第37話:薬は、ありません
廃村へと近づくにつれ、鬱蒼と茂る木々が太陽の光を遮り、周囲は昼間とは思えないほど暗く、異様な静寂が辺りを支配し始めた。
握っている雪華の手から、わずかな震えを感じ、ユキは恐怖を紛らわせるように、努めて明るく声をかけた。
「雪華さん、少し空気が変わってきましたが……怖くはないですか?」
「……大丈夫ですわん!奴隷様といると、まるでお父さんと一緒にいるようで、安心するわん!」
――ユキの心は、異様な静寂に支配された。
そして2人は、廃村の入口で『影の王国』と書かれた看板を見つけた。
雪華は、繋いでいる手を強く握りしめる。
「……奴隷様。何だか、とても嫌な予感がする……わん」
「……大丈夫です。雪華さんには、指一本触れさせません」
2人は、回れ右したい気持を押さえ、『鳳凰』と『姉』のため、励まし合うように互いの手を強く握りしめた。
そして、村の中心にたどり着く。
そこには――
カスオだと思われる、中2感あふれる等身大の銅像が設置されていた。
雪華はそれを見て、脳の許容範囲に限界が来たのか、ユキにしがみついた。
「奴隷様!もうここにいては駄目です!怖すぎです!あ、でもあの古い家の中から、鳳凰様の気配がします!」
――雪華は恐怖のあまり、語尾を完全に忘れていた。
「お手柄ですよ、雪華さん!ちなみに、カスオや獣人娘の気配も分かったりしますか」
「少々お待ちください!」
雪華は目を瞑り、嗅覚と聴覚を用いて、気配を探る。
「村の一番奥の大きな家から、頭空っぽな複数の人間の気配がします!」
「ありがとうございます。鳳凰さんの周囲に見張りはいないようですね。罠の可能性もありますので、慎重に向かいましょう」
【女神の奴隷:現場巡視:効果:罠や危険を見破る:メモ:意味のある指摘なら、ありがたい】
「……雪華さん、ここからはかなり危険です。僕が先行して進みますので、同じようにカニ歩きをしてください」
「カ……カニ歩きですかわん?」
「ほぼ全面に、トラバサミが仕掛けられています……」
「……頭が悪そうな罠だわん」
「何も考えずに設置した感じはありますね……」
ユキは家の扉の近くを指差す。
「見てください、あそこには、作動した形跡があります」
「……奴隷様、この戦いが終わったら、私は一人で姉を救わないといけないのでしょうか……」
「……カスオを討伐した後、テンカピさんに相談してみましょう。僕も時間の許す限り、協力します」
「うぅ、ありがとうございます……わん」
そんなやり取りをしながら、2人は並んでカニ歩きをしながら進み、扉の前に辿り着く。
慎重に扉を開けると、そこにはカスオと思われる自画像が飾られていた。
早く鳳凰を見つけるため、そしてこれ以上精神的なダメージを防ぐために、雪華の探索を頼りに、奥の部屋の扉を開ける。
部屋の中では、床に描かれた魔法陣の中央で、結界を張る鳳凰と、鳳凰に向かい合うように置かれた鏡が光を放っていた。
2人が部屋に入ろうとすると――
スキルを解除する前に、鳳凰から厳しい視線を向けられた。
「そこにいるのは誰だ?さては、私の『羽毛』を狙う新たな刺客か?」
ユキは急いで【女神の奴隷:抜き打ち監査】を解除して、丁寧にお辞儀をした。
「失礼しました。テイマーたちにバレないように、スキルを使用していまして……僕は――」
顔を上げ名乗ろうとするユキのシャツを見た鳳凰が、言葉を重ねた。
「おぉ、そのハイセンスなシャツは、アルテミス様の御告げで見たな。なるほど、助けに来てくれたのだな」
「……その通りです。僕が『人を足蹴にすることが大好きな女神』の奴隷です。女神様方の勅命により、鳳凰さんの解放と、悪徳テイマーカスオの討伐に参りました。そして、こちらは、氷狼さんの眷属の雪華さんです」
