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第42話:頼ることも、仕事です

 ユキの説明を聞き終えた鳳凰は、目を丸くしてユキを見つめた。その隣で、テンカピが楽しげに喉を鳴らしている。


「奴隷様は、そんなこともできるのか!しかし、それは気をつけたほうがいいぞ」

「そうじゃな。スラ吉たちにも分配してしまうと、魔王討伐後に、スラ吉の子孫たちまでその力が遺伝する可能性もある。テイムスキルが消え、力を持つ魔物だけが存在するのは、あまりよろしくないのぅ」

「……そこまで考えていませんでした。それなら、雪華さんに託すのはどうでしょう?」

「せめて3人じゃな。1人だけに偏るのもよくないからのぅ」

「それなら、残りの2人は紅葉と黄実だな。……奴隷様、不安そうな顔をしないでくれ」


 自分の眉に力が入っていることに気づき、ユキは小さく息を吐いて、慌てて表情を整えた。


「……失礼しました。でも、もしものこともあるので、雪華さんのお姉さんを助けるまでは僕も一緒にいようかと……」

「ふむ、奴隷様の気持ちも分からぬでもないが、お主がそこまで面倒を見る必要はないぞ」

「え……それはどうしてですか?」

「そこの『獣人娘』たちは、そもそも『神獣』の眷属であり、眷属の尻拭いはこやつらの仕事ということじゃ。お主が『狼人娘』の姉を助けたいという気持ちはわかるが、『神器』の分配までにしておくべきじゃ」


 テンカピの声は穏やかだったが、そこには有無を言わせない響きがあった。


「……分配後のフォローは大丈夫でしょうか?」

「分配後は、強制的に帰還になるじゃろう」

「えっ!?それはあまりにも急ではないですか!」

「何も意地悪で言っているわけではないんじゃよ。お主は、この世界に縁が出来すぎておる。テイムこそしていないが、3人の『獣人娘』と強力な魔獣たちに心から慕われ、さらにそのうちの2人の主である鳳凰と氷狼とも良好な関係を築いておる。……これ以上世界に関わると――主人公と見做されて帰れなくなるぞ」


 ユキは唇を噛み、俯いた。本音を言えば、雪華の姉を助けるまでは見届けたい。けれど、彼女たちにも、自分にも、帰る場所がある。

 脳裏にセツナの顔が浮かんだ瞬間、彼は静かに迷いを断ち切った。


「……そうですね。帰りを待ってくれている人がいるので、申し訳ないのですが、彼女たちのことはお願いしてもいいでしょうか」


 ユキとテンカピの会話を聞いていたのだろう。少し離れたところで様子を窺っていたスラ吉たちは、しゅんと俯いた。雪華も何も言わず、ユキの袖をきゅっと握りしめる。


「任せておくのじゃ。鳳凰たち『神獣』に、直接彼女たちを鍛えるようにわしのほうから伝えとくからのぅ」


 鳳凰はテンカピの視線を受け、身体を震わせていた。


「ありがとうございます。鳳凰さん、後はよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ。面倒だけかけて、このまま恩人を帰すのかと肝を冷やしていたところだ」


