第27話:本当に、すいません
玄関先で物音に気づいたユキは、手を止めて振り返る。
「おかえりなさい、セツナ様。早かったですね」
「ただいま、ユキ。お昼を食べる前に、少し外を歩きましょう」
家に戻るなり、セツナは静かな声で提案した。
――ユキは、セツナの態度に違和感を覚えた。
(いつもなら、なによりもお昼を優先するはずなのに……)
討伐依頼の説明の帰りということを踏まえると、不安と心配が押し寄せてきたものの、何とか飲み込み一礼した。
「分かりました。お付き合いします」
2人は家を出て、かつて鍛練を重ねた広場へと続く道を歩き出した。
爽やかな風が吹き抜ける中、広場の中央でセツナが立ち止まり、懐かしむように周囲を見渡す。
ユキもまた足を止め、かつての日々が染みついた景色へ目を向けた。
「懐かしいわね。ここで、イノシシ討伐のために色んなスキルを試したわよね」
「……そうですね。最初はどうなるかと思いましたが、しっかりと鍛練の時間も取っていただいたおかげで、最高の結果が得られました。あの時は、ありがとうございました」
彼女は、一瞬だけユキから視線を外し、言葉を探すように間を置いた。
「気にしなくていいのよ。【女神の奴隷】をあんな風に使えるのは、ユキが優秀だったからよ。あなたを執事に選んで正解だったわ」
いつになく真面目な表情で、口元に優しい微笑みを浮かべながら語りかけてくる。
その姿はとても儚く、今にも消えてしまいそうで……ユキは真っすぐにセツナを見つめて、力強く答える。
「安心してください、セツナ様。例えどんな敵が討伐対象でも、必ずまたここに帰ってきます」
「ありがとう、ユキ。そういえば、ほら見て、あの山。あなたが初めてスキルを放ったままなのよ」
セツナがそっと指差した先には……かつてユキがレールガンで盛大に壊した裏山が、無残に崩れたまま佇んでいた。
「……あれ、ああいうのって、漫画みたいな不思議な力で直らないんですか」
セツナは、泣き笑いのような表情を浮かべてユキに告げる。
「あの山を直すのに、5000万GPかかるの……」
――ユキの思考は止まった。
(え?強敵の討伐だから、一緒に歩いていたのでは?……だから、恥ずかしい事まで、真顔で言ったのに……というか5000万GP!?)
ユキは情報処理が追いつかず、再度聞き直した。
「……すいません、聞き間違いかもしれないのですが、500万GPでしたか?」
「違うわ、5000万GPよ。山や川などの地形は高額なの……」
事の重大さを理解し、青ざめたユキは、その場に膝をつき、本気の土下座をしようとする。
何なら、靴をなめる覚悟も決めた。
しかし、その肩をセツナの手が優しく、しっかりと受け止める。
「謝らないで、ユキ。執事のミスは、私のミスでもあるの。あなただけの責任ではないわ」
「セツナ様……必ず、5000万GP用意しますので、待っていてください!」
「ユキ……ありがとう。あなたのような優秀な執事を持って、私は幸せ者だわ」
「セツナ様……!」
「でもね、5000万GPは本当に貯めるのが大変なの」
そこで、セツナはアテナから貰った『最テイ』の討伐報酬のメモを落とす。
「あ、アテナ様から貰ったメモが……」
ユキは急いで、そのメモを拾う。ちらりと目に入った内容が気になり、二度見をして……5000万GPを稼ぐことを覚悟していた表情が、次第に納得と諦観の混じった苦笑いへと変わっていく。
そこに書かれていた内容は――
指名依頼(選択可)・明後日・報酬:山の修復、庭の土壌のグレードアップ
――ユキは、セツナの意図に気付いた。出発が明後日とは……とはいえ、5000万GPを貯めることがほぼ不可能なことも理解していた。
「セツナ様!ぜひこの討伐をやらせてください!」
「ありがとう!ユキ!あなたなら、そう言ってくれると信じてたわ!」
パッと表情を輝かせるセツナに、ユキは苦笑いを噛み殺しながら力強く頷いた。
「もちろんです!山を直すせっかくのチャンス、無駄にはできません!」
「よかったわ!もし断られていたら、きっと、『豚足』の世界に、あの山はエクスカリ火山と広まっていたわ」
「……それだけは絶対にやめてください」
「まぁ、いいわ。じゃあ、お腹も減ったし、お昼を食べに戻りましょう」
鼻歌交じりに、ご機嫌な足取りで歩き出すセツナ。その背中を追いかけながら、ユキは呆れたように小さく息をついた。
「セツナ様、あなたのお願いなら、何でも『はい』と答えますので、今度からは普通に頼んでくださいね」
「……分かったわ」
そう答えてそっぽを向くセツナの耳は、赤く色づいていた。
「……山もだけど、庭の土壌がグレードアップしたら、珍しい果実も育てられるから……実が成ったら、二人で食べましょ」
ユキはその言葉を聞いて、優しく微笑んだ。
「それは楽しみです。そのためにも、昼食を食べてV Tubeを見ながら情報収集ですね」
「ええ。だから、早く戻るわよ」
セツナは、ユキの袖をキュッと掴んで急かすように歩き出す。
ユキもその歩調に合わせて、2人の影は寄り添うように帰路につくのだった。




