第12話:重傷では、ありません
「定時退勤に向け、最短で終わらせていただきます」
男は、手をかざし、イノシシが動き出す前に、スキルを発動する。
【女神の奴隷:ハラスメントフェスティバル】
目に見えない鎖が、イノシシを地面に縛り付ける。理性を失ったイノシシは、ひたすら悪態だけを叫んだ。
「クソ、クソ!!」
続けて、
【女神の奴隷:降格処分:効果:敵の全能力を2段階下げる※2時間持続:メモ:一体何をやらかしたら、そんな目に遭うのか】
「これで、巨大化により傷を防ぐ事も困難だろう」
男は、見えない鎖から脱しようと暴れるイノシシに手を向け、新たなスキルを発動する。
【女神の奴隷:不適合:効果:敵のスキルを一つ封じる:メモ:不適切な者が、不適切にスキルを発動したのを、実際に確認した場合のみ使用可能】
「さぁ、これで暴走した『拡大解釈』も使えないな」
先ほどまでの猛々しさが嘘のように、イノシシの巨体から力が抜けていく。禍々しいオーラも、黒赤色の輝きを失い、霧のように霧散していった。もがくように暴れていた四肢が、力なく地面に落ちる。
血走っていた瞳に、一瞬だけ、正気の色が戻った気がした。
「……俺は、悪くない……」
か細い呟きが、風に溶けて消える。それが、大企業の御曹司として何不自由なく育ち、そして誰よりも孤独に死んでいった魂の、最後の言葉だった。
男は、その呟きに何も答えなかった。ただ静かに、両手で顔を挟むように、スキルを行使する。
「それでは、お疲れ様でした」
【女神の奴隷:板挟み】
「ブヒッ……!?」
圧迫されたイノシシの姿が崩れ落ちる間際、光の粒子の中から、こちらを馬鹿にしたような表情の男の魂が浮かび上がり、天へと昇ろうとして……
――男は指をピストルの形にし、スキルを発動した。
【女神の奴隷:レールガン(弱):効果:生命力の消費を抑えたレールガンの簡易版:メモ:決して、霊界探偵のパクリではない】
光の粒子は、霧散しながら、天に召されていった。
彼は、これまでのことを忘れ、NPCとして生まれ変わり、新たな主人公に救われるのを待つのだろう。
男は、仕事を終えたという疲労感を抱きながら、地べたに座り、そういえばどうやって帰るのだろうと考えていると――
――遠くから大きな地響きが聞こえてきた。
慌てて立ち上がり、臨戦態勢を取っていると、白豚を筆頭とした豚の群が押し寄せてきていた。
「奴隷様!大丈夫ですか!!」
「旦那ぁ!イノシシが天に昇っていくのが、見えたんで、ついつい来ちまいました!」
「来ちまいやんした!解放してくださった皆は、怪我一つ無かったでやんす!」
シュリ達は目の前で急停止したものの、後ろの豚達は、慣性の法則により止まれず、男は豚に引かれたのだった。
前世は車に、今世は豚に引かれて終わるのか。走馬灯のように、女神やシュリ、親子分豚との日々を思い出しながら、意識を失うのであった。
――同時刻、同世界のある場所――
「やはり、豚では女神の手下を倒す事は不可能だったか…。まぁいいさ。飴のデータは得られたし」
全身黒ずくめの男は、腹部からの出血を抑えながら、独白を続ける。
「やれやれ、しかし驚いたな。イノシシを倒そうとするあの男を妨害したつもりが、こんなしっぺ返しを食らうとは……」
そう言いながら、腹部を愛おしそうに撫でる。
「しかし、傷を負ったのは久々だな。彼が女ならば、俺のハーレムに加えてやってもよかったが……いずれ決着をつけよう。それまでは、平穏な日常でも精々楽しむがいいさ」
ポケットから青い石を天に向かい投げる。
「それでは、しばしのお別れだ」
そして、青い石は光り輝き、世界を繋ぐ効果を発揮するかと思われたが、
「残念。それは無理なのよね」
そんなやる気のない声とともに、石は砕かれた。
「誰だ!」
振り向いた先には、Tシャツを着た女神がいた。Tシャツには、『豚勝必勝』という文字と、トンカツのイラストがプリントされていた。
「本当に誰だよ!?」




