第34話:お互いに、反省です
――ユキは、激しい冷気に即座に反応した。
【女神の奴隷:理不尽な要求】
「みんな、早く僕の後ろに!」
ユキの緊迫した声が響く。
全員が自分の意志と関係なく彼の後ろに移動しようと動いた。だが、クラさんとヘビンヌさんは急激な氷結に巻き込まれ雪華の側から逃げそびれた。
そして、雪華を庇うように、神々しい純白の巨狼が姿を現す。
「そこまでだ、変態テイマー。この『氷狼』の眷属にこれ以上の狼藉は許さん。さっさと……」
しかし、ユキの視線は、徐々に全身が氷に蝕まれるクラさんとヘビンヌさんに注がれていた。
「そこをどいてください!」
全身が凍る前に助けなければ、2匹は死んでしまう。
討伐による救済ではなく、自分に関わったことで理不尽に――交通事故で死亡した時の感覚が、ユキの胸中を激しく襲う。
【女神の奴隷:社内兼務】
【女神の奴隷:ハラスメントフェスティバル】
不可視の鎖が、氷狼を地面に縛り付けた。
「ふん、こんなもの『神獣』である我なら、すぐに砕いてみせるわ」
【女神の奴隷:新人クラッシュ】
【女神の奴隷:エンタークラッシュ】
聞く耳を持たないユキの、容赦ない連撃が『氷狼』を襲う。
「ちょっ……貴様……待たんか」
【女神の奴隷:あらゆる重圧】
【女神の奴隷:行動速度2倍】
【女神の奴隷:ドアバン:効果:対象を横に吹き飛ばす:不機嫌な人がやりがち】
ドゴォォォンッ!!扉を叩き壊すような衝撃音とともに、巨大な『氷狼』が横殴りに吹き飛んでいった。
一瞬、氷狼の話を聞かずにスキルを放ったことに対する罪悪感が頭をよぎったが、その考えを振り払うように、凍結に侵食される二匹の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、クラさん、ヘビンヌさん!しっかりしてください!さぁ、ここに入って!」
【女神の奴隷・白:ぬるま湯入りタライ:効果:ぬるいお湯で、優しく氷を解かす:メモ:セツナと過ごした温かさが肝】
ユキは、自分のスキルに少しだけ違和感を覚えながらも、タライに凍傷を負った二人を優しく浸からせる。
「面目ないわ……奴隷様」
「悪いわね、面倒をかけて……」
「こちらこそ、すぐに助け出せずに申し訳ありません。あとでテンカピさんに治療方法を教えていただくので、少しだけ休んでいてください」
その時、吹き飛ばされた先から刺すような冷気とともに、地響きのごとき咆哮が轟いた。
「グォォォ!!貴様、この『氷狼』にその態度、許さんぞ!」
激怒して牙を剥く氷狼に対し、落ち着きを取り戻したユキは静かにスキルを発動する。
【女神の奴隷:世間体:効果:相手を冷静な状態にする:メモ:正当なことなら、堂々と言えばいいのよ】
冷ややかな色の光が氷狼を包み込むが、――。
「こざかしいわ!!転生者ごときのスキルが、神獣に効くとでも思ったか!!」
「いい加減にせんか、『シロ』」
迫りくる氷狼の前に、回復したクラさんとヘビンヌさんを伴いながら、テンカピが立ち塞がった。
シロと呼ばれた氷狼はその姿を見るや、急停止してその大きな身体を丸めて、テンカピに頭を下げる。
何かを言いかけようとする氷狼を制し、後は頼んだと言わんばかりにテンカピはユキに視線を投げた。
ユキは、慌てて二匹の間に入る。
「氷狼さん、落ち着いてください。雪華さんは、誤って僕たちに攻撃してきたので、対処しただけです。まぁ、少しやりすぎたかもしれませんが……鳳凰さんを捕らえているのは、僕ではありません。」
ゆっくりと、しかし警戒するように鼻先をユキに近づけた氷狼だったが、すぐに毒気を抜かれたように大きく息を吐いた。その吐息とともに、辺りに立ち込めていた刺すような冷気が、すっと和らいでいく。
落ち着きを取り戻した、氷狼は周囲を伺い、
「確かに、鳳凰の気配はしないな。それにしても、お主は一体何者なんだ。久々に吹き飛ばされたぞ」
――ユキは、あれだけのスキルを食らったのに無傷の『氷狼』に内心驚いた。
