第32話:三度目は、受け止めます
ユキの背後から冷蔵庫を覗き見したテンカピは、声を震わせた。
「奴隷様、そのお酒はもしかして!?」
「これですか?えっと『十四・五代』と書かれてますよ」
テンカピは、ガバッとユキの背中に飛びつく。
「それを!どうか、それを飲ませて欲しいのじゃ!」
ゆさゆさ揺さぶられるユキ。
「お…落ち着いてください。この後、鳳凰さんを助けに行くから、駄目ですよ」
「少しだけなら、大丈夫じゃよ!鳳凰のやつ、最近自分の毛を使った商売に成功して浮かれてたし……地に足をつける良い機会だと思うのじゃ」
――ユキは思った。鳳凰主導の商売だったのかと。
「そんなこと言っては駄目ですよ。助けが来るのを待っているはずです。アルテミス様も、それを望んでいますよ」
「……お主も頑固じゃのぅ。見よ、彼らも飲みたそうに見ておるぞ。傷心した時は、美酒と美食が特効薬だと思うのだがのぉ」
冷蔵庫を覗き込むユキとテンカピを遠巻きに、しかし興味深そうに見ている彼らと目が合う。
「……せめて鳳凰さんを助けてからにしませんか?」
「しょうがないなぁ、しばし待っておれ」
そう言うと、テンカピの身体がピカッと輝き出す。
テンカピの様子に怯える魔物たち。
「テンカピさん、落ち着いてください!光っても駄目なものは駄目ですよ!」
「フゴォォォ……フゴゴォ……よし!奴隷様よ、タブレットを見てみよ」
「え、タブレットですか?」
【女神の奴隷:タブレット召喚】
テンカピの言葉に従って確認すると、見知らぬ宛先からメッセージを1件受信していた。
タブレットの画面をテンカピに見せる。
「開いても大丈夫ですかね?神界にもスパムとかあるんじゃ……」
「何を言っとるんじゃ。アドレスにアルテミスと書いてあるじゃろ」
「……テンカピさんが送ったわけではないですよね」
ズシッと、テンカピはユキにのしかかった。
「女神の名を騙る神獣がいるわけないじゃろ。そんな事をしたら、罰が怖すぎるのじゃ」
「冗談ですよ。確認しますね」
テンカピを隣に下ろしメールを開くと、アルテミスからのメッセージが表示される。
――
こんにちは、エクスカリバーちゃん
テンカピから聞いたわよ〜
カスオに捨てられた子たちのためにご飯やお酒を振る舞いたいなんて、優しいのね〜!
鳳凰も心配だけど、彼らのケアも大切だと思うの。だから、少しだけならいいわよ〜
テンカピは、酔いを覚ます能力もあるから、上手く使ってね〜
PS.明日までには救出お願いね〜!
――
タブレットから顔を上げると、ドヤ顔のテンカピがこちらを見ていた。
「テンカピさん……メッセージの内容に一部怪しいところが」
「皆まで言わなくても分かっておる。奴隷様の心の声を代弁したまでじゃ」
「……怒られる時は、2人で怒られましょうね」
「ほほ、奴隷様はいい男じゃのう。大丈夫じゃよ。まだお昼前じゃし、1時間ほど皆で語り合ったら出発しようかのぉ」
「分かりました。少し早めのお昼を、皆で食べましょう」
「十四・五代もじゃぞ」
そして、全員に配り終えて、早めのお昼を食べ始める。
――30分後――
ユキはスキルを発動する。
【女神の奴隷:飲み会の幹事:あらゆる混沌とした飲み会で、上手に立ち回る:メモ:気配り・目配り・心配りが大事】
酒瓶を抱きしめながら、テンカピは、ゴロンと横になる。
「奴隷様〜、顎の下を撫でてほしいのじゃ」
「この辺ですか?」
「おぉ、お主なかなかのテクニシャンじゃな」
その隣では、スラ吉とゴリラのゴリさん、カラスのカラヤマさんが泣きだす。
「ブラック……どうして僕達を捨てたのぉ。酷いよ〜」
ユキは、彼らの肩を優しくポンポンと叩く。
「ほぉーら、落ち着いてください。ブラックではなく、カスオです。悪いのは、全てカスオですよ」
浮きクラゲのクラさんと、ヘビのヘビンヌさんは怒り出す。
「そもそも、ブラックってテイムの仕方もその後も雑だったわよね!ご飯も準備してくれなかったし!何だか腹が立ってきたわ!」
クラさんとヘビンヌさんを優しく撫でるユキ。
「それは酷いですね!仲間にそんな対応をするなんて許せませんね!これからは、ブラックではなく、カスオと呼びましょう!」
小さいヒョウのヒョウタさんと、ゴブリンのゴブサワさんは、壊れたような笑いを浮かべ立ち上がった。
「あはは、もうどうでもよくなってきたよ!」
