第40話:温かさは、回ります
「何とかするので、そんな顔はしないでください」
その言葉に顔を上げたスラ吉たちと目が合った。潤んだ瞳を真っすぐ見つめ返し、ユキは深く頭を下げた。
「これはお願いになってしまうのですが……もしあの2人が元の姿に戻り、心から反省していたら、話だけは聞いてあげてください」
そう言って、一通り彼らを撫でてから、紅葉と黄実の正面に立つ。
テンカピだけは、無言でユキを見つめていた。その目は何かを見極めるような鋭さを帯びていた。
スラ吉たちは、ユキの言葉に視線を紅葉たちへと投げ、それからゆっくりと頷いた。そして、ブラックの見張りへと向かう。その背中は、紅葉と黄実への捨てられた恨みと、自分たち以上の被害に遭った彼女たちへの哀れみの間で揺れているようだった
雪華はユキの隣に並び、変わり果てた2人を見つめた。耳をぺたりと伏せている。
「自分の意思で、愚かな主人に仕えていたとは言え……これはあんまりです……わん」
雪華の顔色は青ざめており、縋るようにユキの袖を掴んだ。
「そうですね……紅葉さん、黄実さん、あなた達もブラックと同じ意見なんですか?」
ユキは、雪華の頭を撫でてから、蹲る2人に目線を合わせる。
「老化した責任は、ブラックには無いと思いますか?」
その問いに、2人はゆっくりと首を横に振り、弱々しくしゃがれた声で答える。
「わ……私達が間違っていましたぴよ」
「そう……うき。も……盲信して、自分では何も考えていなかったうき」
ユキはブラックを見張るスラ吉たちを一瞥した。
「彼にとっては、あなた達も、捨てられたスラ吉さんたちも同じ価値だったようですね」
ユキの言葉に、2人は顔を上げ、顔を歪めた。
「私達は、こ……こんな仕打ちをしたぴよね」
「うぅ……うき」
「彼らが捨てられた気持ちも、鳳凰さんが嵌められた気持ちも、きっと今のあなた達と似ていたと思いますよ。まぁ老化した分、あなた達の方が悲惨ではありますが……」
自分達が行ってきた所業を理解し、泣き出す2人。紅葉は震える声で、黄実はしゃくりあげながら、言葉を絞り出した。
「ご……ごめんなさい……何も考えずにた……ただ従うだけでごめんなさいぴよ」
「もし……戻れるなら……ちゃんと自分の……意思で考えます……自分の責任で……全てを判断します……うき」
ふと顔を上げると、テンカピの隣に鳳凰も並んでいた。
スラ吉たちは心配そうにこちらを見つめていた。ブラックは下半身を地面に埋められて、どこからか持ってきた猿轡を噛まされていた。
「それで、こやつらはどうするつもりなのじゃ、奴隷様?」
「……アルテミス様からは、2人に罰を与えるように言われていたのですが、反省はしてくれたようですし……」
ユキは、壊れた機械のように謝り続ける2人に視線を投げた。理不尽な目に遭い謝罪を繰り返すだけのその姿は、セツナと出会う前の――前職の自分に重なり、胸の奥が小さく軋んだ。
テンカピは、いつもののんびりした雰囲気とは真逆の、静かで、それでいて感情を感じさせない声色で尋ねる。
「お主が来なければ、鳳凰はテイムされ、こやつら以上の目に遭っていたじゃろう。運良く派遣されたのがお主だから、みんな助かって、はい終わりとするのか?それは、あまりにもご都合主義が過ぎるのじゃないか?」
鳳凰は何かを言いかけたが、テンカピに一瞥され、何かに耐えるように口を閉ざした。
テンカピの言葉は、ユキの胸に静かに突き刺さった。そして答えを探すように、数秒だけ黙り込む。
「……テンカピさんのおっしゃることはもっともです。でも……ご都合主義でもいいじゃないですか」
――前職では、上司にも同僚にも恵まれなかった。それでも、今はセツナという大切な上司、『豚足』のみんなが脳裏に浮かぶ。そして、雪華やスラ吉たちに目を向ける。
「周りに助けてくれる優しい人や、頼ってくれる人がいるなら、力になってあげたいと思ってしまうんです……そもそも、僕がここにいるのも、『ご都合主義』なのですから、少しだけお裾分けをしても罰は当たらないでしょう」
ユキの言葉に、テンカピはまだ不十分だというような顔をする。そして、まだ言うつもりではなかった言葉を紡ぐ。
「それに、彼女達には罰として、何があっても雪華さんのお姉さんを助ける事を約束してもらうつもりです。次の『転生者』がいつ来るのかも分かりませんしね」
テンカピは小さく溜息をこぼしてから、背中の羽をはためかせてユキの背中に乗った。
