第30話:センスは、最コウです
『最テイ』のV Tubeを見た日の夜。2人は作戦会議を済ませた後、アテナ経由であるメッセージをアルテミスへ送信した。
そして、翌日の朝。
日課である、庭の掃き掃除をしようと玄関の扉を開けたユキは――
昨日は無かったはずの、無駄に巨大な冷蔵庫と正面から見つめあっていた。
一瞬、見間違いかと目をこすってみたが、冷蔵庫はそこに変わらず鎮座していた。
「ユキ〜!もう良い中年なんだから、玄関は開けっ放しにしちゃダメよ」
「言い方に悪意を感じますよ……それよりセツナ様、冷蔵庫の幻覚が見えるので、明日の討伐に備えて、今日はお休みをいただいてもいいでしょうか?」
「何言ってるの、外に冷蔵庫なんてあるわけないじゃない」
セツナも玄関から顔を出して、外へと視線を向けた。
「……ユキ、私も相当疲れてるみたいだから、今日は部屋でゆっくり休みましょうか」
2人は、示し合わせたように無言で頷き合った
扉をそっと閉め、2人で現実から逃避するようにリビングへ戻ったその時、セツナのタブレットから通知音が響いた。
休む気満々だったセツナは、気怠げにタブレットを開き、届いたメッセージを確認する。
読み進めるうちに、その表情が気怠さから真剣な顔へと変わっていった。
「……ユキ、アテナ様からのメッセージよ。『おはようございます、セツナ。討伐依頼を受けてくださり、ありがとうございます。昨日のメールをアルテミスに送ったところ、とても喜んでいましたよ。”必要な物を全部詰め込んだ冷蔵庫を送るから、よろしくね。”とのことです。おそらく、今日の朝には届くと思いますので、よろしくお願いしますね。PS. 仕事もこれくらい早くやって欲しいものですね……』だって」
「つまり、外の冷蔵庫はアルテミス様からの餞別ということでしょうか?」
「そのようね。でも冷蔵庫を頂けるようなメールを送ったかしら?『鳳凰』に関して質問しただけよね?」
「そうですね。テイムに抵抗している『鳳凰』は衰弱しているかもしれないから、差し入れを持参したいんだけど、何が良いか、という相談だったはずですが……」
セツナは腕を組み、訝しむように玄関の方角を睨みつけた。
「……まさかねぇ、ユキ、あの冷蔵庫を開けてみなさいよ」
どこか面白そうに、セツナは視線をユキへと向けた。
「開けた瞬間、僕がリンゴの木になったりしませんよね……?」
「冗談言ってないで、早く早く!」
セツナに背中を押されながら、おそるおそる外の冷蔵庫へ手を触れた瞬間――ユキの脳内にシステム音が直接響き渡った。
【スキル:冷蔵庫(魔獣用)召喚】を獲得。
「え!?セツナ様!何か変なスキルを覚えたみたいなんですが!?」
「……多分、召喚系ね。ちょっとこっちに来なさい」
慌ててセツナの元へ戻ると、彼女はまじまじとユキの顔を観察し始めた。
居心地悪そうに、ユキはわずかに身を引く。
「やっぱりそうね。そのスキルの詳細だけど……【スキル:冷蔵庫(魔獣用)召喚:効果:あらゆる魔物・獣に食べさせるための食材のみを格納可能。決して腐らない:メモ:一度でもその中に入れた食材は魔物・獣以外は食べられなくなるわよ〜】って感じね」
「なんて絶妙なスキルなんですか……」
「えぇっと、ちなみに中に入れた食材を人が食べると、前歯が虫歯になったり、2日間お腹を壊したり、不幸な目に合うらしいわよ」
「地味に洒落にならないですね……」
ユキは、前職で発症した坐骨神経痛を思い出し、無意識に自分のお尻を撫でていた。
「まぁまぁ、中身も見てみましょうよ」
「では、開けますね……って、ちょっとセツナ様!僕を盾にしないでください」
セツナは、ユキの背中に隠れながら、その肩を掴んで前へ押し出した。
「執事が主人を守るのは、当然でしょ!ほら、早く早く」
「分かりましたよ……せーの!」
ユキが覚悟を決めて観音開きの扉を引っ張ると、冷蔵庫の中には溢れんばかりの新鮮な食材と、一冊の分厚いファイル――『魔獣用レシピ集』が収められていた。
「……セツナ様、これはつまり……」
セツナはファイルの表紙を開き、そこに挟まれていた手書きのメモに気づいた。
