第26話:最優先は、決まってます
アテナからの連絡を受けたセツナは、神殿にある応接室で、ソファーに深く腰を沈めていた。
当てもなくタブレットを眺めていると、約束の時間ぴったりに、扉が静かに開く。
セツナは慌ててタブレットを片付け、何食わぬ顔で、姿勢を整える。
「急な呼び出しで、申し訳ありません」
規則正しい足音を鳴らし、緑の長髪をなびかせながらアテナが部屋に入ってくる。
「全然大丈夫です。そういえば、捕獲報酬のカタログありがとうございました」
「気にしないでください。見栄っ張りなあなたのことですから、豪華な教会でも選んだのでしょう?」
アテナはくすりと微笑みながら、向かいのソファーへ腰を下ろした。
セツナは真っすぐに視線を向け、自信満々に答えた。
「そんなことありません。執事が我儘を言ったので、ちょうどいい納屋と神牛にしてあげたんです」
予想していなかった返答に、アテナは目を丸くする。
「……変わりましたね、セツナ。あなたの成長をとても嬉しく思います」
――セツナは、少しだけ罪悪感を覚えた。
「……まぁ、名付けの親の教育が、よかったからかもしれません」
「ふふ、教育と言えば、あなたがここにきて勉強していたことを思い出しますね」
そして、懐かしむように目を細めると、光が差し込む大きな窓の外を指さした。
「そうだ、久々に庭でも歩きながら、話しましょうか」
2人は部屋を出て、庭へと足を向けた。丹精込めて育てられた花々が、太陽の日差しを受けて色とりどりに咲き誇っている。
整えられた石畳を並んで歩きながら、アテナは本題を切り出す。
「まず最初に、今回の討伐は指名依頼になります。ただし、受けるかどうかは話を聞いてから決めてくださいね」
「指名依頼ですか……どうして、まだ1回しか討伐を達成していない私たちのところに?」
「ヴィーナスちゃんねるを見た、アルテミスからの依頼ですよ」
セツナは、聞き慣れない名に小さく首を傾げた。
「アルテミス様ですか……申し訳ありません。あまり存じ上げなくて」
「まぁ、彼女は豊穣の女神であり、女神同士の関係より、大好きな神獣達と過ごす事を優先していますからね」
アテナは歩みを止めると、美しく咲く一輪の花に手を伸ばし、その香りを慈しむように確かめた。
「それが理由で、会議もサボりがちなので、困っているのです」
手元の花が急激に萎むのを見て、セツナは後でユキに渡そうと思っていた缶コーヒーを、どこからか取り出した。
「アテナ様も苦労していますね……あ、これよければどうぞ」
「ありがとうございます。セツナ、本当に成長しましたね……」
枯れたはずの花が、再び鮮やかな花を咲かせる。
缶コーヒーを受け取り、感慨深げに表情をほころばせるアテナ。
――セツナはコーヒーを渡したことで、多少罪悪感が薄まった。
「それよりも、女神にもあまり興味がない方が、なぜうちのユキを指名したのでしょうか……」
実績も知名度も無い者に、最上位の女神が討伐依頼を出すことは、あまり前例がないため、セツナは訝しげに尋ねる。
「理由は『豚足』の世界における彼の振る舞いですね。元人間とはいえ、豚の姿である彼女達への接し方と、異なる言語を話せる点が高く評価されているのです」
「まぁ、確かにうちの執事は優秀ですが、アルテミス様の目が留まるほどでしょうか?」
「昨今の転生者は、外見至上主義者が多いですからね。特に相手が人の姿でない場合には、傲慢になりやすいものなのです」
転生者受付をしていた際に、やけに外見に拘る者が多かったことを思い出すセツナ。
「……なるほど、それなら、ユキが適任ですね」
アテナは、満足そうに微笑んだ。
「私もそう思います。それに、引きこもりのアルテミスと縁が出来ることは滅多にありません。個人的にはいいチャンスだと思いますよ」
「……討伐先の概要と報酬を聞いてもいいでしょうか?」
「報酬も含めて、簡単に説明しますね。討伐先の世界は、ヴィーナス風に言うなら、『最弱職テイマーの成り上がり!〜獣人ハーレムで下剋上〜』略して『最テイ』です」
「……アテナ様も、結構ヴィーナスちゃんねる好きですよね」
「仕方ないでしょう。軽々しく下界には行けないのですし、神界には、娯楽が少ないのです」
「そうですね。私にヴィーナスちゃんねるを教えてくれたのも、アテナ様ですもんね」
「当時は、ひたすら人間界の映像を探していたセツナも、言うようになりましたね」
「……早く討伐先の話をお願いします」
セツナは、イジられそうな予感を察し、先を促した。
アテナは小さく頷いてから、表情を引き締めて、真剣な眼差しを向けた。
「そうでしたね。まず、今回は、前回と状況が異なり、別世界からの『来訪者』はいません」
その言葉に、セツナは表情を曇らせる。気の向くままに振っていた手は身体の横で止まり、指先がわずかに強張った。
「そのため、残念ながら、あなたは下界に行くことは出来ません」
「……承知しています。本来はそういうものですからね」
不安そうな表情を押し殺して頷くセツナに、アテナは優しく微笑みかけた。