「ははは、冒険者の眼の前に飛び出しちゃうごぶ?」
ユキは、慌てて2人に駆け寄る。
「待ってください!ここには、まだ仲間がいますよ。決して一人ではありません。お二人がいなくなると、僕たちが寂しいですよ」
――2時間後――
全てをやり遂げたような、それでいて疲れ果てた顔のユキは、地面に大の字で倒れていた。なぜかユキの頭の下では、テンカピが枕と化しており、首から下は他の魔物たちに抱きつかれながら……
ユキは何とか首だけを動かし、テンカピに話しかける。
「テンカピさん、そろそろでしょうか?」
「フゴォォ……グォォ……後1時間……」
ユキはゴリさんに抱きかかえられた右腕を何とか引き抜き、無言でテンカピのあごの下を撫で始めた。
「フゴォ、フゴォ……お主もやるようになったのう。わしはそこそこ偉い神獣なんじゃが」
「さっきあれだけ撫でさせておいて、今さらですよ……」
「まぁそうじゃな」
テンカピは、少しだけ声のトーンを落とした。
「すまんかったな、彼らを励ますのを手伝わせて」
「……テンカピさんが謝る話じゃないですよ。彼らの痛みは、彼らにしか分かりません。なので、こうやって寄り添ってあげているテンカピさんにこそ、救われていると思いますよ」
「……ほほ、お主さては、タラシじゃな。彼らもこうやって心を許しておるようだしのぉ」
「テンカピさんがいるからですよ。僕一人では、きっと出会ったばかりのスラ吉さんのように怖がって、皆さんは出てきてくれなかったはずです」
テンカピは目を細め、前足でユキの頭を叩いた。
「そんなことないぞぉ。テイムされるということは、人間とパスができるということ。その影響で、人の感情に敏感になるんじゃ。一度捨てられた彼らなら、なおのこと、負の感情にも敏感になる」
「……それはまた、テイム前と比べて、生きにくくなってしまいそうですね」
「もしお主から負の感情を感じたら、こんなに近づかんよ。ここまでくっついてるのは、お主の、使い古したボロボロの毛布のような感情が心地良いということじゃよ」
「表現に悪意を感じますが、少しでも彼らの助けになれたならよかったです。後は、カスオを倒すことで、彼らが少しでも前向きになれたらと願うばかりです」
「安心するのじゃ。アルテミス様からお告げをいただいた時点で、討伐の件は、彼らには伝えてある。一番困惑していたスラ吉もそんな状態だから、大丈夫じゃよ」
ユキの左手は、スラ吉とヘビンヌに巻き付かれて、若干紫色になっていた。
「……そろそろ左手がヤバいので、皆さんを起こしてくれませんか?」
「なんじゃ、お主。こやつらから聞いたが、カスオと同じ事を言うのかのぉ」
「え、それはどういう?」
「カスオは眼帯をして、黒いマントを羽織り、怪我もしていないのに、左手に包帯を巻いて、よく『左手が疼く……封印が解けそうだ』と呟いていたらしいぞ」
――ユキは、悟った。今回の討伐対象は、強敵であることを。
「あ、そういうのは大丈夫なので、早く皆を起こしてください」
「しょうがないのぉ」
のっそりと立ち上がったテンカピが輝きだす。そして、光が収まると――酔っ払って眠っていたはずの彼らは、いつの間にか綺麗に整列していた。
気づけば、あれほど深く立ち込めていた朝霧はすっかり晴れ、差し込む太陽が彼らの背中をやわらかく照らしていた。
ユキは、陽の光を浴びた彼らを見て、一度目を瞑った。
そして、再度目を開き……その姿に違和感を覚えた。
スラ吉やカラヤマさんはサイズが大きくなり、ゴリさんの手は、2本から4本に増えている。皆少しだけ見た目が変化している。ゴブサワさんにいたっては、ゴブリンから本物の鬼のようになっていた。
「テンカピさん、すいません。まだ寝ぼけているみたいなので、近くの川で顔を洗ってきてもいいでしょうか?」
「こらこら、現実から逃げようとするのはよくないぞ、『女神の奴隷様』」
嫌な予感を覚え、スキルを発動する。
【女神の奴隷:人間観察】
彼らのステータスには……
【ステータス:『エクスカリバー教の信者』(女神の奴隷様教信者)】
と、はっきりと刻まれていた。
「……絶対ツッコミません……けれど、見た目が変わった理由にはならないのでは?」
「あくまで、テイムの話ではあるが、テイムされた魔物は、獲得した経験値と主人に対する強い思いが合わさることで、進化することがあるのじゃ。おそらく、お主の振る舞った『神界』の食べ物により、経験値を獲得し、『エクスカリバー教』からも分かるように、勝手にお主を主人とみなしたのじゃな」
