第54話 降伏勧告
一、此度の兵は、徳川家そのものを滅ぼすために起こしたものにあらず。
一、武田が求むるは、ただ徳川家康一人の首のみ。
一、家康自ら腹を切るもよし、あるいは家臣が討ち取り首級を差し出すもよし。
一、家康の首が武田へ届けられたならば、武田はただちに兵を退き、徳川の家名・領地・家臣・領民に一切手を触れぬことを約す。
一、もしこれを拒み、なお兵を挙げるならば、武田は徳川を敵と定め、城一つ、村一つ残さず攻め滅ぼす。
武田晴信
◆
浜松城。
本丸の一室には重苦しい空気が流れていた。
武田よりの使者は既に城を去っている。
畳の上には、丁寧に認められた降伏勧告が置かれていた。
酒井忠次が静かに読み上げる。
「……以上にございます。」
読み終えると、部屋は静まり返った。
誰も口を開かない。
あまりにも明快。
あまりにも残酷な条件だった。
家康は書状を手に取り、最後まで目を通す。
やがて畳へ置くと、小さく笑った。
「信玄殿らしい。余計な飾りがない。」
本多忠勝が拳を握る。
「御屋形様。このような戯れ言、お聞き入れになる必要はございませぬ。」
榊原康政も頷く。
「左様。徳川武士に、主を売る者など一人としておりますまい。」
酒井忠次は書状を見つめたまま呟く。
「……されど、民は揺れましょうな。武田は家康様一人で済むと言うております。
領民の耳に入れば、『殿一人で皆が助かるなら』と考える者が出ぬとは申せませぬ。」
その言葉に、家臣たちの表情が曇る。
家康は静かに頷いた。
「そこまで読んで、この書状を寄越したのであろう。人の心を折ることもまた、戦よ。」
忠勝が一歩前へ出る。
「ならば、なおさら戦うのみ。我らがお守りいたします。」
家康は忠勝を見て微笑んだ。
「頼もしい。」
その時。
廊下を小走りに駆ける足音が近づいてくる。
障子が勢いよく開き、綾が姿を現した。
「父上!」
部屋の重苦しい空気を感じ取ったのか、綾は家臣たちを見回す。
「何か、あったのでございますか。」
家康は書状を静かに畳み、袖へ納めた。
「案ずるな。少々、武田から面白くない文が届いただけよ。」
綾は家康の顔をじっと見つめる。
その笑顔が、いつもより少しだけ無理をしていることに気付いていた。
「父上。お願いがございます。」
家康は綾を見る。
「申してみよ。」
綾は迷いなく頭を下げた。
「私を戦場へお連れください。」
その言葉に、部屋の空気が凍り付く。
家康は間を置かず答えた。
「ならぬ。」
「ですが!」
「ならぬ。」
重ねた一言に、綾は言葉を詰まらせる。
「私は忠勝殿にご指導いただきました。武芸も以前とは比べものになりませぬ。皆様のお役に立てます。」
「それでも、ならぬ。」
家康は静かに首を振る。
「武芸の優劣ではない。戦場とは、人が死ぬ場所よ。」
綾は顔を上げた。
「しかし、武田は父上のお命を狙っております!ならば尚更、私が父上を――」
「綾。」
家康の声は穏やかだった。
だが、それ以上言わせぬ響きがあった。
「儂はお前を失いたくない。」
綾は唇を噛み締める。
その姿を見た家康は、胸の内で苦笑した。
(まだ二月。生まれて、たった二月なのだ。)
人の身ならざる成長を遂げ、忠勝すら舌を巻く武芸を身につけた。
それでも家康にとって綾は、あの日、卵から生まれたばかりの幼子だった。
沈黙を破ったのは忠勝である。
「恐れながら。」
家康は視線を向けた。
「何だ。」
「前線へ出すことには某も賛成いたしかねます。なれば、本陣近くにお控えいただくのであればいかがでしょう。御屋形様の御警護としてお傍に置くのです。」
家康は黙した。
それが最も理に適っていることは分かる。
万一、本陣まで敵が迫るようであれば、その時点で綾を隠している余裕などない。
ならば最初から傍に置いた方がよい。
しかし。
戦へ連れて行く。
その一線だけは越えたくなかった。
しばらく考えた末、家康は静かに口を開く。
「……綾。」
「はい。」
「前へは出さぬ。儂の傍を離れることも許さぬ。それでもよいなら、同行を許す。」
綾の表情がぱっと明るくなった。
「はい!ありがとうございます、父上!」
その笑顔を見て、家康は小さく息を吐く。
「勝手に飛び出せば、その時は二度と戦場へは連れて行かぬ。」
綾は背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
「必ず、お約束いたします。」
決戦の時は刻一刻と迫っていた。
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武田軍は現代兵器を駆使し、徳川本陣へ爆装ドローンによる空襲を敢行。空を裂く死の兵器に対し、片鱗を見せる龍の娘。轟音と爆炎が戦場を飲み込む。
次回「斬首作戦」
人の知恵と異能が、乱世の空で激突する。
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