「ただ、これはあなた達には朗報になります。『最テイ』の世界は、主人公が獣人娘達とイチャイチャし始めて、エタっています。そして、これが現状の主人公の基本スキルです」
アテナは、どこからかメモを取り出して、セツナに渡す。
セツナは、そのメモを見て、愕然とした。
――
【スキル名:テイム:効果:相手が同意をした場合に、自分の庇護下におく。現状、対象の身体能力向上、低下のみ可能】
――
「……確か、テイムを極めれば、対象を進化させることもできましたよね」
「そうですね。ちなみに、仲間の魔物たちはなぜかテイムを解除したらしいです」
「……もう意味がわかりませんね。テイマーは、テイムした魔物の力も使えるようになるはずですよね」
「そのとおりです。詳しくはV Tubeを確認してほしいのですが、獣人娘達をテイムした後に、ハーレム作りにシフトチェンジしたとのことです」
「これなら、うちの執事も安全に対処できそうです。……それはそうと、『最テイ』というか、『最低』ですね」
「来世はゴキブリどころか、サナダムシかもしれませんね……まぁ、結論として、その世界をクリアした主人公と比較すると、難易度は低くなります。場合によっては、『豚足』以下かもしれません」
「ちなみに、やっていることは『最低』ですが、それだけで、討伐対象になるのでしょうか?」
セツナの疑問に、アテナの瞳の奥が一瞬だけ冷たく光った。
「その主人公は、テイムの力を悪用して、あろうことか、『神獣』を捕獲、さらには『神獣』の素材の闇取引をしようとしているのです」
セツナは、予想外の言葉に驚愕の表情を浮かべる。
「本当ですか!?いくら『拡大解釈』が発動しても『神獣』のテイムは不可能なのでは!?」
アテナの声のトーンが、わずかに沈んだ。
「普通ならそうなんですが……主人公は獣人娘とグルになって、『神獣』を嵌めたのです……」
「……本当に『最低』な世界ですね」
「これを知ったアルテミスは、最初は、自分が乗り込んで『神獣』の保護と『神罰』を与えると怒っていましたが、さすがに却下されました」
セツナは、討伐依頼の内容に納得したように頷くと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「状況は理解しましたが、まだ大事な話が残ってますよね」
――セツナにとって、最優先はユキの安全、次いで報酬であった。
アテナはセツナの思惑を見透かしたように微笑んだ。
「分かっています。報酬は、あなたが望んでいた、庭の土壌のグレードアップと……それから、放置されている『あの山』の修復ですね」
セツナは、ユキが初めてレールガンを発動した際に破壊した裏山を思い浮かべた。
「山まで元通りにですか!それは、かなりありがたいですね。ちなみに、土壌のグレードアップはもしかして?」
彼女は、平静を装っているが、口角が抑えきれずにひくひくと上がっていた。
「あなたの予想通り、アルテミス様が直々にしてくれますよ」
その言葉を聞いた瞬間、セツナの瞳がパッと輝いた。
「絶対にやります!任せてください!アルテミス様直々なら、どんな果物も育つじゃないですか!」
――脳内で一足先に、ユキと果物狩りを始めるセツナ。
そんな彼女に、アテナは苦笑しながら釘を刺す。
「……ちゃんと、執事とも相談して決めるのよ。後、私は『神輝マスカット』を希望します」
「我儘なおかあさんですね。しょうがないので、育ててあげますよ。うちの執事が」
大げさに肩をすくめながらも、セツナの唇には笑みが浮かんでいた。
そんな様子に、アテナは満足げに頬を緩めた。
「苗は融通しますので、お願いしますね、かわいいセツナ」
「食べきれないほど差し上げますから、楽しみにしていてください。それでは、戻りますね」
頭を下げて扉に向かおうとするセツナに、アテナは一瞬視線を伏せ、少しだけ言いにくそうに声をかけた。
「話はまだ終わっていませんよ。申し訳ありませんが、討伐をする場合は、明後日に出発となります。アルテミスの我慢が限界に近いので…」
セツナは、恐る恐るアテナのほうを見ながら尋ねる。
「……もし断ったら、私は大丈夫なのでしょうか?」
アテナは申し訳なさそうに、恐ろしい事実を口にした。
「残った山も吹っ飛ぶかもしれませんね」
セツナの思考は、一瞬フリーズした。しかしすぐに、乾いた笑いとともに動き出した。
「さぁ!執事を説得してきますね!今日中に良い返事をします!」
山が更地になる光景を想像し、ユキを説得する算段を始めながら回れ右をする。
そんな彼女の背中に、アテナが優しく問いかける。
「その心意気やよしです。もう少しでお昼ですが、一緒に食べていきますか?」
「申し訳ありません。お誘いは嬉しいのですが、執事がお昼を作って待っていますので……」
セツナが、後ろ髪を引かれるように一瞬だけ振り返ってから、申し訳なさそうに断ると、アテナはわざとらしく肩を落とした。
「……おかあさん、寂しいです」
「……明後日、私のタブレットで『最テイ』のライブ映像でも見ながら、一緒に食べましょう」
「ふふ、楽しみにしていますね」
アテナに見送られながら、ユキの待つ自宅へと向かうセツナであった。