 ユキは、鳳凰に頭を下げてから雪華の頭を優しく撫でた。


「雪華さん、お姉さんの救出までお付き合いできず、申し訳ありません……」


 彼女は、ユキの手を強く握りしめた。


「……大丈夫ですわん!ご主人様がいたから、一緒に戦ってくれる仲間にも出会えて、姉を助けるための希望も持てたわん!だから、そんな顔をしないでくださいわん」


 そのまま、ユキに抱きつく雪華。

 後ろにいた魔獣たちも、ユキに飛びかかる。


「そうスラ!奴隷様がいてくれたから、僕らは捨てられた絶望から立ち直れたスラ」

「そうゴリ!だから悲しそうな顔をしないでゴリ!」


 ゴリさんは、ぼろぼろと涙をこぼして、雪華の後ろからユキに抱きついた。

 雪華は押しつぶされながら、苦しそうな声を漏らした。


「寂しいけど、私たちのことを忘れちゃだめクラよ」

「そうよヘビ。何かあれば必ず駆けつけるんだからヘビ」


 クラさんとヘビンヌさんは、それぞれユキの腕に巻き付いた。


「そうゴブ!今度は俺たちが必ず助けるゴブ!」


 ゴブサワさんがユキの背中から熱い抱擁をすると、前後から挟まれた雪華は虫の息になった。


「だから、ピンチの時は必ず呼んでひょう!」

「たとえ世界を超えてでも、助けに行くカラ!」


 ヒョウタさんとカラヤマさんは、ユキの肩に飛びついた。

 しれっと紛れ込んでユキに抱きつく紅葉と黄実。


「本当にありがとうございましたぴよ!」

「見ていてくださいうき!必ず雪華の姉を助け出し、魔王も倒すうき!」


 前後左右からもみくちゃにされて、ユキは苦笑した。けれど、目頭がじわりと熱くなるのを、どうしても抑えられなかった。


「僕も、皆さんに会えて嬉しかったし、短い時間でしたが楽しかったです。もし本当に大変な時は、駆けつけられるよう女神様に掛け合います。だから、無理だけはしないでくださいね」


 ひとしきり別れの挨拶を済ませると、テンカピが鳳凰に目配せをした。

 鳳凰は小さく頷き、雪華たちにユキがこれから行うことの説明を始めた。

 手持ち無沙汰になったユキは、ふと気になっていたことをテンカピに尋ねた。


「そういえば、テンカピさんはこの後も彼らに同行されるのですか」

「わしもアルテミス様に頼まれてきているだけで、この世界にはあまり関与できないからのぅ。お主が戻るタイミングで、一度帰るのじゃ」

「そうなんですね。また機会があれば、一緒にお茶でも飲みましょう」

「それも悪くないのぅ。……話は変わるが、お主はもう少し人に頼ってもいいのじゃよ。『神獣』であるわしにもほとんど助けを求めなかったしのぅ」

「いやいや、テンカピさんはいつもさりげなく助けてくれていましたよね。思い返してみればスラ吉さんたちと打ち解けられたのも、テンカピさんのおかげでしたし」

「普通は、依存しているのではないかと心配になるくらい頼ってくるはずなんじゃがなぁ」

「常に見守ってくれていて、大事な時にしっかり諫めてくれるだけで、凄く心強かったですよ」

「お主は本当に面白いのぅ。……しかし、ここまで頼られなかったとなると、案内人としての名折れじゃし、どれ、わしから最後の助言を与えよう」

「最後の助言ですか?……少しドキドキしますね」


 テンカピは、ユキに耳を近づけるように前足をくいくいと動かした。ユキがしゃがむと、テンカピは耳元へ顔を寄せ、周りに聞こえない声で囁いた。


「ほほ、『神界』においては、基本的に『等価交換』が原則じゃ。しかし、転生者でもないお主のスキル【女神の奴隷】の代価は誰が支払ったのかのぅ」

「え、転生者へのスキルの付与はルールではないのですか?」

「普通の転生者はじゃよ。お主は『神界』から他の世界に転生をしておらんじゃろ?」

「……ですが、それは……」

「本人が何も言ってこなければ、あえて聞く必要はないが、無知であり続けるのもどうかと思ってのぅ。あ、あと、セツナ様の『神樹』はどれくらい大きくなったかのぅ?あれだけ働いていたのじゃ。そろそろ大木になっていてもおかしくはないと思うのじゃが」

「……神樹ですか」


――ユキの記憶では、『神樹』といえるほどの大きさのものはどこにもなかった。


「まぁ、そういうことじゃ」


 テンカピは、ユキの耳元から顔を離すと、ふいと視線を逸らした。その先には、遠くで説明を聞く雪華たちの背中があった。ユキは動揺を押し隠し、いつもの穏やかな顔を作って、鳳凰の説明が終わるのを待つことにした。

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