第4話:労災は、ありません
昼食を終え、2人でくつろいでいると、女神はパン、と手を叩いた。
「さ、昼休憩も十分とったし、そろそろ鍛錬の時間よ」
「鍛練、ですか」
「スキルの制御練習と、簡単な戦闘訓練。あんた、そのままだと討伐どころか自分の力に振り回されて終わるわよ」
社会人になってからほとんど運動をしていないため、男は黙って頷いた。
女神がパチンと指を鳴らすと、二人の服が一瞬で着替わった。
「……これは?」
見下ろすと、胸元に大きく「打倒! 豚」の文字と、拳を振り上げるピンクの子豚のイラストがプリントされた、妙に安っぽいジャージだった。
「気合が入るでしょ?」
「入りません」
(そもそも拳を振り上げる豚の時点で、俺が負けているのでは?)
女神のジャージの豚は黒色である。しかも、それが妙に似合っているから、余計に始末が悪い。
「あれ、あんたも黒豚のほうがよかった?」
「いえ、このままで大丈夫です」
「じゃあ、移動するわよ。ついてきなさい」
女神について歩いていくと、少しひらけた場所にたどり着く。そこには白い光の粒子が集まり、豚を模した的――丸々とした胴体に、やけに凶悪な目つきをしたぬいぐるみが佇んでいた。
「これに向かって、スキルを使ってみなさい」
「本物じゃないんですか」
「何事も基礎が大事なのよ。まずは、止まっている的に当てられるようにならないと」
まぁ、それは、そうかと男は息を整え、脳内で唱えた。
(――女神の奴隷、発動)
【女神の奴隷:レールガン(仮)】
イメージしたのは、レールガン。的はもちろん前職の上司。
視界が一瞬白く染まり、右腕に凄まじい熱量が集まる。制御しきれない力の奔流に、男は思わず歯を食いしばった。
――放たれた一撃は、標的を軽々と消し飛ばし、その勢いのまま裏山の一部を破壊した。
静寂。
「……威力が、おかしくないですか」
膝に手をつき、肩で息をする男の顔からは血の気が引いていた。全身にのしかかる、経験したことのない倦怠感。まるで丸一日残業した後のような、いや、それ以上の消耗だった。
女神が慌てて駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫? 顔真っ青よ」
「だ…大丈夫です」
言葉とは裏腹に、視界が霞む。膝が崩れかけたところを、女神が咄嗟に支える。
「なんで全力で撃つのよ……! こういうのは、ビビりながら、ちょっとずつ慣らしていくものでしょ!」
いつもの飄々とした口調とは違う、切羽詰まった声だった。
男は霞む視界の中、女神の顔を見上げた。案外、真剣な目をしている。
「……女神様、心配してくれるんですか。てっきり、このまま下界に捨てられるのかと」
軽口のつもりだったが、思いのほか声に力が入らなかった。
女神は一瞬、言葉に詰まる。
「べ、別に。執事に消滅されたら、困るだけよ。誰が私の面倒をみるのよ」
そう言いながらも、支える手はしっかりと男の身体を離さなかった。
「……ふん。今日はここまでにしましょう。どうせ今日1日は反動で動けないわ」
「……まだ、始まったばかりでは?」
「このまま続けたら、すぐに消滅よ。一日で使いこなせるほど、この力は甘くないの。これから毎日、少しずつ慣らしていくわよ」
女神は男を支えながら、家の方へと歩き出す。
「継続は力なり、って言うでしょ。焦らず、地道にやりなさい」
社畜としては聞き飽きたはずの言葉だったが、今はなぜか、悪くない響きに聞こえた。
鍛練から戻り、ソファーに放り投げられたまま横たわっていると、キッチンから何やらガサゴソと物音がした。
「ほら、夕食よ。今日は私のお手製。」
得意げな声とともに、湯気の立つ器がテーブルに置かれる。
(――俺の分まで作ってくれるとは、案外優しいところもあるんだな)
身体を起こしながら、男は素直に感謝の念を抱いた。
しかし、器の中身を見て、その感謝は静かに引っ込んだ。
中身は、カップ麺だった。わざわざ器に移した理由を問おうとして、無理やり飲み込んだ。
「……お湯を注いだだけでは?」
「立派な調理でしょう。三分待つ我慢だってしたわよ、私」
――男は、既に悟りを開いていた。
大人しく麺をすすった。疲労困憊の身体には、味の濃いスープが染み渡る。悔しいが、美味かった。
「……ごちそうさまです」
「素直じゃないわね」
女神は向かいに座り、自分の分のカップ麺をすすりながら、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、朝の説明の続きだけど。あんた、家電好きそうな顔してるわよね」
「急ですね。まぁ、多少は。一人暮らしだと家事も自分でしないといけないので」
「やっぱりね。スキルで生み出せるものは、あんたが正確に知っているものだけなの。なんとなくのイメージじゃ、まともに形にならないわ」
なるほど、と男は納得した。掃除機やオーブンを苦もなく出せていたのは、偶然ではなく、彼自身の知識量に基づいていたということらしい。
「ちなみに、漫画とか小説で読んだ知識も、ある程度は再現できるわよ。うろ覚えだと変な出来上がりになるし、生命力の消耗も大きくなるけどね」
「……先ほどのレールガンも、それが原因ですか」
「大方そうでしょうね。うろ覚えの知識で無理やり撃ったから、制御不能になったのよ。しかも強い感情も乗ってたみたいだし」
女神は麺をすすりながら、じとりとした目を向けた。
「次からは、ちゃんとイメージを固めてから撃ちなさいよね。今日みたいに倒れられたら、こっちが困るんだから」
「肝に銘じます」
食べ終わった器を片付けていると、女神はふと真顔になった。
「……それと、18546番の件、ちゃんと話しておくわ」




