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ミナトとナツキとの関係は長い。
すぐ近所に住んでいて、小学校の登下校も一緒で、放課後は公園で遊んだり、どちらかの家でゲームをしたり。
ひとりっ子であるミナトからすると、一学年下のナツキはまるで妹のような存在で、互いに「ナツキちゃん」「ミナトくん」と呼び合っていた。当時のナツキはどちらかというと静かでおとなしい女の子という印象だった。……ただ、いま思えば、当時から少し変わった子ではあった気もする。
例えば、こども会の集まりで草むしりをしているときに、地面から抜いた雑草を「ミナトくん、見てこれ、ミキプルーンの苗木」と言って見せてきたり。教育テレビでスズメの歌が流れているときに、三羽揃ったあたりで牙をむいてきたり。
とは言え、当時のミナトにとっては一番の友達同士というほどではなかったので、彼が小学校を卒業して中学校に通うようになってからの一年間は、行動範囲がズレて会う頻度は減っていた。しかし別に避けていたとか、そういうわけではない。
同じ校区なので、自然、ナツキも一年遅れで同じ中学に入学してくる。
そうして中学の先輩後輩として再会したナツキは……なんというか、ウザい後輩キャラに変貌していた。
「あ、先輩! リコーダー持っとるけん次音楽やろ! ウチは体育!」
「お、おう。体操服着てるから分かるけども……」
はじめは休み時間に廊下ですれちがった時に話しかけてきて雑談を交わすくらいだった。それがだんだんエスカレートしてきて、しまいには部活をサボってまでおしゃべりに来るようになっていた。
ミナトは料理研究会に所属しているのだが、運動部と比べて雰囲気がゆるいため幽霊部員が多い。ミナトひとりで黙々と活動に取り組むという日もめずらしくない。そのため、ナツキが自分に会いにきてくれること自体、悪い気はしない。
それにしても、小学校の頃の彼女は「ミナトくん」と呼んできてたのに、中学校からはなぜか「先輩」と呼ぶようになったのがなんだかむず痒い。“センパイ”という語感がなにかナツキの琴線にふれるのだろうか。
実際の距離感としては、遠のくどころかむしろ向こうからズケズケと接近してくるようなことが多い。
本人としては、線を引くつもりで「先輩」呼びしているのではなく、単に先輩後輩というロールプレイを面白がっているような節がある。それがときおり仰々しく聞こえて、どうも面映い。
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ミナトは昔から、ナツキが特殊な能力を持っていることを、うすうす察してはいた。
のちの彼女曰く、それは『物に擬態する能力』なのだそうだ。
例えば、身にまとっている衣服に身体を溶け込ませて融合することで、その衣服そのものに“擬態”することができ、そしてその衣服に化けた姿のままで自由自在に動き回ることができる。
明確な時期などは覚えていないが、その能力の存在に気づいたときにはすでに非常に仲良くなっていたはずだ。
身体を変化させるというのは本人にとっては生理現象の一環のような、デリケートなものであるらしい。いくら仲良し同士でも、小学校時代にナツキがその能力を発揮しているところをミナトはほとんど見たことがなかった。
それがどういう吹き回しか、中学の先輩後輩という間柄へと関係が再構築されるにつれ、まるで変身した姿を見てもらおうとするかのように、ナツキは能力を使ってミナトをからかってくるようになった。
お互いいよいよ思春期真っ盛りという年ごろなので、ミナト自身ですらなんだか不思議な関係性だなと時に思う。
◇
部活後に帰り道が一緒になることもめずらしくない。
小学生の頃はミナトやナツキに限らず、同級生は皆流行りの漫画やアニメやゲームの話ばかりしてワイワイやっていた気がするのに、中学生になるとそれぞれに趣味を見つけては気の合う同士で仲良くすることの方が増えたように思う。
最初どのようにその話題になったかは覚えていないが、気づけばミナトとナツキはよく音楽の話をするようになっていた。
スピッツの『青い車』や『夏の魔物』、andymoriの『CITY LIGHTS』や『投げKISSをあげるよ』の歌詞について語り合ったときなどは、ふたり自転車を押して歩いて帰ったものだった。
◇
互いの感性が分かってくると、込み入った相談もしやすい。
梅雨のある日、国道沿いのジョイフルで雨宿りをしていたときのこと。
雨粒が大きなガラス窓を伝い落ちていく窓際の席で、プールの授業の話か、それとも林間学校の話からの流れだったか。
ドリンクバーで錬成したどどめ色の液体をかき混ぜながら、「実はワキガが気になっとるっちゃんね」とナツキはそれとない口調で打ち明けてきた。
紅茶にクリームの渦をつくりながら「身近にそういうニオイの人がおるん?」とミナトが尋ねてみると、「んーん、ウチがそうっちゃん」と返ってきた。はて、とミナトは首を傾げた。
てっきりここにいない誰かの体臭に困っているという話かと思いきや、ナツキ自身がそういう体質であることに悩んでいるのだという。
ミナトからすると、むしろナツキからはいつも良い匂いがするという印象の方が強かった。
甘ったるい、ミルクのような匂い。
それも洗剤か柔軟剤の匂いかと思っていた。
そう伝えると、まさにそれが気になっている体臭なのだと彼女は言う。
人間の嗅覚にもさまざまな傾向や波があって、人それぞれに『この匂いはどうしても苦手』ということもあれば、『いつもは大丈夫だけど、今日はなんか無理』というのがあるらしい。
そう打ち明けられたうえで改めて考えると、たしかにミナトにも心当たりが全くないではなかった。自分だって常に体調が優れているわけではないし、疲れている時は妙に五感が過敏になって、他人の匂いが気になるときもある。
打ち明けられた直後の第一感では、ミナトは「特に気にする必要はないんじゃないか」と言ってしまおうと思っていた。
でも、もしかしたら自分がナツキのそれを良い匂いだと感じることが多いのは彼女が日々コンディショニングを頑張っている結果なのかもしれないし、それでもなお彼女のその匂いを苦手だと感じる人も彼女の身近には存在するのかもしれない。
多分、自分はこの話題に正解を提示することはできない。そうミナトは思った。
自分は、ナツキはいつも良い匂いがすると思っている。
それだけを伝えた。
なんとなーく話題を変えたくなって、自分が好きなフジファブリックのアルバム曲をナツキに教えてやることにした。
巷でよく流れているシングル曲と比べると、実は変わった歌詞のものが多い。
チョイスがあまりにマニアック過ぎたためか、スマホで検索しながら、ときおり眉根に皺を寄せつつも、呆れまじりではあるがナツキはようやく笑顔を見せてくれた。
その流れでイヤホンを分け合ってYouTubeでPVを見て回った。
『陽炎』の歌詞につられて、ふと、窓の外に目が向いた。
情景と示し合わせたように、曲が切り替わる。
虹が。
薄煙のような散り散りの雲だけを余韻に、大きな虹がかかっていた。
ガラスの向こう側に、こちら側に、夏が映っていた。




