシシに関して教えてください」
すると、白豚は、先ほどの様子が嘘のように姿勢を正して、
「ここから四十キロ先にある村に、イノシシと子分の豚数十体の群れを形成しています。なお、イノシシは非常に大きい反面、理性を失っているかのように、食べて、寝て、暴れてを繰り返しております。子分の豚は、まるでイノシシに操られているかのように行動しております」
「ありがとうございます。少し距離がありますが、案内をお願いできますか?」
「任せてください。奴隷様をお連れできるように、馬車を用意しております。まぁ、馬車と言うか、豚車なのですが……」
「……引いてくださるのも、元々は人間の方なのですか?」
「そうですよ。馬も豚に変えられてしまい、使い物にならなくなったので、うちの村の力自慢の方にお越しいただきました」
「人に引いてもらうのは、女神の執事として、少々気が引けるのですが……」
「安心してください、豚に姿を変えられたことで、私たちの能力にも変化があったのです。彼らは、時速五十キロで走れるムキムキな方々です」
白豚の後ろにあった、豚車の影から、やけにガタイのいい豚が2匹、鼻から荒い息を吹き出しながら現れた。
「そうだぜ、奴隷の旦那!俺たちのために、わざわざ来てくれたんだ!ここで引かせてもらえなきゃ、男の名折れだ」
「そうでやんす!おいらたちに運ばせてくれでやんす」
「……それなら、よろしくお願いいたします」
豚車での移動は、意外にも快適なことに、男は驚いていた。
「こんなにも揺れないものなんですね」
「そう言っていただけると、嬉しいです。実は、お告げがあって、すぐに他の方々に地ならしをお願いしたんですよ」
「え!?そこまでお気遣いいただき、ありがとうございます。お告げがあったのは、昨夜だったから、無理をされたのでは……」
「全然ですよ。女神様の奴隷様がいらっしゃると聞いて、皆、喜んで徹夜で走りこんでいました!」
――男は非常にいたたまれない気持ちになり、営業スマイルで話題を変えることにした。
「そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね」
「あ、これは失礼しました。奴隷様に会えた嬉しさのあまり、ついつい忘れていました。私は、女神教のシスターをしている、シュリと申します」
「これは、ご丁寧にありがとうございます。僕の名前は―」
白豚改め、シュリさんは遮るように
「そ、そんな、奴隷様のお名前を頂くなんて、恐れ多い!私たちは、奴隷様と呼ばせていただきます」
「……それで大丈夫です。『鞭を振るうのが大好きな女神』の奴隷様と覚えてください」
「ふふ、奴隷様も冗談を言われるのですね」
「まぁ、冗談です。それより、元豚のイノシシについて教えていただけませんか?」
「はい、現れた時には、女神様のお使いだと皆喜んだのですが、開口一番
『俺はなろうの主役だぁ!新時代の幕開けだ!』と訳の分からないことを叫んで、すぐに気絶しまして……」
――男は、同じ地球出身として、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
そんな様子にも気づかず、話は続く。
「目を覚ますと、記憶が曖昧なのか、食べて寝て、食べて寝てを繰り返し、時々思い出したかのように、 女神様の悪口を言うだけの存在となってしまいました」
「私たちも最初こそ期待をしたのですが、本物の豚のようなその姿を見て、すべてを諦めていたのです」
「それは、あまりにも酷いですね……その頃は、イノシシでは無く、豚だったんですね」
「そうなのです。ですが、ある日ふと村から姿を消したと思っていたら、イノシシの姿になっており、なぜか穏やかだった豚たちと暴れまわり、巨大化してしまったのです。もう私たちは、女神様に見捨てられたとしか思えなくて……」
――男は、女神の疲れた顔を思い出し、フォローをすることにした。
「それはひどいですね。きっとそいつは女神様のお使いではなく、女神様を騙った何者かの仕業に違いありません。安心してください。正式な使いである、この僕が、必ずイノシシを倒します」
シュリは、涙を目に溜めながら、
「そ、そうですよね!女神様があんな醜い豚を使わすなんてありえませんよね!……そのお言葉を聞けただけで、私は救われた気分です。やはり、私たちは、見捨てられていなかったのですね!」
「当然です。どうか、涙を拭いてください。女神様は、あなたのような敬虔な信者を見捨てたりしませんよ」
ハンカチを取り出した男は、絶句した。
絵柄が、Tシャツと同じ、豚の格好をした男が、女に鞭で叩かれているイラストに変わっていたのである。柄を確認し、無言で三つ折りにしかけたが、シュリの視線に気づいて引きつった笑顔で差し出した。
渡されたハンカチを受け取り、涙を拭い終えたシュリは、ハンカチの絵柄を見つめ、パタパタと耳まで真っ赤に染め上げ、もじもじと蹄を合わせながら視線を泳がせた。
「もし、こういうのが好きなのでしたら、イノシシを倒していただいた暁には、お礼に協力しますよ」
と困ったように微笑んだのであった。




