第25話:執事は、辞めません
申し訳ありません!
投稿の時間を間違えていました……
あの日、涙を流したことをユキは未だに気恥ずかしく思っていた。もっとも、セツナはそれを引き合いに出すことはなかったが、少しだけ2人の距離は近づいていた。
夕食を食べ終え、食器を洗い終えたユキが2人分のコーヒーをテーブルに置いた。
そして、ソファーに腰を下ろすと、セツナはいつものようにユキの膝に足を乗せて寝転がった。2人でくつろぎながらV Tubeを見ていると、セツナが思い出したかのように声を掛ける。
「そういえば、『豚足』の世界で見た、『赤い飴』のこと覚えてる?」
「覚えてますよ。『あいつ』から貰ったとかなんとか……、結局誰だったんですかね」
――ユキは、シュリ達以外のことは、『エクスカリバー』とともに記憶から消していた。
「『あいつ』は、あんたと同じ転生者であり、『豚足』とは異なる世界から来た侵略者だったのよ」
ユキは、カップに伸ばしかけていた手を止めて、わずかに眉をひそめた。
「そうだったんですね。……もしかして、自分の世界以外にも手を出す、自己中征服系だったりでしょうか?」
「よく分かったわね!あんたのスキルを食らって、虫の息だったから、捕獲して神界のルールで裁いたわ」
「……ルールに基づいて裁かれたのなら、何よりです。それよりも、捕獲した時に、怪我とかはしてないですか?」
ユキが心配そうに聞くと、
「問題ないわよ。でも、捕獲しか許されなかったから、討伐を手伝ってあげられなくて悪かったわね」
彼女はちらりとユキの顔を見ると、気まずそうに小さく唇を尖らせた。
「元々1人でする予定でしたから、大丈夫ですよ。それに、『他の転生者』がいる可能性を、一緒に考えてくれたじゃないですか」
「そうね!イノシシも『あいつ』も討伐出来たのは、私のおかげな気がしてきたわ!」
ユキは、しおらしい彼女を見たくなく、さらにおだてる。
「そうですよ。セツナ様からいただいたスキルがあったからこそ、倒せたのです!」
「わかってるわね!私のおかげで、あんたは神界でバズって『エクスカリバー』と呼ばれるようになったのよね!」
ユキの表情が能面のようになり、無言でセツナを凝視する。
「あら、そんなに見つめられたら、困っちゃうわ。というか、あんた、『あいつ』がどうやって裁かれたのかは聞かないのね?」
「う〜ん。個人的には、他者を顧みない征服系は、正直どうでもいいかなと。ルールに則って裁かれたなら、なおさらです」
「……例えば、その裁きで、私達女神が『あいつ』と『あいつの世界』を消したとしても?」
ユキは少しだけ逡巡し、V Tubeを一時停止した。
セツナは、ソファーに座りなおした。そして、2人は目を合わせて話し始める。
「特に何も思いませんよ。いっそそれだけ、しっかりと罪に見合った罰を与える神界に好感すら抱きました」
「そうなのね。まぁ、無関係な住民はちょっと転移したくらいなんだけど。てっきり、こう言うかと思ったわ」
わざとらしく立ち上がり、芝居がかった身振りで少し咳払いをして、朗々と語りだした。
『それはさすがに酷すぎる!人間は、やり直す事が出来るんだ!それなのに消すなんて、神界は許せない!僕がこの世界を変えてやる!』
「どこの偽善的更生系ですか、それは……」
「あら、違うの?」
彼女はからかうようにそう言ったが、どこか探るような、わずかに不安そうな目を向けた。
「むしろ、そう思われていたら心外ですよ。罰を受けるということは、当然被害者もいるんです。いくらルールでも、被害者が受けた傷より、軽い罰で許されるなんてあってはならないと思うんです。だから、僕は神界のルールを素晴らしいと思いますよ」
セツナはその言葉を聞いて、わずかに目を見開いた後、安心したようにふっと表情を緩めた。
「良かったわね。私の執事になれて」
「……罰が気に入らないから、執事をやめるなんて言わないので、安心してくださいね。それより話は『あいつ』のことだったんですか?」
「違うわよ。実は、アテナ様から、イノシシ討伐とは別に『あいつ』の捕獲報酬が貰えるのよ」
そう言うと、セツナは、どこからか分厚い本を出し、机に置いた。
タイトルには、『神界の報酬カタログ・竹』と書かれていた。
――ユキはツッコむべきか悩んだが、満面の笑みの彼女を見て、耐えた。
「この中から、好きなのを選べるのよ」
「これは凄いですね!建設物から調理器具、食べ物まで色んなものがありますね」
「そうでしょ、そうでしょ!どれも良いんだけど、あんたもここに住むようになったし、今後の転生者受付用にこれなんかどうかしら?」
セツナは、建設物のページを開き、豪華な教会を指差した。
「……こんな豪華でなくて、大丈夫ですよ。ほら、こっちの小さいのなら、別で他のも貰えるみたいですよ!」
「でも、やっぱり女神の威厳に関わるから、教会にしましょうよ」
「結局真っ白な部屋にするんですから、見た目は何でも分からないですよ。ほら、こっちのA5神牛詰め合わせセットとかもいいですよ!」
セツナは分厚いカタログを胸に抱え、頬を膨らませた。
「どうして分かってくれないの!これは絶対に必要なのよ!」
ユキは両手を軽く広げ、なだめるように制した。
