第33話:冤罪は、続きます……
ユキたちは、カスオがアジトにしている町外れの廃村を目指し、森の中を駆け抜けていた。
「待ちなさい!」
凍てつくような冷たい声とともに、ユキたちの頭上から、無数の氷柱が降りそそぐ。
ガガガァンッ!と足元を穿つ氷の刃に立ち止まり、急襲に備えて身構えると、巨木の陰から一人の女性が現れた。
濃い青色の髪、頭には狼のような耳が生えている。
「あなたね!無理矢理『神獣』をテイムして、仲間の獣人の語尾に『ぴよ』や『うき〜』を付けさせているという変態テイマーは!」
――V Tubeで聞いた、カスオの仲間の語尾の謎が解けたユキは、やるせない気持ちになった。
「それは違――」
慌てて釈明しようとすると、何食わぬ顔でテンカピが答える。
「そんな事ないカピよ。これは、ご主人様が喜ぶから自分たちでやってるだけカピよ」
「え、テンカピさん!?そんな話し方していませんでしたよね!」
それを聞いた仲間たちは、ユキが望むのならと語尾を変えた。
「そう……スラ!これはご主人様のために自主的にやってるスラ!」
「そうゴリ!それよりも、急に攻撃してくるとは、どういうことゴリ!」
こうやって、冤罪は生まれるのかなと涙を流しそうになるユキ。弁護士はセツナ様かなと法廷を想像するが、多分彼女も面白がるだけかと乾いた笑みを浮かべた。
その表情を見て、感極まっていると勘違いしてノリノリな魔獣たち。
「ご主人様が喜ぶことを先読みするのがいい女なのよクラ」
ユキの右腕に絡みつくクラさん。
「そんなことも分からないなんて、あなたはまだまだ未熟ヘビね」
負けじと左腕に巻き付くヘビンヌさん。
彼らの熱意と語尾にあからさまにドン引きする狼人娘。
「あなた……!?もしかして獣人族だけじゃなく、『神獣』や魔獣にまで語尾を強要しているの!?そもそも、どうして、全員『2人の女神に踏まれている男』のシャツを着ているの!?どうしてそんなシャツを着ながら、テイマーのあなたは、『神獣』の背中に乗ってるの!?『神獣』には、本来触れることすら許されないのよ!?」
怒涛の質問攻め。何気なく聞かされた新情報に驚き、ユキは、慌ててテンカピの背中から降りようとすると――テンカピは狼人娘に言い放った。
「この方は、『女神の奴隷』にして、彼らの『ご主人様』なのじゃカピ」
混沌をさらに深めるテンカピの発言に、イラッとしたユキは、テンカピの眉間を撫でながら訴えた。
「落ち着いてください!僕もあなたも目的は同じです。僕は、悪いテイマーを倒すために来た女神様の執事です!」
「フォォ!お主、狼人娘が見ている前で大胆じゃなカピ」
「その、取ってつけたような語尾はやめてください……」
それを見ていたスラ吉やゴリさんも「僕も撫でて!」と言わんばかりに集まってくる。
その状況に、ついに思考を放棄した狼人娘は宣言する。
「とにかく、『氷狼』様のお告げに従い、囚われた『神獣』は、私、『雪華』が保護させていただきます!」
そして、腰のケースから双剣を抜き出し、凛とした声で宣戦布告する。
「あんたみたいな、死んだ魚のような目をしたくたびれた中年に、どうして『神獣』が囚われたのか分からないけど、覚悟しなさい!」
――その瞬間、ユキに撫でられていた魔獣たちの目が一変した。
これは止めなければと、急いでテンカピの背から降り、前に出ようとするユキの服を、テンカピは噛んで止めた。
「テンカピさん!?離してください!ちゃんと説明すれば、大丈夫ですから!」
「お主の出る幕ではないぞ。見よ、大切な主人を馬鹿にされた彼らの目を」
いつもの、のんびりとした声色から一段低くなったテンカピの物言いに、ユキはわずかに息を呑んだ。ふざけているようで、その目は存外に真剣だった。
「いや、そうじゃなく!争う理由がないんですよ!」
「神獣の感が、これは必要なことだと言っとるんじゃ」
ユキは、テンカピから発せられる空気を読んで、戦いを見守ることにした。
「まぁ、何かあったら奴隷様のせいじゃがな」
先ほどの真剣な顔から一変、ニヤニヤするテンカピを見て……ユキはセツナに祈った。
この混沌から、助けてくださいと……
雪華がスキルを発動する。
【氷狼の加護:氷柱】
頭上に再び展開された巨大な氷柱が、ユキめがけて一斉に降りそそぐ。
直撃するかと思われた瞬間、体躯の大きくなったヒョウタさんが躍り出ると、口から激しい炎を噴射。迫りくる氷柱を一瞬で蒸発させた。
「なっ……!?私の氷が一瞬で!?」
氷柱の展開と同時に走り出していた雪華だったが、いつのまにか頭上にいたカラヤマさんの猛烈な羽ばたきにより足止めを食らう。
「……っ!やるわね、変態テイマー!」
言葉とは裏腹に、彼女の声はわずかに上ずっていた。想定していた"テイマー"の戦い方とは、明らかに格が違う。
後方へ飛び退き態勢を立て直そうとする雪華。しかし、その一瞬の隙にオーガへと進化したゴブサワさんの巨拳が目前に迫る。
「なんて早さなの!?でも、まだよ!」
【氷狼の加護:氷壁】
間一髪、分厚い氷の壁を展開して巨拳を防ぎきる雪華。
背の低いゴブリンだったゴブサワさんのあまりにも立派に成長した姿に、喜んでいいのか、戦いを止めたほうがいいのか悩むユキ。
ユキの右手を甘噛みし、首を横に振るテンカピ。
氷壁で難を逃れた雪華だが、瞬時にゴブサワさんは後退し、4本の拳に分裂したスラ吉を纏ったゴリさんが氷壁に迫る。
スラ吉の分身たちはメリケンのように硬度と形状を変化させた。
拳を何度も叩きつけ、わずか数秒で、ドガァァァンッ!と音を立てて氷壁を粉々に砕いた。
「ありえないわ!私の氷壁を短時間で壊すなんて!」
その声には、もはや余裕の欠片も残っていなかった。
即座に双剣でゴリさんに斬りかかろうとする雪華。しかし、その刃が届く前にスラ吉により刀身はドロドロに溶かされていく。
「そんな!?私の武器が……っ!しょうがないわ、今回は見逃してあげる!」
勝ち目がないと判断し、弾かれたように撤退しようとする雪華。しかし、わずか数歩で激しい痺れとともに地面に倒れ込んだ。
「え……身体が……動かない!?」
足元を見ると、浮きクラゲのクラさんがピッタリと巻き付き『麻痺』を、ヘビのヘビンヌさんは足首に噛みつき、『毒』を注入していた。
「そ……そんな……この私が変態テイマーに……」
雪華は、内心恐怖に震えていた。
今回の戦いでテイマーは、何も指示を出していなかったのだ。まるで、自分の魔獣の力試し程度にしか雪華に興味が無いように……
最後に振り絞った悪態である『変態』という言葉を聞き逃さなかったスラ吉は、容赦なく雪華の顔面に飛びつき、鼻と口を塞ぎ呼吸の邪魔をする。
「ブクブク!?……ブク……」と苦しむ雪華。
見る見るうちに顔色が変わっていく彼女を見て、 ユキは青ざめて止めに入ろうとするが――次の瞬間、周りの大気が凍りつくような激しい冷気に包まれた。