「……僕は、カスオを討伐したら帰還するため、連れて帰ったりも出来ないのですが、残される彼らは大丈夫なのでしょうか?」
「……そこは、『無自覚に教祖になる俺、すげぇ』とかのはずじゃろ」
「自分のために、知らないところで誰かが傷つくのは嫌なんです。それに、大したことをしていないのに、人を手足で使うような人間にはなりたくありません。本当は彼らとも信者などではなく、対等な関係でいたかったんですが……」
ユキの言葉を聞いたテンカピは、無言でその背中へとのっそりよじ登った。
「わ!?どうしたんですか、急に。落ちたら危ないですよ」
慌てて、落とさないように背負い直すユキ。
そんな2人の前に、魔物たちの代表としてスラ吉が出てくる。
「女神の奴隷様!初対面の時は、怯えたり、酷い事を言ってごめんなさい!僕たちは、奴隷様とともに、カスオを討伐し、過去と決別したいと思います!」
そして、魔物全員が声を揃えて叫んだ。
「どうか、奴隷様とともに戦う事をお許しください!」
声の大きさに内心怯えるユキ。それを察して、背中から首を伸ばし、頬擦りをするテンカピ。
「……分かりました。ただし、皆さんは見守っているだけにしてください。いくら酷い人間だったとはいえ、一度は絆を結んだ相手です。目の前で戦うとなれば、色々と複雑な思いが込み上げてくるかもしれませんから。 ……カスオはあなた達にとって『特別な主人』なんかではなく、ただのカスに過ぎないということを、僕が証明してみせます」
スラ吉はぷるぷると身体を震わせ、感極まったようにユキの頭へ飛びついた。 それを皮切りに、他の魔物たちも一斉にユキへと飛び抱きついてくる。
――ユキは思った。車、豚と来て、次はこれかぁと。
【女神の奴隷:重量物運搬】
しかし、もはや慣れたもので、全員の重みをしっかりと受け止めるのだった。
その後、落ち着いた彼らに、ユキは戦闘服と称して自分が着ているものと同じ柄のシャツを配る。
きっと、この状況をタブレット越しに笑いながら見ているセツナへの、せめてもの意趣返しのために……
――その頃の神界――
セツナは、2人分のコーヒーを淹れ、リビングのテーブルにゆっくりと置いた。
「どうぞ、おかあさん」
「ありがとうございます、セツナ」
アテナは、コーヒーを一口飲んだ後、テレビを指さした。
「見てください、あなたの執事が面白いことになっていますよ」
そこには、酔っぱらった魔獣たちの世話をしているユキの姿が映し出されていた。
セツナは、どや顔でアテナを見た。
「どうです、私の執事は?そこらの転生者とは、格がちがうんですよ」
アテナは、子供を見守る母親のように優しく微笑みながら、セツナの頭を撫でた。
「ふふ、そうですね。さすが、あなたが思い続けていただけのことはありますね。ヴィーナスではないですが、いつか私もお会いしてみたいものですね」
悪戯っぽく笑うアテナを、ジト目で見つめるセツナ。
「……少なくとも、あと数十年は私だけのものですよ」
その言葉に、アテナは少しだけ目を丸くした。
「あら、一生とは言わないのですね」
セツナは、手元のカップに視線を落とし、揺らめく湯気を見つめた。
「……ユキは、私のように正式に修行を積み、神に成ったわけではないですからね。永遠を耐えられるとも思わないので、心が壊れそうになったら、お母さんになら少しだけ貸してあげますよ」
アテナは、セツナをそっと抱き寄せた。
「もし、本当に彼の心が壊れそうになったら、3人で暮らしましょう。環境を変えれば、きっと大丈夫ですよ」
セツナは、アテナの胸に頭を預けたまま小さく頷いた。それが、どれほど『自分だけ』に都合の良い未来なのか、あえて深く考えないようにしながら。
「ほら!先のことを考えるより、大事なのは今ですよ!見てください、あなたの執事の手が紫に変色していますよ!」
「そうですね。ありがとう、おかあさん。……左手が包帯のようなデザインのシャツでも準備しておこうと思います」
「……ふふ、今度は私にも手伝わせてくださいね」
テーブルの上に並べられたふたつのカップからは、白い湯気がゆらりと立ち上っている。 ふたつの湯気は、優しく寄り添うように重なり合い、部屋の温かな空気の中へと静かに溶け込んでいった――。