「落ち着いてください、セツナ様。そんな大きいのは絶対いらないです」
2人の言い合いは、しばらく続くのであった。
――数日後――
ジュージューと脂が弾ける音とともに、香ばしい煙が立ち上る。
外に建てた、ちょうどいいサイズの納屋を窓越しに見ながら、2人は焼肉に舌鼓を打つ。
「(もぐもぐ)やっぱりA5の神牛は美味しいわね」
満足げに、頬を緩めるセツナ。
「そうですね。どうぞ、こちらの肉も焼けましたよ」
焼き上がった肉を、皿へと運ぶユキ。
「あら、悪いわね。ほら、こっちも焼けたわよ。口を開けなさい」
「……大丈夫ですよ、自分で食べるので」
「いいから、いいから。ほら、あ〜ん」
観念したように口を開けると、野菜が押し込まれる。
「さぁ、これで場所が空いたわよ!ほら、どんどん焼いていきましょう!」
悪戯が成功したような顔で、網に新しい肉を並べていく。
「……」
ユキは、半眼でその手際を見つめた。
「そんな目で見なくても、いいじゃない。ほらお肉もちゃんと食べさせてあげるわよ」
「(もぐもぐ)ありがとうございます。さすが、神牛は味が別格ですね。前にヴィーナスちゃんねるで見たときから、気になっていたんです」
噛みしめるように味わってから、ユキは満足げに口元をほころばせる。
「よかったわね。あんたの願いを聞いてあげた私に感謝しなさい」
胸を張る彼女に、ふと悪戯っぽく口の端を上げる。
「さすがです!これで『GP』の件は、チャラですね」
セツナは、わずかに目を逸らし、早口で捲し立てた。
「……私達の生活費に充ててたんだから、文句を言われる筋合いはないわよ」
「僕に黙って、『鳳凰毛の毛布』を注文していましたよね。『エクスカリバー教のGP』で」
ユキは、肉を裏返す手を止めず、あくまで淡々と追及する。
「そもそも『エクスカリバー教』は、他世界の者のスキル名を配信してはならないというルールに基づき、ヴィーナス様が言い換えた言葉よ。元の名称は、『女神様の奴隷様教』。つまり、あんたを通した間接的な私への信仰なのだから、私のものでもあるのよ」
勝ち誇ったように口角を上げる彼女を、尻目にジト目で回想をする。
――数日前――
豪華な教会を建てるかどうかの争いが一段落した際に、ユキはセツナに尋ねた。
「教会のことは一度置いとくとして、そういえば、普段の料理の材料や、テレビはどうやって手に入れてるんですか?」
「それはね、『GODポイント』通称『GP』と交換できるの。まぁ、あんたの世界でいうところの通貨と同じよ」
そう言って、セツナはタブレットを渡す。ユキは、見慣れない画面を興味深そうに覗き込んだ。
「なるほど。ネットショッピングみたいなものなんですね」
「そうよ。『GP』は、神として仕事をする対価として貰えるのよ。他にも、下界で信仰されても貯まるわね」
「信仰心がお金に変わるって、お賽銭みたいですね」
「お布施を強いる訳ではないから、良心的でしょ。誰も損はしてないわ」
「確かにそうですね」
ユキは感心したように相槌を打ち、画面をスクロールしていると、誤って他のボタンを押した。
「あ、すいません……間違えて変なボタンを押してしまいました」
「別にいいわよ。見せてみなさい」
タブレットの画面を見たセツナの顔は、一瞬こわばった。急いでタブレットを受け取ろうとする様子をおかしいと思い、画面をよく見ると――
『女神様の奴隷様教』残高:840,000 GP
直近の利用明細:鳳凰毛の毛布:−100,000 GP
「あ……」
「え……」
無言で見つめ合う2人。
ユキは画面をもう一度見返し、再びセツナを見つめる。
「セツナ様、このGP……奴隷様と書かれていますが」
「……私、A5の神牛が凄く食べたいから、教会は、この一番小さな納屋にするわね」
「……分かりました。元々、セツナ様がいてこその執事ではありますが、シュリさん達に申し訳ないので、今後はこのGPの使い道は2人で決めましょうね」
視線を落とし指先をもじもじとさせながら、縮こまって謝罪する。
「ごめんね、つい魔が差してしまったの」
上目遣いに、顔色を窺うセツナ。
「……そこまで怒ってないですから。ほら、A5の神牛も100,000 GPしますし」
ユキは、小さく息をついて表情を緩めた。
「……本当に?」
まだ半信半疑といった様子で、彼女は恐る恐る尋ねる。
「本当ですよ。むしろ、A5の神牛が食べられることに、喜んでいるくらいです」
「…それならよかったわ。でも、申し訳ないから、届いたら一緒に使いましょうね」
「……冗談ですよね?」
「さぁ、どうでしょう」
悪戯っぽく目を細め、くすりと笑ってみせた。
――
数日前のやり取りを思い返しつつ、ユキは目の前の網に向き直り、2人分の肉を黙々と焼いていく。
香ばしい匂いと脂の爆ぜる音が、まったりとした時間を包み込んでいた。
しかし、その平和なひと時は、セツナのタブレットから、鳴り響いた通知音によってあっさりと破られた。
2人は、箸を持つ手を止めて顔を見合わせた。
タブレットを覗きこむと、画面には、アテナからの呼び出しメールが入っていた。
『次の討伐対象が決まりました。明日説明するので、神殿まで来てくださいね』




