第35話:一人、増えました
雪華は目を覚ました。
(あれ……私は確か……)
そこに疲れ切った男の声がかかる。
「大丈夫ですか?先ほどはやりすぎてしまい、申し訳ありませんでした。彼らにも伝えておいたので……」
混濁していた意識が、急速に覚醒する。
(そうだ……変態テイマーと戦って――!)
慌てて後方に飛び退き、身体を念入りに確認する雪華。幸い、どこにも異常はない。ほっと胸を撫で下ろしつつ、おそるおそる視線を上げると――すぐ目の前で、呆然と佇む男と目が合った。
ユキとの反省会を終えていた仲間たちは、敵であった彼女の動きに反応こそしたものの、反撃はせずに、即座に主人の周りに集まった。
――雪華は、その姿を見て全てを諦めた。
男は、両脇に二柱の神獣、しかも片方は自分たちの一族が崇める『氷狼』様を侍らせ、頭にはスライムを乗せている。
両肩には、なぜか小さくなったカラスとヒョウが乗り、両足にはクラゲとヘビがぴったりと巻き付いている。さらに背後では、オーガとゴリラが腕組みをしてじっとこちらを見据えている。
雪華は地面に膝をつき、まるで神に祈るかのような姿勢を取った。
「どうか、命だけは許して欲しい……わん」
『わん』という語尾に氷狼は満足げに頷き、ユキを見つめた。
――ユキは、『わん』は聞かなかったことにした。
その後、氷狼から説明を受け、平謝りする雪華と苦笑いで答えるユキ。
魔獣たちも彼女の必死な謝罪を見て、カスオとは違う『人間』だと認識を改めたようだった。
「奴隷様、申し訳ないのですが鳳凰の救出と、我が眷属のことをよろしくお願いします」
「はい、この『人を足蹴にするのが好きな女神たち』の奴隷にお任せください。ちなみに氷狼さんは、この後どうなされるのですか?」
氷狼はチラリとテンカピを見た。その目には、必死に何かを懇願するような色が浮かんでいた。
「ふむ、同行したいのは山々なのだが……ほれ、雪華、魔獣たちと戦いのアドバイスでも聞いて来なさい」
「はいわん!今回の負けを活かすためにも、勉強してくるわん!」
雪華が走り去るのを確認すると、ニヤニヤしたテンカピが口を開いた。
「なんじゃ、シロ?眷属を遠ざけて……昔話に花でも咲かせたいのかのぅ。おお、そうじゃ!お主が仔狼だったときに最後にお漏らしをした日のことでも、奴隷様に語ろうかのぅ」
――尻尾を下げ、何とも言えない表情を浮かべる氷狼を見て、ユキは空気を読んだ。
「……そうですね!氷狼さんには一度休んでいただき、ピンチのときには万全の状態で助けていただければと!」
氷狼の尻尾は、隠せないくらい左右に大きく振られた。
「おお!そうだな!ピンチの時には必ず助けに行くぞ!じゃあ、力を蓄えるためにも一度戻るぞ!」
「おや、もう帰るのか?シロの実らなかった初恋でも話そうかと思ったのにのぅ」
「では、また会おう!!」
氷狼は、逃げるように光に包まれて消えた。後には、淡い冷気の余韻だけが漂っていた。
「……テンカピさん。氷狼さんをあまりイジメないであげてくださいね」
「ほほ、冗談じゃよ。それよりも、お主はわしに聞きたいことがあるのではないか?」
「……聞いてもいいのですか?」
ユキは少しだけ迷った。『神獣』におけるテンカピの立ち位置、そしてどうしてここまで自分に肩入れをしてくれるのかを聞く機会ではないかと。
その胸中を知ってか知らずか、テンカピは、耳を近づけるように前足をクイックイッと振った。
ユキがかがむと、テンカピは耳元で囁いた。
「帰ってから、お主の主人である『セツナ』様にでも聞くがいい」
「……っ!?どうして彼女の名前を!?……アルテミス様から聞いていたのですか?」
「ふっ……秘密じゃ、秘密。決戦の前のお約束というやつじゃな」
「……死亡フラグを立てようとしないでくださいよ……色々気になることはありますが、我慢しますね」
「さすが元社畜じゃ!ほれ、雪華と魔獣たちの話も終わったようだし、そろそろ行こうかのぅ」
視線の先では、雪華がスラ吉を拳に纏い、ゴリさんと素振りをしていた。
こうして新たに雪華を加えて、いよいよカスオのいる村に向かう面々。
ユキは、テンカピの背中に跨りながら、並走する雪華に謝罪する。
「すいません、僕だけテンカピさんに乗せていただいて……」
