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第19話:日常に、戻ります

 日が昇る頃、焼きとうもろこしの香りに誘われるように目覚めると、男は、目をぎらぎらさせた豚達に囲まれていた。


【女神の奴隷:意思疎通】


「……おはようございます」


 男は、寝ぼけ眼をこすりながら、力なく挨拶を返した。


「おはようございます!奴隷様!朝食の準備は出来てます!早く食べて、鍛錬を始めましょう!!」


 シュリが、瞳を輝かせながら、身を乗り出す。


「旦那ぁ、早くやりましょうぜ!蹄が疼いてしょうがないぜ!」


 親分豚が、地面を蹄で掻きながら、興奮気味に叫んだ。


「やんすやんす!!」


 子分豚も、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 やけに興奮した豚達に連れられながら、鍛錬を始めるのであった。


――シュリと子分豚は、夜中見た光景をこっそり仲間達に話していた。


 それを知らない男は、よく分からない熱気に困惑しつつ……気にしないことにするのであった。


 そして、夕方。いよいよ別れの時。

 夕日が村を橙色に染める中、男は、豚達の顔を一人一人見渡しながら、静かに口を開いた。


「それでは、皆さん。短い間でしたが、ありがとうございました。今後の鍛錬方法は、こちらに書いてありますので、もしよければ参考にしてください」


 シュリは、涙を流しながら、分厚い紙を両手で大切に受け取る。紙面に目を落とした瞬間、堪えきれないように大粒の涙をこぼした。


「……こんなに、こんなに考えてくださっていたなんて……」


 声を震わせながら、紙を胸に抱き寄せる。


「こちらこそ、本当にありがとうございました…奴隷様を遣わしてくれた女神様にも、感謝しかありません……」


「シュリ様の言う通りだ!感謝してもしきれないぜ!」


 親分豚が、洟をすすりながら、声を張り上げた。


「帰っても、おいら達の事を忘れないでほしいでやんす!」


 子分豚も、目を潤ませながら、必死に訴える。


「もちろんです。皆さんの事は、決して忘れません。……鍛錬はしましたが、無理はしないでくださいね。どうか、後悔だけはしないように過ごしてください」


 男は、一人一人の目を見ながら、噛みしめるように告げた。


「分かりました!女神様と共に見守っていてください!偽物も魔王も倒してみせます!」


 シュリは、拳を握りしめながら、力強く宣言する。

 そう強がったシュリは少しだけ、寂しそうな上目遣いになる。


「これでお別れだと思うと、寂しいものですね」

「そうですね。短い間でしたが、とても長く一緒にいた気がします」


 男は、遠くの夕日を眺めながら、しみじみと呟いた。


――男は、『討伐報酬として、豚を連れてきてもいいわよ』という女神の言葉を思い出す。

(きっと、ハーレム系主人公ならここでシュリを連れて帰るのだろう。そう思いつつ、ふと周囲を見渡す。そういえば、前世含め旅行なんて、出張以外でした事無かったな……女神もいるとなると、騒がしくなりそうだが、仕事を忘れて、他の世界に行くのも悪くないな)


 そんな男の逡巡を知ってか知らずか、シュリが横目でちらり、ちらりと期待するような視線を送っているのに、男はまだ気づいていなかった。

 男は、口元にふっと小さな笑みを浮かべた。

 ふと、現実に戻ると、目を潤ませたシュリ達が何かを待つようにこちらを見ている。

 男は、既に着るのをやめていた女神シャツを丁寧に畳んでからシュリに渡す。


「これは、女神様の遣いがここに来た証です。これからなにがあっても、女神様はこの世界を見捨てないでしょう。もしもの時は、再び、私が遣わされると思います」


 シュリの視線から、わずかな期待の色がふっと消えるのを、男はやはり気づかなかった。それでもシュリは、寂しさをおくびにも出さず、静かに微笑んだ。


 シュリは服を受け取ると、両腕でしっかりと胸に抱いた。

 そして、男は、白い光に包まれて、帰還するのであった。


 再び目を開けると、見慣れた汚部屋が広がっていた。数日見ない間に大分荒れたな、と思いつつ、男は知らず知らず、詰めていた息をほっと吐き出した。


「おかえりなさい、私の執事」


 セツナが、ソファに腰掛けたまま、こちらに視線を向ける。


「ただいま戻りました、女神様」


 男は、深く一礼した。ふと見ると、女神のシャツにはデフォルメされた焼かれた豚のイラストが描かれていた。


「あら、豚は連れて来なかったのね。ちょうど、焼豚でも食べたいと思ってたんだけど」


 女神は、口の端を持ち上げながら、からかうように言う。


「……勘弁してください。女神様のお世話で手一杯なので、連れてきたりしませんよ」


 男は、静かに首を振った。


「ふふ、良い回答じゃない。まぁそれはそうと、あんた随分私の悪評を広めてくれたようね」


 セツナは、腕を組みながら、じとりとした目を向ける。


「……先に広めたのはそちらでは?」


 男は、間髪入れずに切り返した。


「スキル名に合わせただけで、他意はないわよ。それよりも知らなかったわ。女神の奴隷は、鞭で叩かれるのが好きだなんて」


 いつの間にか手に持った鞭をヒュンヒュンとしならせる。


「望み通り、豚の姿に変えて、叩いてあげましょうか?」


――男は、すべてを諦めた顔をして、地面にしゃがみ……


「すいませんでした!!」


 美しい土下座をするのであった。

本日21:10の投稿で、完結となります。

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