「あれ、アルテミス様から聞いていませんか?鳳凰さんの救出と悪いテイマーを討伐に来た、2柱の女神様の奴隷なのですが……」
「……そういえば、『イカしたセンスのシャツを身に纏った奴隷様が来る』とお告げがあった気が……いや、鳳凰が捕まり、雷猿も眷属と繋がりを絶ったと聞いてだな」
氷狼は言い訳をしつつ、上目遣いでテンカピを見た。
「それで、天竺鼠様はどうしてこのような場所に?」
「カスなテイマーに捨てられた彼らを保護するように、アルテミス様からお願いされたのじゃ」
「そうだったのですね!言ってくだされば、おもてなしをしましたのに……」
「必要ないのじゃ。シロ、地位は偉ぶるためではなく、周囲を助けるためにあるのじゃぞ。何がこの『氷狼に』じゃ。また一から指導が必要なのかのぅ?」
「ひぃっ!それだけは勘弁してください!」
巨大な神獣は、カピバラサイズのテンカピにガクガク震えながら平伏している。
ユキは、テンカピは一体何者だろうと冷や汗をかきつつ、クラさんとヘビンヌさんとの怪我の確認に向かった。
――数分後――
「奴隷様、シロもここまで反省しているし、今回は許してあげてくれんかのぅ」
「奴隷様!我の勘違いで、申し訳ありませんでした」
「気にしないでください。僕たちも少しやりすぎてしまったので、さっきのことは、お互いに忘れましょう」
――ユキはしれっと、シロや雪華への攻撃も無かったことにした。
「そう言っていただけると、ありがたい」
「奴隷様は、それでいいのか?女神様の御使いに攻撃したのじゃから、全身の毛を捧げろくらいの事は言ってもいいのじゃよ」
――シロは、とても悲しそうな顔をした。
「そのことは、もう忘れたので不要です」
「さすが、奴隷様!お心が広い……」
シロは感極まったように、巨大な身体をユキにすり寄せた。
「それよりも、雪華さんの状態は大丈夫なんですか?毒に麻痺に酸欠でしたよね……」
「凍傷のこやつらと一緒に治しておいたから、安心せい。それより、いいのか?『お詫びに、あの女をよこせ』くらいのことを言っても、シロは許すと思うがのぅ」
「いらないですよ。そもそも、僕たちも応戦してしまった時点で同罪ですし……」
首を横に振るユキの背中に、無言で乗るテンカピ。
シロも嬉しそうにユキの足元へ尻尾をすりすり寄せてくる。
「お!そろそろ、あの狼人娘が目覚めるぞ。主人を馬鹿にされたことを根に持っているあやつらに囲まれているからのぅ。早く行かないと、同じことを繰り返すぞ」
「あ……それも忘れていました。彼らもやりすぎでしたし、この後は、みんなで反省会ですね……」
ぐったりとした表情で気を失っている雪華の元へ走るユキ。
その両脇には、ご機嫌な二匹の神獣が寄り添うのであった――。
――その頃の神界――
アテナが持参したお弁当には、おにぎりに卵焼き、たこさんウインナーと、どこか懐かしさを感じさせる彩りのおかずが並んでいた。
それを見て、口角が上がるのを隠し切れないセツナ。
アテナは、セツナの様子に満足げに頷く。
「どうでしょうか?昔、あなたが好きだったものを選んでみたのですが」
「ありがとうございます。何から食べようか、迷ってしまいますね」
そう言いながら、セツナは素早く唐揚げを取り皿に移した。
「ふふ、慌てなくても逃げないですよ。私の分は気にせずにたくさん食べてくださいね」
そして、アテナは箸を一度置き、テレビに目を向けた。
「それにしても、やはり【女神の奴隷】では神獣には大したダメージは入りませんね」
「(もぐもぐ、ごくん)そうですね。ユキも転生者の括りである以上、格上の神獣相手はまだ早いのに……あんな無茶をして」
「でも、『白』はいい傾向だと思いますよ。大切な”今”から生まれた力だからこそ、『白』の攻撃ならダメージも入りますからね」
アテナの視線から逃れるように、セツナは慌ててクッションに顔をうずめた。
「……」
アテナは、セツナを見て優しく微笑んだ。
「黙秘しても、にやけ顔は隠せていませんよ」




