第6話:容量、オーバーです
「次は『アレ』の現状でも確認しましょうか」
そう言うと、女神はソファから身を起こし、リモコンを手に取った。心なしか、その口元は緩んでいる。
「確認って、どうやってですか」
「見ればわかるわよ」
彼女はどこか楽しげにリモコンを操作し、テレビをつけた。
「これよ、これ。V Tubeよ」
画面には、どこかで見覚えのある動画配信サイトのトップページが映し出されていた。中央には、金色の髪を大きく波打たせた三頭身気味のアバターが、星をあしらった杖を掲げてピースをしている。
「……これは一体」
予想外のポップさに、男は思わず眉根を寄せた。
「ヴィーナスちゃんねる、略してV Tubeよ。転生させた魂がどうなったのかを見守るための、女神達の娯楽よ」
「今、娯楽って言いましたよね」
「しょうがないじゃない。女神も忙しいんだから、手頃な娯楽が必要なのよ」
悪びれもせず言い切る女神に、男は肩をすくめた。
「あった、あった。これよ、『転生しても豚だった件。最弱の俺は、自分の足で立ち、一心不乱に夢を追う』」
女神が画面を指差す。
「タイトルが凄いな。しかも再生回数が15回……」
――男は、まだ見ぬ豚に憐れみを覚えた。
「しょうがないわよ。転生して暴れるだけの豚が見たいなら、魔獣のほうが面白いもの」
「そんなのもあるのか」
「もちろんよ。転生者の数だけ、世界があるからね」
女神は悪戯っぽく笑うと、再生ボタンにカーソルを合わせた。
「さぁ、じゃあ見るわよ。覚悟しなさい」
そう言って、再生ボタンを押すと、
画面に映ったのは、先ほどのポップなアバターとは打って変わり、美しい金髪をたなびかせた、芸術的なプロポーションの…配信者だった。
「みなさ〜ん、こんにちは! Volume(量)、Velocity(速度)、Variety(多様性)、3V揃ってVictory(勝利)。ヴィーナスちゃんねるへようこそ!」
画面の中の女性は、まるでファンサービスのようにウインクを一つ挟み、両手を大きく振り回しながら、テンション高めに喋り出す。
あまりの勢いに、男は思わずリモコンを取り、停止を押した。
「これは一体……?」
「だからいったでしょう。覚悟しなさいと」
女神はニヤニヤと笑いを堪えている。
「確かに聞いたが、まさかこう来るとは……」
男はこめかみを押さえながら、深く息を吐いた。
「なんか、本人もこのテンション最近キツいって、愚痴ってたわよ。でも主に男神に受けが良いらしくて、辞めるに辞めれないらしいわ」
「それは何というか……どこの世界も世知辛いですね」
「ちなみに、彼女、本物のヴィーナスよ。美は讃えられなければ意味がない、という主義のもとV Tubeを生み出したのよ。今では、いろんな女神がV Tubeに投稿するようになって、利益がウハウハらしいわよ」
「理由も現状も俗世的なのは置いといて、確かに美の女神と言うだけあって、美しいですね」
女神の声色が少しだけ変わり、
「あんたも男ってことね。ああいう美人に、皆ころっと騙されちゃうのよね」
男は表情を変えずに、淡々と
「いえ、芸術的な美しさを感じただけで、僕のエクスカリバーは無反応ですね」
「あら、そうなの……」
女神はふいと視線を逸らし、
「ほら、早く停止を解除しなさい」
「そうですね。すいません」
男は苦笑いを浮かべ、再生ボタンを押し直した。
「今日は、『転生しても豚だった件。最弱の俺は、自分の足で立ち、一心不乱に夢を追う』略して『豚足』の世界に来ていま〜す!」
――男は、なんとかツッコミを抑えた。
「前回放送は、まったく人気がなく、もう来る事もないなぁと思ってたんだけど……面白い事が起きたと聞いたので、まさかの再訪で〜す!」
「なんと、ここの主人公(豚)は、隠しスキルを暴走させて、暴れまわってます!」
聞き覚えのない単語に、男は隣の女神を見つめる。
「なによ、急にこっちを見つめて」
女神はテレビから目を離さないまま、片眉だけ上げた。
「いや、隠しスキルって何ですか?」
「隠しスキルってのはね、転生者に与えられるチートとは別に、ある条件を満たすことで、転生先でのみ自動で発揮されるスキルのこと。スキル名は『拡大解釈』よ」
「『拡大解釈』。それはまた壮大な名称ですね。ちなみに効果は何ですか?」
「それは、この動画の続きを見れば分かるわよ」
女神はそう言うと、悪戯っぽく口角を上げ、再び画面に視線を戻した。
「じゃあ、実際に何が起きてるのか、現場を見てみましょう!あ、あそこに大きな豚……いえ、野生化した巨大イノシシが!これは一体何が起きてるのでしょうか。解説のトトさん、お願いします」
画面が切り替わり、丸眼鏡をかけた白衣姿の長身の男性が現れる。鼻先が細く尖り、心なしか嘴のような輪郭を描いていた。
「はい。それでは、あの豚に何が起きたのか、解説をしていきます。まず初めに、彼のチートスキルは『巨大化』になります」
「なるほど!『巨大化』なら、大きくなっているのも頷けますね。でもそれだけで、あんなにワイルドになるのでしょうか?」
「それはですね、なぜか暴走した『拡大解釈』により、自身の負の感情を『巨大化』させ、周囲にも負の感情が伝播し、豚に変えられた人たちの怒りが爆発。そして、『拡大解釈』の発生条件である『皆の思いが一つになること』を『怒り』という感情で満たされてしまいました。その結果、魔王を倒す豚というイメージが『巨大化』し、イノシシへと姿を変えたのです」
男は腕を組み、真剣な顔で画面に見入った。
「なるほど、そうなんですね!豚に真珠とは言いますが、真珠を持てば豚も輝くいい例ですね!」
「そうですね。『拡大解釈』の暴走理由は不明ですが、一度発動すれば、対処するのも一苦労です」
「さぁ、このイノシシは今後どうなってしまうのでしょうか?気になる方は、チャンネル登録お願いします!」
女神はリモコンを操作し、テレビを消した。
そして、
「明日から頑張りましょうね」
そう言って、男の肩をぽん、ぽんと叩くのであった。
男は思わず、ツッコんだ。
「情報量多すぎだよ!!」