「すまんのぅ、試すようなことをして。合格じゃ、合格。アルテミス様には、わしから伝えておくから、好きなようにせい」
「ありがとうございます。ちゃんと考えさせてくれるのは、非常にありがたいですよ」
ユキの頬に頬擦りをするテンカピ。ユキは、テンカピが落ちないように背中へ手を回した。張り詰めていた肩から、すっと力が抜ける。頬に触れる毛並みは、驚くほど温かかった。
鳳凰は空気が緩んだのを感じ取り、口を開いた。
「……奴隷様、本当に2人を元に戻すことはできるのか?」
「……案があるので、きっと大丈夫です。でも、テンカピさんではないんですが、鳳凰さんはそれでいいんですか?」
「……眷属を上手く導けなかったのは、私の責任でもあるからな。ここまで反省してるなら、最悪『鳳凰』から『炎鳥』に戻ることになっても、もう一度だけ、機会を与えたいんだ」
「では、もし彼女たちが元に戻れたら、スラ吉さんたちと話せるようにしてあげてくださいね」
「分かった。それくらいなら、お安いご用だ」
隣を見ると、雪華が上目遣いでユキを見つめていた。――どうか、この人たちを助けてあげてほしい。声にならない想いが、その瞳に滲んでいた。
ユキは、テンカピを背中から下ろし、しゃがんで紅葉と黄実に語りかける。
「紅葉さん、黄実さん。1つだけ提案があります。これは、あなた達にやり直す機会をくださった皆さんからの温情でもあります」
ひたすら謝罪を繰り返していた紅葉と黄実は、涙の枯れた虚ろな目をユキに向ける。
「僕は元々、ブラックの討伐をしにきましたが、その方法までは、決められていません。そのため、あなた達の老いを、その原因である彼に移すことで討伐することもできます」
紅葉と黄実は、期待と不安の混ざった顔をする。
「……そんなことが……できるぴよ?」
「でも……それじゃあ、ブラックは?この世界の主人公が……うき……」
「彼のことを気に病む必要はありませんよ。どちらにしろ、討伐はしなければならないんです」
ユキは、ブラックを見る。それにつられて2人もブラックの方を向く。
下半身を地面に埋められたブラックは、いつの間にか、首から下まで埋まっていた。
3人は、呆れたような顔をして、苦笑いをした。
「そして、これは元に戻す条件です。もし、元に戻ったら、主人公がいないこの世界で、雪華さんのお姉さんを助ける手伝いをしてほしいんです」
雪華は感極まり、ユキの手を両手でぎゅっと握りしめた。それを聞いた2人は、少しだけ固まった。
「で……でも……私達は既に『神獣』様との繋がりは絶たれているぴよ」
「そううき。……もう、繋がりは戻らないと思ううき」
ユキは、側にいるテンカピと鳳凰の方を見た。2柱の神獣は黙って頷いた。
「それは、大丈夫ですよ。しっかりと何がいけなかったのかを理解したあなた達なら、怒られるとは思いますが……誠心誠意謝れば、きっと許してもらえます。女神の奴隷である僕が保証します」
「わ……分かりました。もし元に戻れたら、しっかりと謝って、協力すると誓うぴよ」
「怒られるのは怖いけど……ちゃんと謝って、次は自分の意思で……彼女の姉を救ううき」
「約束ですよ。では、始めましょう」
そして、ユキはスキルを発動する。
【女神の奴隷:自己責任:効果:他者を犠牲にする効果を、犠牲により利益を得た者に返す:メモ:責任を押し付けるのは、三流の証よ】
紅葉と黄実、そしてブラックは光に包まれた。光が収まると、しわの消えた指先と、艶を取り戻した羽と尻尾を持つ2人の姿があった。彼女たちは自分の手を呆然と見つめ、次の瞬間、縋るように抱き合った。
その傍らで、2人分の老いをその身に受けたブラックは、みるみる干からび、粒子となって消えていく。猿轡の奥から、くぐもった叫びが漏れた。けれど、その声に耳を傾ける者は誰もいなかった。見張りを続けていたスラ吉たちは、静かにその最期を見届けていた。
舞い上がった光の粒は、サナダムシの形を取り、天に召されていった。
――ユキは、しばらく生魚は食べないことを、女神に誓った。
泣きながら抱き合っていた紅葉と黄実は、やがて鳳凰とスラ吉たちの前に進み出て、額を地面に擦りつけた。それは、とても美しい土下座だった。
鳳凰が羽ばたきとともに一枚の羽根を舞わせると、淡い光が2人と魔獣たちを包んだ。頭を下げ続ける 2人の前で、スラ吉たちは顔を見合わせる。長い沈黙のあと、スラ吉がぽつりと呟いた。
「……話は聞くスラ……だから、顔を上げるスラ」
土下座を終え、雪華やスラ吉達と話している2人を見て、ユキはそっと胸を撫で下ろしていた。