「気にしないでくださいわん!神獣様の背中は恐れ多いし、走るのも好きなので大丈夫ですわん!」
「その『わん』はもうやめてくださいよ。語尾の件は、テンカピさんの冗談ですからね」
テンカピは、涼しい顔で答える。
「ほほ!場が乱れると思うて、ついのぅ」
「いえ、これも早とちりした私の責任ですわん。氷狼様からも、決して失礼のないようにと言われていますから、気にしないでくださいわん」
「……というか、狼人族なのに、『わん』はいいのでしょうか?」
「はい!氷狼様より、『わん』の方が受けが良いと教わっていましたので、大丈夫だわん!」
「……なるほど……『わん』、いいと思いますよ」
――ユキは、色々と諦め、『わん』を肯定した。
「えへへ、ありがとうございますわん!」
「そういえば、雪華さんは動物や魔獣とも話せるんですか?スラ吉さん達の語尾にも反応していましたが」
「はい!氷狼様曰く、眷属の中でも、より強い繋がりがある私は、テイムされたことがある生物限定でコミュニケーションがとれるわん!」
「それは凄いですね。では、鳳凰さんや雷猿さんと繋がりのある方も、同じように話せるんですかね?」
テンカピが下から口を挟む。
「カスオ側の二人のことかのぉ。今は、『神獣』とのパスが切れているから無理じゃぞ。まぁ『神獣』に属するスキルみたいなものじゃな」
「……では、昔はスラ吉達とも話せたんですね。それなのに、捨てるのを止めなかったなんて」
「あ、あの!カスオとは誰のことなんですかわん?」
「これは、失礼しました。鳳凰さんを捕らえているテイマーの本名ですよ。……自称ブラック・ダークネス、本名はカスオと女神様のお告げがあったのです」
「ブラック・ダークネス……自称、黒い暗闇って何か変な名前わん!」
ユキは、雪華の常識的な感性に驚いた。
ヴィーナスちゃんねるの印象では、鳥人娘も猿人娘も残念な頭のような雰囲気があったからだ。
「雪華さんは、きっと優秀なんですね」
「急に褒められると、照れるわん」
テンカピは、どこかのV Tubeチャンネルで覚えたのか、のんきに鼻を鳴らしながら割り込む。
「戦隊モノで言うと、赤は不在で青、黄、黄って感じかのぅ」
「……内部崩壊しそうな戦隊ですね」
「実際に暴走してるしのぅ」
背中から漂う哀愁を感じ取り、テンカピはどこか面白がるようにヒゲをピクつかせていた。
「『天竺鼠』様!暴走といえば、教えてほしいことがあるわん!」
「なんじゃ、狼人娘?」
「あれ、テンカピさんってそんな感じでしたっけ?」
「……そうじゃのう。基本的に、『神獣』は人間を個体として認識しないのじゃよ。変に認識してしまうと、執着を持ち、世界に悪影響を与える可能性も生じてしまうからのぅ。それこそ、残念な眷属が暴走した今回みたいになぁ」
普段ののんびりした口調の中に、いつもと違う雰囲気を感じ取り、ユキはテンカピの背中で背筋を正した。
「すいません、知りませんでした……僕も『天竺鼠』様とお呼びしたほうがいいでしょうか?」
「ほほ!お主は『女神の奴隷様』じゃからなぁ、普通の人間とは別じゃよ。そもそもわしは、お主の案内役みたいな側面もあるしのぅ」
「では、テンカピさんのままにしますね。話の腰を折ってしまい、申し訳ありません。雪華さんの質問とは、何でしょうか?」
「いえ、気にしないでくださいわん!現在、鳳凰様が、正確には、テイムされかけていると聞きましたが、いくらテイマーと眷属が組んでも、それは難しいと思いましてわん」
「……それはな、カスオ達が見つけた、魔道具が関わっているのじゃ。『狼人娘』、お主『氷狼』からこの世界の事を含め、どこまで聞いておる?」
「えっとですね、この世界には、私を含め、『神獣』に選ばれし3人の獣人がいますわん。そして、女神様のお使いである『テイム』スキルを持つものと共に、魔王を倒す宿命にあると聞いていますわん」
テンカピは足を止め、ユキに背中から降りるように促した。
「目的地も近いし、少し休憩しようかのぅ」
そして、雪華をじっと見つめた。
「それだけか?他にも、お主に関わることであったのではないか?」
雪華は、ぐっと奥歯を噛みしめ、何かに耐えるような切なげな顔をした。