「待ちなさい、メモがあるから読むわよ。『セツナちゃん、エクスカリバーちゃん、今回は、討伐任務を受けてくれてありがと〜。後、『鳳凰』のことも気遣ってくれて嬉しかったわ〜!『最テイ』の世界に関係する、あらゆる生物の好みに合った食材を入れておくから、役立ててね〜。後、『最テイ』の世界では、セツナちゃん以外の女神の信仰が深いから、私の友達にエクスカリバーちゃんのことを伝えておいたわよ〜。後、友達が分かるように、目印になる服も入れておくね~。服の表面は、セツナちゃんのセンスで何か書いてあげてね。
PS.今回の討伐対象は、カス山だけだから、取り巻きには、冷蔵庫の食材を食べさせてあげてね〜』……ということよ」
ユキは、メモの内容を聞き終えて、まるで現実から逃げるように一度目を閉じた。
「……順番に消化していってもいいでしょうか?」
「いいわよ、何でも聞きなさい。まぁ、私も消化しきれてないんだけどね」
「まず、1つ目。こんな簡単にスキルは獲得できるのでしょうか?」
「普通は無理ね。それこそ、あんたが『豚足』で神器を還元したみたいに、何らかの基が無いと無理よ」
「つまり、今回のスキルは……」
「特例中の特例よ。まぁアルテミス様は普段から神獣以外に興味が無い分、余っているスキルがあったんでしょうね。あと、それだけ『鳳凰』への気遣いが嬉しかったのだと思うわ」
「こんなつもりで、書いたわけでも無いんですけどね……」
「いいじゃない。貰えるものは貰っときなさい」
「分かりました。では、2つ目です。地味な不幸を取り巻きにばら撒くというのは……」
「そこは、『鳳凰』と相談しなさい。『鳳凰』が不要と言ったら、アルテミス様も納得するわよ」
「分かりました。では、3つ目です……この、冷蔵庫でキンキンに冷えた服に関してですが。背面のデザインが、『花畑の中央で四つん這いの男と、それを囲むように集まる様々な動物たち』なのですが……」
「……あんた、V Tubeの最後で、シャツを渡してたじゃない。あのデザインを見て、そういうのが好きな人間だと認知されたのね」
「……明日、着ていかないと駄目ですかね」
「目印だから当然じゃない。わたしに任せて。表面は完璧に仕上げるから」
「神界なのに、神も仏もいないんですね……」
――
そして、いよいよ出発当日。
――そこには、死んだような魚の目をしたユキがいた。
セツナによって仕上げられたシャツの前面には、四つん這いの男の背中に片足を乗せ、旗を掲げる2人の女神と、優雅に羽をはためかせる鳳凰が描かれていた。鳳凰の嘴には、小さな棒人間が咥えられている。
「……早く全身モザイクにしてください」
「何言ってるの、最高のデザインじゃない!あの後大変だったのよ。さすがに最上位のアルテミス様と自分を並べて書くのは気が引けたから、アテナ様経由でアルテミス様にデザインを確認していただきながら作ったのよ」
あまりの理不尽さに、彼は敬語を忘れて思わず突っ込んだ。
「そんなに手間をかけるなら、もう少しまともなデザインにしてほしかった!」
「文句を言わないの。もし、アルテミス様に聞かれたら、リンゴの木にされるかもしれないわよ」
ユキは、ヤケクソ気味に叫んだ。
「なんて素晴らしいデザインなんだ!絶対に『最テイ』の世界に広めます!」
「その意気よ!アルテミス様からも、面白いから、『豚足』同様に広めても問題ないと許可はいただいているわ!」
ユキは乱れた気持ちを落ち着かせるように、大きく深呼吸をした。
「それでは、行ってきますね。セツナ様」
セツナは、一瞬だけ寂しさの色を瞳に滲ませたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「行ってらっしゃい、私の執事。無事に帰ってくるのよ」
「もちろんです」
ユキの全身を光が包みこむ。
転移する瞬間に、ユキはセツナに向かって悪戯っぽく微笑んだ。
「『鳳凰毛の毛布』を一緒に使う約束もありますからね。必ず帰ってきますよ」
残されたセツナは、ボソッと呟いた。
「……生意気なんだから」
――
ユキが目を開けると、そこは、薄暗い森の中だった。
巨木の枝葉が頭上を覆いつくし、わずかに差し込む太陽の光すら、濃い朝霧に遮られ、視界を奪ってくる。
彼は、一度小さく息を吐き、すぐに動けるようにスキルを発動しようとすると……
「フゴォォ……グォォ」
地響きのような不気味な咆哮が、森の奥から低く響き渡った。
ユキは、思わず表情を引き締め、身構えた。