鳳凰の厳しい視線にオロオロしていた雪華は慌てて頭を下げる。
「初めまして、鳳凰様。氷狼様の眷属の雪華です。今は、こちらの奴隷様の犬をしていますわん!」
「これは、ご丁寧に。私は、『鳥人族』を眷属とする鳳凰だ。わざわざこんなところまで、すまんな」
鳳凰は手を繋いでいる2人を見つめた。
「まぁ、今の時代、年の差なんて些細なものだからな。私は応援するぞ」
「……そういうのでは、ありませんよ。あ、雪華さん、隠密スキルは解除したので、もう手は離しても大丈夫です」
「申し訳ありません、カスオ達が怖いので、もうしばらく繋いだままでお願いしたいわん!」
ユキは、この部屋に辿り着くまでの道のりを思い出す。
家の中には、カスオと思わしき、男の肖像画や、ポエムがあったことを……
「……そうですね。この村にはまだ危険がたくさんあるので、もう少し繋いでおきましょうか」
「ありがとうございますわん!」
「……なんだ、恋人ではなく父子と言う感じか……これがパパ活というやつだな」
「……使い方が間違っているので、絶対外では言わないでくださいね」
ユキは、意外と余裕そうな鳳凰に内心首を傾げた。
その表情を見て、鳳凰は苦笑いをした。
「まぁ、雑談もほどほどにそろそろ限界が近いから、助けてくれんか」
これまでの会話が、鳳凰なりのアイスブレイクだったことに気づき、ユキは頭を下げた。
「失礼しました。少々お待ちください」
そして鏡に近付き、スキルを発動する。
【女神の奴隷:検収検査:効果:対象物の効果を理解する:メモ:検査は丁寧に、適切に】
視界に、鏡の情報が浮かぶ。
【名称:吸収の魔鏡:効果:対象の力を吸収する。(使用回数:1回)※現在『鳳凰』の力を吸収中(使用率:80%)】
魔鏡の詳細に、ユキは焦りを覚えた。完全にではないが、鳳凰の力を吸収している魔鏡は、既に使用回数を満たしている恐れがあった。
「鳳凰さん、解放するにあたって1点だけ確認ですが……この鏡は、この後、『氷狼』の眷属である雪華に譲っても大丈夫でしょうか」
「あぁ、そやつの『姉』のためか。だが、その鏡は既に使用回数が……」
「…えっ、鳳凰様!使用回数とは一体!?」
雪華は、繋いでいた手を離し、鳳凰に詰め寄る。
「雪華さん、落ち着いてください。鳳凰さんも疲れているんです」
ユキは、雪華を鳳凰の結界から離してから、そっと小声で鳳凰に囁く。
「今は、話を合わせてください。何とかする方法は考えているので」
「ふむ、奴隷様がそう言うなら、私は知らんが任せよう」
――鳳凰はしれっと責任から逃れた。
「ただ、もしかしたら、鏡が吸収した鳳凰さんの力が移るかもしれないのですが……」
「それは構わんぞ。今回の一件で、私と『鳥人娘』のパスは完全に切れてしまったし、もし『狼人娘』が姉を救いたいなら、その分の力も必要だろう」
「言質は取りましたよ。では、すぐに始めます」
ユキは、テンカピから渡された一房の毛をポケットから取り出し、スキルを発動する。
【女神の奴隷:契約変更:効果:相当するモノを捧げることで、対象の効果を変更する:メモ:対価無しの変更は、色々厳しい】
『吸収の魔鏡』と『テンカピの毛』が光の粒子となり、1つになり、ユキの手元で形を成す。
鏡が消えたことを確認し、鳳凰は結界を解き、ユキの方を向く。
「助かったぞ、奴隷様。それにしても、鏡を変化させるとは驚いた。『吸収の魔鏡』で吸収した私の力が回数にカウントされないのは、悪くないな」
鳳凰はユキの手元の鏡を見て感心した。
【名称:出入の魔鏡:効果:対象の力を吸収し、別の対象に与える。※吸収回数:2回(内、1回は『鳳凰』の力を吸収済)、放出回数:1回】
