第8話:いざ、出発です
鍛練は、日を追うごとに厳しくなっていた。豚を倒し、豚に倒され、イノシシから逃げて、イノシシを倒す。終いには、2頭の竜を倒せるほどにまで、成長していた。
―討伐前夜―
男は1人、ソファーにもたれかかり、これまでの日々を回想する。
―ある日の鍛練―
「やっぱり、住人が豚に変えられた世界に行くのだから、豚とコミュニケーションを取るスキルも必要だわ」
「これなんかどうでしょう?」
【女神の奴隷:意思疎通:効果:他種族とのコミュニケーションが可能になる。:メモ:話の通じない取引先とも、時間をかければなんとかok。】
「じゃあ、早速その豚に試してみなさい」
「ブヒィ……もう痛いのは勘弁してほしいブヒィ…なんか目覚めちゃいそうブヒィ」
男は無言で、豚を両手で挟んだ。
【女神の奴隷:板挟み】
「ブヒィ……」
豚は光となり、消えていった。
「危なかったわね。あやうく別の豚が誕生するところだったわ」
「どうして、あんな事を喋るんですか」
「あんたが、叩きすぎたのよ」
―別の日の鍛練―
「討伐対象は、理性は失ってるものの、【拡大解釈】も使用するわ。念には念を入れ、今日の相手はこれよ」
女神は神話でしか見たことのない、双龍を出した。
晴れ渡っていた空に、あっという間に雲が広がり、激しい雷雨が打ち付ける。
「……これは、流石に無理なんじゃ」
「出来る女は、常に最悪の事態を想定するものなのよ」
そう言いながら、女神はピンク色の傘に、豚柄のレインコートに着替えていた。
男は思わずツッコんだ。
「その格好、絶対煽ってますよね!」
「何言ってるの。濡れたら、風邪を引くじゃない。環境の変化に順応するスキルを使いなさい」
【女神の奴隷:急な異動:効果:環境の影響を受けない:メモ:急な職場の異動にも、すぐに順応しないと大変】
「いいじゃない!次は空を飛ぶのよ!」
「それはさすがに……」
「じゃあ、落とすのよ」
【女神の奴隷:あらゆる重圧:効果:重力操作が可能になる:メモ:業務の担当としての重圧、後輩育成、今後の人生、社会人はあらゆる重圧を背負ってる】
「さぁ、落としたら、容赦せずに倒すのよ!」
【女神の奴隷:内部告発:効果:内部から爆発する:メモ:勇気は必要だが、正しいこと】
「あんたの倒し方って、闇を感じるわね」
「薄々思っていたことを、言わないで下さい……」
―再び、討伐前夜に戻る―
「何やり遂げた顔をしてるのよ。本番は明日よ」
シャワーを浴び終えた女神は、呆れた顔をした。
回想していた男は、自己陶酔しかけた顔を見られ、ダメージを受けた。
「まぁいいわ。あんたが同情して失敗しないように、討伐対象の話をするから、コーヒーを淹れてきなさい」
男は逃げるようにキッチンでコーヒーを淹れ、女神に渡す。一口飲んで、
「あら、偉いわね。ちゃんと砂糖3個入ってるじゃない」
「1カ月も一緒に暮らしてますからね」
「ふ~ん」
女神は一瞬だけ、嬉しそうな顔をした。そして、明日行く世界について語り始めた。
「まず初めに、転生者が行く世界には、それぞれ物語があるのよ。明日行ってもらう世界は、魔王により、ほとんどの住民が豚に変えられたってストーリーよ」
「……間違ってスキルを放たないように、気を付けます」
――男は、数々の試練を乗り越えた弊害として、豚を見ると問答無用でスキルを放つようになっていた。
「くれぐれも、無害な豚には怪我をさせないようにね」
「善処します」
「じゃあ、次は簡単に討伐対象の前世について説明するわ。とある大企業の社長の次男として、子供のころから甘やかされ放題。その影響で本人もわがまま三昧よ。ただし、調子に乗ってついに親の立場を危うくする事件を起こしたの。そのせいで完全な放任主義に移行。お金だけは毎月たくさん振り込まれはしたものの、親から見捨てられたと思い込み、二次元の世界に没入。そのまま孤独死よ」
「それはまぁ、なんというか」
女神はどこからかノートを取り出し、
「ちなみに、その影響であんたの会社も少なからず影響を受けたみたいよ」
「……ちなみにその企業の名は?」
女神は男の耳元まで近づき、
「本当は内緒なのよ」
と言い、小さな声でその企業の名を告げた。
――男は静かに、ただし力強く、
すべての生命力を使い果たしてでも『討伐』することを誓った。
女神は男の表情にドン引きしつつ、思い出したかのように切り出した。
「それと、決して住人に同情して魔王を倒しては駄目よ。その瞬間、あんたは『主人公』として、世界に取り込まれるわ」
「取り込まれるとは、どういう意味ですか?」
「もう二度とここに帰って来れないということよ」
「それは……」
男はつぶやいた後に、これまでの生活を思い出した。
一瞬、それも悪くないかと思いかけ、今の暮らしを捨てがたいと感じた自分に驚きつつ、
「まぁ、僕は『女神の奴隷』なので、すぐに終わらせて、肩代わりしてもらっていた分の家事も片付けますよ。隅に埃も溜まってますし」
――男は、内心を隠すように、毒をはいた。
そして、討伐の日。
「さぁ、ついにこの日が来たわよ」
「そうですね。一か月、長いようで、あっという間でした」
「そういうものよ。でもここからが本番。イノシシを見つけたら、容赦なく消しなさい。決して、同情しては駄目よ」
「わかってます。同情の余地は無いと思うので、大丈夫です」
「あ、それと、討伐が成功した場合は報酬も出るわよ」
「……なぜこのタイミングでそれを?」
「モチベーションを上げるために、タイミングを見計らってたのよ」
「まぁ、確かに上がりましたが」
――女神は、伝え忘れていたことをなんとか隠し通した。
女神は、いつも通りの調子を装いながら、
「何なら、気に入った子がいたら、連れて帰ってこれるわよ」
「報酬は、討伐してから考えますよ。まずは、生きて帰ってきます」
「分かっているならいいわ。じゃあ、これは餞別よ」
女神がパチン、と指を鳴らすと、男の衣装が変わった。執事の服から、Tシャツに。そして、豚の格好をした男が、女に鞭で叩かれているイラストがアップされていた。
「なんですか、この絵は」
「安心しなさい。昨日これから行く世界にお告げを出しておいたわ。女神の奴隷が、巨大イノシシを討伐するでしょうと」
「女神と言うか、これ女王……」
「さぁ、勇敢なる女神の執事よ!時は来ました。今こそ苦しむ民を救うのです」
女神は再びパチン、と指を鳴らすと、男の視界は白く染まった。
「ちゃんと、帰ってきなさいよ……」
誰もいない部屋で、彼女は静かにつぶやいた。




