第13話:上司へのタメ口は、NGです
「あら、私の奴隷……もとい執事は、豚に引かれたものの、無事そうで何よりだわ」
女神は、口元に小さな笑みを浮かべた。
黒ずくめ男は、無視されたことに苛立ちながらも、油断なく身構える。
「やれやれ、君は一体誰なんだ」
「あら、私は女神よ」
女神は、悪びれもせず、あっさりと名乗った。それを聞いた瞬間、男はスキルを発動しようと手を前に出すが、不発に終わる。空を切るような、あまりに呆気ない結果に、男の顔が驚愕に歪んだ。
「な!?スキルが使えないだと!貴様!俺になにをした!」
「うるさいわねぇ。私は何もしてないわよ」
女神は、興味なさげに耳をほじりながら、片手を軽く振る。走って逃げようとする男に、女神は手をかざし、気だるそうに告げた。
「はぁ……それでは、『最後の神判』にご案内」
そう言って、二人の姿は、光の粒子となって世界から消えた。
――
そこは、静かな部屋の一室。柔らかな光が満ちる、白を基調とした空間だった。
「あら、久しぶりね『セツナ』」
奥のソファに腰掛けていた女性が、ゆったりとした所作で振り返る。凛とした佇まいの、知性を感じさせる女神だった。
「お久しぶりです、アテナ様。討伐業務の報告と、今回の件の黒幕を捕獲しました。ボーナスをください」
セツナは、淡々とした口調ながらも、目だけはしっかりと訴えかけていた。
「まぁ、早急なこと。討伐業務お疲れ様。あの世界にダメージを与えず対処したことに、まずは感謝します。それに、黒幕の捕獲はお手柄よ」
アテナは、くすりと笑いながら答える。
「ありがとうございます。それより、なぜヴィーナス様もここにいるのでしょうか?しかも、カメラを構えて」
セツナが眉をひそめた視線の先には、意識を失っている黒ずくめの男に、興奮気味にカメラを向ける美の女神がいた。
ヴィーナスはカメラを『セツナ』に向けて、瞳を輝かせながら捲し立てる。
「だって、転生者の『最後の神判』なんて、滅多に見れないじゃない。これは配信するしかないのよ!」
「……アテナ様?」
セツナは、助けを求めるようにアテナへ視線を送った。
「安心しなさい。配信で得られる利益の50%は、あなたにくれるらしいわよ」
「ヴィーナス様、よくぞ来てくださりました!思う存分配信してください!」
セツナの掌返しがあまりに速く、アテナは思わず苦笑した。
「さすがセツナちゃん!物分かりが良くて助かるわ」
ヴィーナスとセツナは、がっしりと両手で握手を交わした。それを見てアテナは、相変わらず現金だなと、思いつつ、口を開く。
「ついでに、今回の『最後の神判』はヴィーナスに手伝ってもらう約束よ」
「うわぁ、それは同情しますね」
セツナは、握手した手をそのままに、あからさまに引いた顔をした。
「じゃあ被告人はまだ起きないですし、セツナ、なぜこいつを捕獲出来たのか、報告をお願い」
「分かりました。あ、ヴィーナス様。ここからは私の執事の『スキル』の話にもなりますので……」
セツナが言い淀むと、ヴィーナスは軽く手を振った。
「安心して。配信先の世界の『スキル』以外は乗せないのがルールよ。全てピーにするわ」
「ありがとうございます。では、収益も50パーセントいただけるとのことなので、V Tube用に衣装を変えますか?」
セツナの提案に、ヴィーナスの目がきらりと光った。
「いいわねぇ、セツナちゃん!そういうとこ好きよ。私に任せて」
そう言ってヴィーナスが指を鳴らすと、まばゆい光が二人を包んだ。光が収まると、セツナは眼鏡を掛けた、青いジャケットに赤い蝶ネクタイ姿に、そして、黒ずくめの男は、全身黒タイツに変化し、『犯人』というプラカードをかけられていた。
ヴィーナスはカメラを回しながら、テンションを無理やり上げる。
「さぁ、名探偵!謎解きの時間よ!」
「そうですね。では、簡単に犯人捕獲の経緯を説明します」
セツナは、眼鏡の位置をくいと直しながら、淡々と語り始めた。
「まず、私の執事は転移してすぐ、【女神の奴隷:社内兼務】を発動した後に、2つのスキルを行使しました。それは、
【女神の奴隷:ヒューマンエラー:効果:スキルの発動を隠蔽する:ヒューマンエラーって、こっちも把握できないから怖いのよ】
と
【女神の奴隷:36協定:効果:今いる世界以外からの自分への干渉をはね返すとともに、干渉者のスキルを使用不可状態にする※効果持続型:メモ:ルールは破ったら、一発アウトよ】
になります。
そして、犯人は執事のスキル発動に気づけず、憐れにもイノシシ討伐中に妨害をしようとし、カウンターを受けたのです。また、協定違反により、自分の隠蔽状態まで解除され、容易に捕獲することが出来ました」
これには、アテナもヴィーナスも驚きを隠せない。目を見合わせ、しばし沈黙してから、アテナが口を開いた。
「それは、凄いですね。スキルの使い方が何というか……」
「その人間、今度V Tubeに出演させましょうよ!」
ヴィーナスが身を乗り出すと、セツナはすかさず間に割って入った。
「『拡大解釈』の暴走の時点で、何者かの干渉は疑っていたのですが、このようなスキルを思いつくとは、想定外でしたよ。後、私の執事なので、V Tube出演はダメですよ」
きっぱりと言い切るセツナに、アテナは目を丸くする。
「あら、セツナちゃん、独占欲が強いわね」
からかうようなヴィーナスの言葉に、アテナがぴしゃりとたしなめた。
「ヴィーナス、そこはイジっては駄目ですよ。セツナは人から成ったのですから、ルールに反する可能性もあります」
「あ、そういうことね!ごめんねセツナちゃん。ここはカットするわ」
ヴィーナスは、しゅんとした様子でカメラを一旦下ろした。
「アテナ様、ヴィーナス様、お気づかい感謝します。以上が捕獲までの顛末となります」
「報告ありがとう、セツナ。もう、くつろいでいいわよ」
「承知しました」
そう言って、セツナは大きく伸びをしてから、ソファーに深く腰掛けた。
「それにしても、『犯人』は起きませんね。叩き起こしますか」
「まぁ待ちなさい。これが最後になるのだから、もう少し放っておきましょう」
アテナは、遠くを見るような目をしながら答えた。
「アテナ様がいいなら。では、起きるまで私は執事の様子でも見ております」
セツナはどこからかタブレットを取り出し、指先で画面をつつく。
「あら、あの変なスキルを考えた子ね!退屈だし、私も見るわ」
ヴィーナスが、するりとセツナの隣に腰を下ろした。
「あなたたち、『犯人』を放置して、何をしているの」
そう言いながら、アテナも、渋々といった様子でタブレットを覗き込むために移動した。
――タブレットの映像――
男は、目を開けると、自分を囲う泣きそうな目をした豚たちに驚き、二度寝をしようとしていた。




