第38話:主人は、決まってます
ブラックたちは、キレッキレのポーズをやめた。
「さぁ、それではショータイムを始めよう。『紅葉』、『黄実』、2人は『狼人娘』と遊んでおいで。ただし、彼女は俺の嫁候補だから、あまりやりすぎては駄目だぞ」
紅葉と黄実は、腕を組んで顎を斜めに上げ、まるで見下すように雪華を見た。
「余裕ぴよ!」
「格の違いを教えてあげるうき!」
――ユキは、中二病に感染しているであろう紅葉と黄実に同情した。
中二病の感染力は強いことを思い出し、雪華は無事かと、隣を見ると……一切の感情を凍りつかせ、獲物を品定めするような冷酷な瞳を湛えた一匹の純白の狼が佇んでいた。
普段とは違う雪華の様子に、ユキは焦って声をかけた。
「雪華さん、落ち着いてください!」
こちらを振り向いた彼女は、いつもの雪華であった。
「失礼しましたわん!もう大丈夫ですわん!」
「すいませんが、そちらをお願いします。危なくなったら逃げてくださいね」
「任せてくださいわん!秒でボロ雑巾にしますわん!」
その時、見計らっていたかのように、紅葉が声を掛ける。
「最後の挨拶は終わったぴよか〜?ここでは、ブラック様の邪魔になるから場所を移すぴよ!」
「次に会うときは、あなたの主人はきっとボロ雑巾になってるから、しっかり挨拶しとくうきよ〜!」
雪華は、肌を刺すほどの冷気を発しながら、静かに2人を追いかけていった。
彼女の通り過ぎた後には、まるで足跡をなぞるように、白い霜の筋が一直線に伸びていた。
その様子に、ユキとブラックはどちらともなく頷き合い、彼女たちの戦いを見守りに向かうのであった。
――その頃の神界――
雪華vs紅葉・黄実の戦いが始まろうとした瞬間、セツナは深く腰掛けていたソファーからスッと立ち上がった。
「あら、セツナ、どうしました?」
「今日中にユキが帰ってこられそうなので、CMの間に夕飯を準備しようと思いまして」
「……いくら執事の出番がないからって、獣人娘たちの戦いを休憩扱いにするのはどうなのでしょう?」
そう言いながらも、アテナはどこか楽しそうにクスリと笑うと、セツナの後を追うように立ち上がった。
「私も手伝いますよ。【女神の奴隷】の対価として『神樹』を失い、残る『権能』も彼を『豚足』へ派遣する際の修行で、ほとんど使い果たしていますよね?」
「……ありがとうございます。普段の生活はユキがいるので困らないのですが、やっぱり『権能』がないと不便ですね」
セツナは台所でパタパタとエプロンを身につけながら、少しだけ視線を落とした。
そんな彼女の横顔に、アテナは悪戯っぽい、けれど温かい眼差しを向けた。
「……それでも後悔はしていないんですよね?」
「当然です。このために地獄のような『試練』を終えて、『女神』に成ったんですから」
迷いのないセツナの返答に、アテナはゆっくり頷いた。
「それならいいんですよ。……それに、テンカピがあなたの執事を試しています。彼次第では、近い将来再び『神樹』を得る機会も訪れますよ」
「……そのための『試練』が問題なんですよ。まぁ、全てテンカピ次第ですね。あざと可愛い感を醸し出していますが、真の姿は『鬼天竺鼠』の間違いだと思いませんか?」
「あなたもお世話になったんだから、そんなことを言わないの。2人で料理をするのは久しぶりね。さぁ、早く作りましょう」
アテナは、エプロンに着替えて、台所にいるセツナの横に立つと――
【女神の権能:洗練】
アテナは、ジャガイモを上に投げ、『洗練』された包丁さばきで綺麗に切った。
「……アテナ様、『権能』が使えない私への当てつけですか?」
「違いますよ。早く終わらせなければ、執事の出番が来てしまうと考えただけです。効率化ですよ、効率化」
――場面は再び『最テイ』に戻る――
雪華vs紅葉・黄実
【テイム】により強化された紅葉と黄実が、不敵な笑みを浮かべながら雪華を挑発する。
「それにしても……あんたの主人、ボロボロの中年でウケるぴよ」
「そううき〜!ブラック様の方が、イケメンでカッコいいうき!」
雪華は2人の口撃を無視したが、その目には殺意が宿っており、周囲の温度は急激に低下した。
「あら、図星を突かれて何も言い返せないぴよか?」
「乗り換えるなら今うきよ〜?……あれ、紅葉……少し寒くないうき?」
「気のせいぴよよ。それより早くあいつを捕らえて、ブラック様に褒めてもらうぴよ!」
「そううきね!」
迫りくる2人に、雪華は能面のような顔でスキルを発動する。
【氷狼の加護:氷壁】
