第18話:守秘義務は、絶対です
部屋に戻り、アテナは仕切り直すように、机の上で指を組んだ。
「それでは、改めてセツナ。討伐業務お疲れ様でした。あなたが人間を執事として迎え入れ、『神樹』と女神の『ランク』を代価に【女神の奴隷】を与えた時には、心配しましたが……」
アテナは、遠くを見るような目をしながら、静かに言葉を継いだ。
「……せっかく上げてくださった『ランク』を下げてしまい、申し訳ありません。それに『神樹』も……」
セツナは、珍しく殊勝な面持ちで、深く頭を下げる。
「そこは気にしていませんよ。あなた自身の力で昇進し、『神樹』を苗から育て、安全な『転生受付業務』になったのですから。私は、『ランク』が下がったことで『討伐業務』に変わったことを、心配したんです。」
アテナは、眉を寄せながら、心配そうにセツナを見つめた。
「安心してください。『討伐業務』も私の執事がやり遂げたので、大丈夫でしたよ」
セツナは、口角を上げ、あっさりとそう返す。
「はぁ……名付けの親にまで、捻くれたことを言わないの。待ち望んでいた『彼』なんでしょう?」
アテナは、額に手を当て、大きなため息をついた。
「アテナ様。神にもプライバシーはあるので、黙秘権を行使させていただきます」
「またそんな事を……。もう一度、会いたい人がいるから、転生せずに『女神』になると宣言したあの純粋な子はどこに行ったのかしら?」
アテナの声に、わずかな懐かしさが滲んだ。
「……アテナ様、そろそろやめてください」
「『女神』になったら、転生する魂に、前世の事を話せないとも伝えたのに、健気なあの子に早く戻って来てほしいですね」
セツナの声のトーンが、一段落ちる。
「人生の一瞬に囚われて、永遠を生きる『女神』に成ったから、『セツナ』と名付けた親への反抗です」
「まだそんな事を言ってるのですか。本来の意味をねじ曲げないでください」
アテナは、呆れたように苦笑する。
「反抗期なので、許してください。それよりも報酬の話ですよね」
セツナは、これ以上深堀されるのを避けるために話題を変えた。
「えぇ。カイザーの件は、また別途となりますが、イノシシの討伐報酬に、あなたと執事は何を望みますか?」
「執事には、帰還後に確認をしますが……豚でも連れて帰りたいと言い出すかもしれませんね」
セツナは、ふっと口元を緩めながら、どこか寂しげに呟いた。
「そういう事を、寂しそうな顔をしながら言わないの。それでは、あなたの望みを先に聞いておきましょう」
「……私の望みは――です」
「ふふ、あなたらしいですね。その望み、受け入れましょう。彼の望みの可否は、あなたに一任しますね」
アテナは、目を細め、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは、執事の帰りは明日なので、今日は夕飯をご馳走してほしいです。名付けのお母さん」
セツナは、一転して明るい声で、いたずらっぽく笑う。
「本当に調子がいいんですから。もう少しで終わるので、タブレットでも見ながら待っていてください」
アテナは、やれやれといった様子で、肩をすくめた。
「では、外でお待ちしております」
セツナは、軽く一礼すると、足取り軽く部屋を後にした。
(『セツナ』の意味は、例え永遠を生きることになっても、『女神』であることを選んだ刹那の時間を忘れるなって教えたはずなんですけどね)
アテナは、セツナが出ていった方向を見つめ、小さく息を吐いた。
――
夜空に月が輝きだした頃、つかの間の休息を取るシュリに、セツナからのお告げが下る。
シュリは、はっとした様子で顔を上げると、豚達と地面に転がる男の方に、慌てて走っていく。
「奴隷様!女神様より、お告げがありました!帰還は明日の夕方になるそうです!少しだけ時間をあげるから、最善を尽くすのよ、とのことです!」
息を切らしながら、シュリは一気にまくし立てた。
「シュリさん、連絡ありがとうございます。それなら、今日はここまでにしましょうか」
男は、泥だらけの体を上げながら、ほっと安堵の息をついた。
――時間をくれた女神に感謝すべきか、連絡が遅いことに怒るべきなのか、悩む男であった。
「え……でも、まだまだ頑張れます!」
シュリは、目を見開き、慌てて訴える。
「そうだぜぇ、旦那!時間も限られてるんだ!徹夜でもなんでもやってやるぜ!」
親分豚が、鼻息荒く、前脚で地面を踏み鳴らす。
「そうでやんす!ようやく、スキルに慣れてきたところでやんす」
子分豚も、興奮気味に耳をぴんと立てた。
つられて、他の豚達もまだいけると表明する。
「ブビィ!」「ブヒィヒィ!!」
豚にされた馬までもが主張する。
「ヒヒィン」
元馬の豚は、前脚を高く振り上げ、いななきながら加勢した。
「皆さん、落ち着いてください。何事も慣れてきた頃が一番危ないんです。皆さんが怪我をしてしまったら、元も子もありません」
男は、両手を広げ、なだめるように、しかし穏やかな口調で告げる。
「でも……」
食い下がろうとするシュリの頭を撫でながら、
「それに、お腹も減りました。今日はゆっくり休んで、残りは明日頑張りましょう」
男は、困ったように眉を下げながら、優しく笑いかけた。
ちょうどそのタイミングで、親分豚のお腹が鳴った。
「はは、そうだな!旦那の言うとおりだ!シュリ様も、腹の虫が鳴る前にメシを食べましょう!」
親分豚は、照れくさそうに、自分の腹をぽんと叩く。
「そうでやんすね!急にお腹が減ってきたでやんす!」
子分豚も、へへっと笑いながら同意した。
「……そうですね、宴会の準備も途中でしたね!まぁ、女神様の遣いである私のお腹は、決してなりませんが!」
シュリは、つんと澄まし顔で、胸を張ってみせる。
「あ、皆さん。その前に、服は着替えてくださいね。訓練が終わると、消えてしまいますので」
男が、思い出したように、そう付け加えた。
それを聞いて、シュリは服が消える前に颯爽と着替えに行くのであった。
残された豚達は、
「旦那ぁ、それはないぜ!こんなセンスの良いシャツが消えちまうなんて!」
親分豚が、名残惜しそうに、自分の身にまとった女神シャツを見下ろす。
「悲しいでやんす!記念に取っておこうと思ってたでやんすのに……」
子分豚もしょんぼりと肩を落とし、女神シャツを惜しむのであった。
――深夜――
宴会で、とうもろこしを山ほど食べながら、豚達に揉みくちゃにされた男は、皆が寝静まった頃合いを見計らい、豚達を起こさないように、静かにその場を離れ、貸し出された部屋の机に向かう。窓から差し込む月明かりだけを頼りに、男は静かにスキルを行使する。
【女神の奴隷:育成ロードマップ:効果:共に鍛えたモノの、キャリアプランを可視化する:メモ:応援したい人がいるのは、良いことよ!無能な上司には無理ね】
脳内に浮かぶ、自分が帰還した後の、シュリや親子分達の鍛錬方法を、羽根ペンを用いて紙に一つ一つ丁寧に書きだしていく。
奴隷がいないことに気付いて、部屋を訪ねてきたシュリと子分豚は、扉の隙間から漏れる明かりに気づき、そっと中を覗き込んだ。ランタンの灯りの下、黙々と羽根ペンを走らせる男の背中を見て、二人は顔を見合わせる。
シュリは、口元に人差し指を立てると、子分豚を促し、そっと皆の元へ戻るのであった。
9/25(金)は9:10と21:10に投稿します。
21:10の投稿を以って、完結となります。