「テンカピさんの毛のおかげです。対価として、十分過ぎたのでしょう」
「……ちなみに、テンカピさんとは、『天竺鼠』様のことか?」
「そうですよ。アルテミス様の御使いとして、色々助けてくれたんです」
「そうか、出来れば私は会わずに帰りたいが……助けてもらった礼にもう少し付き合おう」
「ありがとうございます。テイムが失敗したことにカスオ達も気付いたかもしれませんので、先に雪華さんに鏡が吸収した鳳凰さんの力をお譲りしてもいいでしょうか?」
一連の出来事に呆気に取られていた雪華は、急に話を振られて驚く。
「え……でも、それは駄目な気がするわん。鳳凰様を解放したのは、奴隷様ですし、私は氷狼の眷属でもありますし……」
「私は気にしないが……確かに、氷狼にも確認は必要か」
「……そうですね。すいません、雪華さん。少し性急でした」
「いえ、奴隷様が謝ることではありません!私がもっと活躍していれば、胸を張って鳳凰様のお力を授かることも出来たかもしれないのに、全然お役に立てなくて……」
「そんなことないですよ。雪華さんの探索能力がなければ、鳳凰さんの居場所は見つけられませんでした」
「でも、それは時間をかければ奴隷様だけでも……」
「それに、1人では、心細くてこの村に耐えられませんでしたよ。だから、一緒に来てくれて非常に心強かったです」
雪華はこれまでのユキの在り方を思い出し、感極まったようにギュッとユキの手を両手で包み込んだ。
「うぅ……ありがとうございます!少しだけ元気が出ましたわん!私も1人では、この村に耐えられませんでした!なので、帰りも手を繋いでくださいね、『ご主人様』」
――ユキは、鳳凰のニヤニヤ顔も雪華の『ご主人様』呼びも、絶対に触れないことを決意した。
そして、外に出ると、ユキたちの前に最後の脅威が現れた。
真っ黒なマントをはためかせ、右手で顔を覆いながら腰を激しくそった謎のポーズの男と、その両隣で手首を交差させて決め顔をする『鳥人娘』と『猿人娘』が控えていた。
そして、真ん中の男が言い放つ、
「よく来たな!このブラック・ダークネスの影の世界へ!おや、そこにいる『狼人娘』は、もしかして、俺の探し求めていた最後のお嫁さんかな?それに鳳凰よ!なぜ俺に従わないのだ」
「そうですぴよ!鳳凰様!ダークネスは、この世界の救世主ぴよ!私達が待ち望んだ最強のテイマーなのですぴよ!」
「そううきー!私の『雷猿』様もなぜかパスが切れてしまったから、呼べないうきー!さては、そこの中年のせいうきね!」
ブラックは2人の『獣人娘』を諌めるかのように、
「まぁまぁ、落ち着け!我が愛しの『獣人娘』よ。聞くがよい、『狼人娘』に『鳳凰』よ。テイムには失敗したようだが、今からでも遅くはない。そんなくたびれた中年ではなく、この俺に従うんだ!この救世主、ブラック・ダークネスに!」
「そうぴよ、そうぴよ!」
演説にも似た彼らの発言に、ユキたちは三者三様の反応を見せる。
自分の眷属のあまりの頭の残念さに、ひどく落ち込む鳳凰。
あまりの生理的嫌悪と、先ほど主人と定めたユキへの暴言に視線だけで人を殺せるのではないかという形相の雪華。
そして、中二病って伝染しないよねと怯えるユキ。
「すまん、奴隷様……少し離れたところで見守っていてもいいか?おそらく、この戦いに私が関与するのは、悪手だろう」
「そうですね。眷属もあんな状態ですし……ここは任せてください。あ、割れるといけないので『出入の魔鏡』をお願いします」
「わかった。……すまんな、本当に危ないときは手を貸すからな」
『出入の魔鏡』を受け取った鳳凰は、大きな翼を大きくはためかせると、そのまま少し離れた大木へと舞い降りた。
今、戦いの火蓋が切って落とされる。




