第7話:打合せが、楽しい!?
男のツッコミに対して、女神は煎餅を食べながら、答える。
「スキルを使いなさい、スキルを」
「……生命力が心配なので」
「あんたの知識や、経験をベースとしたものなら、全然影響ないわよ」
「経験をベースにですか……」
「ほら、例えばあれよ。急に締切を短縮されて、倍速で仕事を処理するような」
なるほどと思い、イメージすると、
【女神の奴隷:思考速度2倍】
――男はあっという間に、V Tubeの内容を理解した。
「これは、凄いですね。経験則に基づくものだと、全然疲れがありません」
「そうでしょう。これなら、前職の苦労が存分に活かせるわよ」
「いや、そんな攻撃的な人生は送ってないのですが……」
「あら、頭が硬いわね。その辺も含め、明日から特訓開始よ!」
「……ちなみにいつ頃、討伐に向かうのですか」
「一か月後よ。ただし、私も鬼ではないから、家事の時間は減らしてあげるわ。とりあえず、料理は、冷凍の作り置きをしておいてくれれば問題ないわ。仕方ないから、私が毎日レンチンしてあげる」
――
そして、次の日。
ペアルックの打倒豚ジャージを着て、
「さあ、特訓の開始よ!私がレンチンした料理を食べたんだから、元気バッチリね!」
「そうですね。昨日、僕が女神様を思って作った作り置きを、チンしてくれてありがとうございます」
「あぁ、食器洗い大変だったわ」
「……昨日の後片付けをやったのは僕ですが」
――女神と男の間に、不毛な争いが発生した。
「……今日の鍛練相手は、ドラゴンにしようかしら」
――女神は、いきなり切り札をきった。
「女神様がチンしてくれた料理、最高でした!洗い物もありがとうございます!」
――男は手首がねじ切れんばかりの速さで、手のひらを返した。
女神は満足気な顔をして、
「分かればいいのよ、分かれば」
と宣った。
「それで、今日の相手は何でしょうか?」
「もちろん豚よ。まずはスキルをある程度定義しましょう」
「定義ですか?」
「そうよ。あらかじめ、名前と効果を決めておくことで、より円滑に戦えるようになるの」
「それは、合理的ですね」
「当然よ、私は出来る女神ですから。じゃあ、早速、この動かない豚に何かスキルを使ってみなさい」
女神が指を鳴らすと、普通サイズの豚が現れた。
「昨日の話だと、経験則を元にしたスキルがいいんでしたよね。ただ、中々思いつかなくて……」
「しょうがないわね。じゃあ、その人畜無害なかわいい豚に手を当てなさい」
「どうしてそんな表現を……。分かりました。こうですか……?」
「そうよ。あんたを介して、私が『女神の奴隷』を使うから、よく見とくのよ」
そう言って、女神は男の手に、自分の手を添えた。
――男は少しだけ、照れ臭いと感じた自分に、内心驚いていた。
「まずは、イメージ。そうね、私で言うと、上司と転生者の間に挟まれて、潰れそうになるってとこかしらね」
「妙に具体的ですね……」
――男は、上司と部下の間で押し潰される自分を想像した。
「そして、潰れそうになる自分を相手に置き換えるの」
――男の脳内では、豚が哀れになるくらい、圧迫されていた。
「そして、そのイメージに名前を付けて、唱えるの。『板挟み』にしましょう」
女神の指示に従い、唱えると、
【女神の奴隷:板挟み】
手を当てていた豚が「ブヒィ……」と一声鳴くと、両側からきゅっと縮み、光の粒となって消えていった。
男が呆気に取られていると、他人事のように、
「あんなかわいい豚を潰すなんて……あんた、顔に似合わず鬼畜ね」
「……あなたですよね!このスキルを使わせたのは、あなたですよね!」
――男は、豚が潰れる姿を直視したため、気が動転していた。
「ほっぺが、ムニュってなるくらいだと思ってたのに、跡形もなく消えるなんて……完全に想定外だったわ」
「……なんかすいませんでした」
「まぁいいわ。でも、これで流れは分かったでしょ」
「そうですね。何となく発想は湧きました」
「じゃあ、他のスキルも考えるわよ〜!ホワイトボードを出しなさい」
【女神の奴隷:ホワイトボードセット召喚】
「さぁ、アイデアを出しなさい」
「まるで打ち合わせですね」
「いいじゃない。楽しいでしょ」
「そうですね」
(前職の会議は嫌いだったが、こういうのは悪くない)
ホワイトボードには、次々とスキル案が書きだされる。
「前職では、上司に言われたことは絶対だったんですよ」
「じゃあ、こんなのはどう?」
・【名称:上司の指示:効果:対象に、有無を言わさず、報連相を行わせる】
「なるほど。実は、上司もなんですが、それより上からの指示もあったりしました」
「あんたも大変だったわね、じゃあこんな感じかしら?」
・【名称:理不尽な要求:効果:上司の指示の上位互換】
「いいですね。興が乗ってきました。それなら、これも」
「あら、気が合うわね。こんなのもあったりしない?」
「そう来ましたか。ではこんなのも」
「あんた、それ最高ね!」
――女神と男は、あるあるネタで盛り上がりながら、ホワイトボードをどんどん埋めていくのであった。
――以下、ホワイトボード抜粋――
・【名称:締切前夜:効果:思考力・行動速度が2倍になる:メモ:毎回、絶対無理だと思うけど、意外と何とかなる】
・【名称:深夜テンション:効果:生命力0で他のスキルを使用 ※週に1度、1回のみ:見回りに来た守衛さんに見られると、死にたくなる】
・【名称:ハラスメントフェスティバル:効果:相手を行動不能にする:メモ:何をやってもハラスメント。ただ、小さくなり過ごすだけ】
・【名称:責任転嫁:効果:ある程度のダメージを他に転嫁する:メモ:困ったら、知らないふりはやめてほしい】
・【名称:サービス残業:効果:相手の攻撃を無効化する ※週に1度、1回のみ:メモ:頑張っても利益なし】
・【名称:エンタークラッシュ:効果:エンターキーが壊れるほどの力が、指に宿り、敵を貫く:キーボードは、何も悪くない】
・【名称:貧乏ゆすり:効果:ありえないくらいに地面を揺らす:メモ:限界間近の人は、足の揺れで机を揺らす】
・【名称:新人クラッシュ:効果:初めての敵に大ダメージを与える:メモ:新人に無茶を言い、追い詰める】
……etc.
「よし、これだけあれば、ほぼ無双できるじゃない」
男は、落ち着きを取り戻し、遠い目をしながら、力なく呟いた。
「なぜか、古傷を抉られた気分なんですが……」
「いいじゃない。ここには、あなたを傷つける上司はいないわ。新しい傷を負わないためなんだから、甘んじて受け入れなさい」
「1か月後には、物理的に傷つく予定なんですが」
「これも仕事のうちよ!あんたは、うちの大黒柱として働いてもらわなくちゃ。まぁ、大黒柱と言うか、人柱というか……」
「やる気を削ぐことを言わないでくださいよ」
「ほら、次はいよいよ実践よ。いでよ、スキルのサンドバックとなる豚たちよ」
女神が指を鳴らすと、数十体の豚が目の前に現れた。
数十体の豚が一斉に土煙を上げながら現れる様に、男は思わず一歩後ずさった。
「これは、残業確定ですね」
と呟いた。
――それでも、男は豚に立ち向かうのであった。前職に比べて、楽しいと思えるこの生活を維持するために。