2人は目の前に出現した氷壁に衝突した。
「痛いうき!紅葉、早くスキルで溶かすうき!」
「ちょっと待つぴよ!あ、あれ炎が出せないぴよ!」
「なにしてるうき!しょうがない私が……あれ、私も雷が出せないうき!」
【氷狼の加護:氷牢】
氷の檻に閉じ込められる2人。
【氷狼の加護:氷柱】
閉じ込められた2人の周囲に、無数の氷柱が出現する。
「あなた達は、随分弱いわね。カスはカスを呼ぶと言うし、主人の格が知れるわね」
――雪華は怒りのあまり、『わん』を忘れた。
「そんな事ないぴよ!」
「ブラック様は、選ばれし主人公うきよ!」
「じゃあ、早くその主人公に助けてもらわないと……あなた達は串刺しになるわね。それとも、氷像として一生飾ってもらうのがお好みかしら?」
【氷狼の加護:凍結】
足元から徐々に凍りつく2人。
「や、やめてぴよ!そんなことされたら死んじゃうぴよ!」
「そううき!降参するうき!」
「降参するなら撤回しなさい。私の『ご主人様』をボロボロの中年と言ったことを」
迷う紅葉。
「うぅ……ぴよ」
諦めた黄実。
「み……認めるうき!あなたのご主人は、ボロボロの中年じゃないうき!超絶スーパーイケメンうき!」
「あら、黄実さんは物わかりが良いのね」
太ももまで侵食していた、黄実の氷が消滅する。
雪華は、紅葉を一瞥した。
「紅葉さんは……まあ、いいかしら」
その言葉に怯えた表情を浮かべる紅葉。唇を噛みしめ、それでも意地を張ろうとするその顔から、みるみる血の気が引いていく。
「だって、『鳳凰』様を裏切ったみたいだし……」
氷の侵食は止まらず、胸まで凍ったところで、紅葉は叫ぶ。
「あ……謝るぴよ!私が悪かったぴよ!」
ブラックは、あまりに一方的な戦いの決着を見届けると、我に返ったように声を発した。
「おい、よせ!2人を解放しろ!俺は、お前の主人になるんだぞ!主人の仲間に手を出すんじゃない!」
「カスが気安く話しかけないで。耳が腐るじゃない」
「……雪華さん、ありがとうございます。そこまでで、大丈夫ですよ」
「もう少し折檻が必要だと思いますが……ご主人様がそういうなら、やめるわん!」
雪華は笑顔で答えてから、氷柱を消した。
その様子に若干顔を引きつらせたブラックが、ユキに語りかけた。
「中年よ。1つ提案なんだが、ここは男同士1対1で決着をつけようか?さすがに俺も将来の嫁を傷つけるわけにはいかないしな」
「……まぁ、僕は最初からそのつもりでいたので、大丈夫ですよ」
そこに、聞き慣れた声が響く。
「ほぅ、どうやら間に合ったようじゃな」
ふと見ると、テンカピと魔獣たちが遠巻きにこちらを見ていた。
ブラックはそれを見るなり、大きく腕を広げた。
「おお!お前達はもしや、かつて俺と袂を分かった仲間達ではないか!よく主人のピンチに戻って来てくれた!さぁ、再び闇の盟約を結び、この中年を倒そうではないか!」
彼の発言を聞いて、ユキはそういえば前職にもこんな上司がいたなぁと遠い目をした。
そして、その言葉を聞いたスラ吉たちは、口から唾を吐いたり、舌を出したり、あらゆる方法で決別の意を表現した。
「ふむ、どうやら彼らは貴様に操られているようだな。待ってろよ!今洗脳から解放してやるからな」
そして、ブラックはユキを指差す。
「いいか!分かっていると思うが、男同士1対1の戦いだぞ!俺は、仲間を傷付ける趣味はないから、決して彼らを巻き込むんじゃないぞ」
ブラック以外の全員が絶句した。
雪華がボソッと氷牢で捕らえている2人に呟いた。
「あんた達は、あれのどこに惹かれたのわん?もう見てるだけで、鳥肌がヤバいわん」
怒る紅葉。
「あれが、カッコいいぴよよ!ね、黄実!」
戸惑う黄実。
「……ちょっと自信が無くなってきた……うき」
――ユキは心の中で、まさか黄実が戦隊物の赤だったのかとツッコんだ。
ブラックは、魔獣達が近づいて来ないことを確認し、再度スキルを発動する。
【テイム:主人の特権:効果:テイムしてる味方の能力を自分に加算する】
そして、ブラックは右拳を固め、地面を殴りつけた。その瞬間――
轟音とともに大地がひしゃげた。衝撃波が足元から響き渡り、縦一文字に走る亀裂は容赦なくユキの靴先の寸前でピタリと止まった。
「さぁ、仕切り直そうか。俺達の戦いは、ここからが本番だ!」
「……それ、打切り漫画の最終話みたいですね」
中ニ病とはいえ、ブラックのスキルは本物だった。慢心すれば命がない――
ユキは、軽口を叩きながらも静かに思考を戦闘モードへ切り替えた。




