第39話:ブラックは、お断りです
油断すれば命取りになる――
ドヤ顔でこちらを見ているブラックに対して、そう判断したユキは、出し惜しみなくスキルを重ねがけした。
「……本気でいきますよ」
【女神の奴隷:深夜テンション】
【女神の奴隷:鋼のメンタル:効果:心も身体も、その世界で最も硬い物と同等の硬度となる:メモ:鋼の精神を持っていると、決して最後まで倒れないのよね】
ユキの全身がうっすらと黒くなる。
その姿を見たブラックは、
「何だ、その姿は?冥土の土産に一発喰らってやろう。……それにしても、見た目だけは一丁前に麦わら帽子を被った海賊の武装しょ――」
【女神の奴隷:行動速度2倍】
最後まで言わさずに、ユキの拳がブラックの腹に叩き込まれた。
衝撃で吹き飛んだブラックは、地面を転がりながら土煙を巻き上げる。
「ゲホッ……くっ……息、が……」
本気と慢心。
2人の明暗を分けたのは、ひとえに気の持ちようだった。
砂埃の中、ヨロヨロと立ち上がったブラックは、大声で叫んだ。
「この俺を吹き飛ばすだと!?貴様……どんな卑怯な手を使ったんだ!」
「いや、なにも……漫画みたいなことをするからですよ」
「ちっ……あくまでしらを切る気か。そっちがそのつもりなら、これを卑怯とは言ってくれるなよ」
ブラックは、懐から銀色のやけにトゲトゲしたブレスレットを取り出し、右腕に嵌めた。
その瞬間、雪華が叫ぶ。
「え、何が起きてるの!?あなた達、どうしたの!?」
雪華の叫びを聞いて、慌てて駆け寄るユキ。
「どうしました、雪華さん!?」
「ご主人様!……見てください、2人が急に……」
彼女が震えながら、氷牢に捕らえられた2人を指差す。
「あ……あれ……力が……抜けてく……ぴ……よ」
「う……うそ……ブラッ……ク様、どうして……うき……」
地面に倒れ込んだ2人の髪から、みるみる色が抜けていく。艶のあった肌は乾いて深い皺が刻まれ、伸ばした指先は枯れ枝のように細くなった。
その一方で――
ブラックの身体が、軋むような音を立てて膨れ上がっていく。腕輪を嵌めた右腕を中心に筋肉が脈打ち、首筋には太い血管が浮き上がる。自分に足りないものを他人の命で埋めるかのように。
背後から足音が響く。振り向くと、恍惚の笑みを浮かべたブラックが、ゆったりと歩いてくるところだった。
倒れ込んだ二人には、一瞥もくれずに――
【女神の奴隷:検収検査】
魔道具の情報が、視界に浮かぶ。
【名称:傲慢な主人の腕輪:効果:テイムしている味方の生命力を奪い、自身の能力を向上させる】
「あなた、正気ですか!?慕ってくれていた2人から、生命力を奪うなんて……」
「何を言っているんだ?主人のためなんだ、彼女達も喜んでいるだろう。あぁ、力が湧いてくる!さぁ、2回戦を始めよう!!」
「雪華さん、2人を連れて離れていてください!」
迫りくるブラックから皆を庇うように、前に出るユキ。
その声に、即座に氷牢を解き、年老いた2人を抱えて飛び退く雪華。
「これで終わりにしよう。名も無き中年よ!」
次の瞬間、ブラックの足元が爆ぜ、砕けた土塊が礫のように四方へ飛び散る。舞い上がった砂煙の中から、膨れ上がった影が弾丸のような勢いで迫ってきた。
「ははは!さすがは腐っても『神獣』の眷属だ!これだけの力を俺に与えてくれるとは!」
そして、ユキに渾身の一撃を加える。
地面が抉れ、周囲に響き渡る爆音、そして、巻き上がる砂煙。
固唾を呑んで見守る雪華達。
砂煙が晴れた先には、1人佇むユキと、血を吐いて倒れ込むブラックの姿があった。
「グホッ……き、貴様……一体、何を……なぜ、無事なんだ……」
「……慕ってくれる人たちを犠牲にする方には、少々ズルをしたまでです」
ブラックが殴りかかった瞬間、ユキは念のため2つのスキルを発動していた。
【女神の奴隷:鋼のメンタル】+【女神の奴隷:退職代行:効果:ダメージを、別の対象に移す※対象1人に対し、一度だけ使用可能:メモ:退職するなら、可能な限り事前に相談を……】
渾身の一撃は、すべて拳の主へ跳ね返されていた。
「人様の関係に口出しするのは苦手なのですが、そこまでして力が欲しかったのですか?」
その問いにブラックは、血を吐きながら叫んだ。
「ふ……ふざけるな!主人公は勝てば許されるんだ!!俺が良ければ、他なんてどうでもいいんだ!」
その言葉を聞いて、ユキは、雪華達の方にブラックを引きずっていく。
そして、彼を慕っていた2人の前で、再度問う。
「彼女達の前で、同じことが言えますか?」
ブラックは、蹲っている2人を一瞥し、怒鳴り散らした。
「お前たち!主人のピンチなんだぞ!狼人娘1人に負けやがって、この役立たずが!!早く『神獣』でもなんでも使って、俺を助けろ!!」
紅葉も黄実も何も答えない。
顔をあげたその表情には、絶望と失望の色だけが浮かんでいた。
「うわっ、何だその姿は!?おい、中年!俺の仲間になんてことをしてくれたんだ!」
その見苦しい姿に、ユキは底冷えするような深い溜息を吐いた。
「……本当に、どこまでも自分のことだけなんですね。そこにいる彼女達は、あなたの『魔道具』のせいでそうなったんですよ」
「ハッ、俺はこんなことになるなんて知らなかったんだ!つまり、俺を追い詰めて『魔道具』を使わせたお前が悪いんだ!」
「……分かりました。もう結構です。これ以上、あなたと話をするのは無駄ですね」
【女神の奴隷:ハラスメントフェスティバル】
不可視の鎖が、ブラックを地面に縛り付けた。戦いが終わったことを察し、テンカピと魔獣たちはユキの元に集まる。
しかし、ブラックの犠牲となった2人の姿に、彼らもユキの勝利を素直に喜べなかった。
頭上を、大きな影が横切った。戦いを見守っていた鳳凰が、静かに地面へ降り立つ。そして、何も言わず年老いた紅葉をじっと見つめた。紅葉は、その視線から逃れるように、深く顔を伏せる。
ユキは鳳凰に小さく頷いてから、魔獣たちへ向き直った。
「皆さん、申し訳ないのですが、少しカスオを見張っていていただいても大丈夫でしょうか?」
「……喜んでスラ。でも奴隷様……」
「……やるせないクラ……」
スラ吉やクラさんたちは沈んだ顔をして俯いていた。それを見てユキは、彼らにだけ聞こえるように小声で呟いた。
「何とかするので、そんな顔はしないでください」




