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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第53話 侵略すること火の如く

 馬を飛ばし続け、ようやく浜松城へ帰還した頃には、日は大きく傾いていた。


 家康は休む間もなく本丸へ入り、そのまま軍議の間へ向かう。

 忠勝をはじめ、酒井忠次、榊原康政ら重臣も次々と集まり始める。


 皆の顔には疲労が色濃く浮かんでいた。

 それでも誰一人として弱音は吐かない。


 武田信玄。

 その名だけで、この場の空気は十分すぎるほど張り詰めていた。


 家康は上座に腰を下ろす。


「まず現状を――」


 言いかけた、その時だった。


 廊下を駆ける足音。

 勢いよく障子が開かれる。


「申し上げます!」


 砂埃にまみれた伝令が、その場へ崩れるように膝をついた。

 肩で息をしながら、必死に声を絞り出す。


「二俣城《ふたまたじょう》!二俣城、落城いたしました!」


 軍議の間から音が消えた。


「……何。」


 家康が低く問う。


「ま、間違いございませぬ!武田勢、突如として城門へ殺到!」

「空より火が降り!鉄砲は雨のように鳴り響き!物見櫓は次々と吹き飛ばされ!」

「半日も保たず……城は落ちました!」


 誰も口を開けない。

 酒井忠次が思わず声を漏らす。


「半日……だと。あり得ぬ。」


 半日で城が落ちるなど。


 城攻めは通常なら一から三月はかかるものである。 

 どれだけ早くとも数日。


 榊原康政も信じられないという表情で伝令を見る。


「城方は何をしていた。」


「応戦いたしました!しかし敵は止まりませぬ!」

「我らの鉄砲が一度撃ち終える間に、敵は何度も撃ち返してまいります!」

「さらに、見たこともない飛ぶ絡繰が城内へ火を落とし……」


 伝令は震える拳を畳へついた。


「もはや、人の戦ではございませぬ……。」


 重苦しい沈黙が落ちる。


 二俣城。

 浜松城防衛の要。


 二俣城は天竜川と二俣川の合流点を押さえる堅城であり、甲斐から遠江へ兵を進める者は、まずこの城を避けては通れない。


 そして二俣城を越えれば、その先に広がるのが徳川家康の本拠・浜松城である。


 すなわち二俣城とは、浜松城を守る盾。

 浜松城とは、三河へ至る門。


 この二つを失えば、徳川領の奥深くまで武田軍を迎え入れることとなる。

 さらにその西には三河国。


 岡崎城を中心とする徳川家の本来の地盤が広がり、その先でようやく尾張、美濃の織田領へと続く。


 武田が織田へ至ろうとするならば、徳川領は避けて通れぬ。

 逆に織田が徳川を救おうとするならば、尾張から三河を経て浜松へ兵を送らねばならない。


 武田、徳川、織田。

 三者は一直線に並び、その中央に徳川が位置していた。


 ゆえに、この二俣城の攻防は、一城の勝ち負けでは終わらない。


 武田がここを奪えば、浜松は武田の軍勢を直接迎え撃つほかなくなる。

 徳川がここを守り抜けば、織田からの援軍が到着する時間を稼ぐことができる。


 遠江の命運は、この一城に懸かっていた。

 その城が半日で失われた。


 家康は静かに目を閉じる。

 信長との祝宴で聞いた言葉が脳裏をよぎる。


 ――魔法少女。


 ――人形師。


 いや。

 今回の敵は、それとは違う。

 武田そのものが、まるで別の軍へ生まれ変わっている。


 家康はゆっくりと目を開いた。


「……皆。」


 静かな一言だけで、家臣たちの視線が集まる。


「どうやら。甲斐の虎とは思っていた以上の相手らしい。」


 その声音に動揺はない。

 だが、居並ぶ重臣たちは皆理解した。


 これまで知る武田軍は、もう存在しないのだと。



 ◆


 冬の冷気が二俣城を包んでいた。

 戦は、あまりにも短かった。


 城門は爆ぜ飛び、櫓は半ば崩れ落ち、黒く焼け焦げた木材からはなお細い煙が立ち上っている。


 武田の兵たちは静かに城内を巡り、生存者の確認と負傷者の手当てを進めていた。

 信玄は馬を降りる。


 山県昌景、馬場信春、内藤昌豊、高坂昌信、そしてミシェルも後に続いた。

 信玄は崩れた城門を見上げ、小さく頷く。


「……半日。」


 誰に言うでもない独り言だった。

 山県が一礼する。


「城方は最後まで抵抗いたしました。されど、鉄砲隊の制圧があまりにも早く。反撃を組み立てる暇を与えませなんだ。」


 信玄は黙って城内を歩く。

 壁には無数の銃痕。


 櫓には爆薬による焼け焦げ。

 武田兵ですら、それらを物珍しそうに眺めている。


 ミシェルは空を見上げた。

 偵察を終えた小型の飛行機械、戦闘用ドローンがゆっくりと帰還してくる。

 兵が慎重に受け止め、損傷を確認していた。


「損失は。」


 信玄が問う。

 高坂が書付を広げる。


「飛行機械三基喪失。」

「鉄の車一台、小破。走行には支障無し。」

「鉄砲二十七挺損傷。」

「武田方死者、六。」

「負傷十三。」


 信玄は静かに目を閉じた。

 死者六人。

 城攻めとしては圧倒的に少ない。


 馬場が低く言う。


「このような戦は見たことがございませぬ。」


 山県も頷く。


「鉄砲隊が城方を押さえ込み、飛行機械が櫓と物見を潰す。兵が城門へ取り付く頃には、敵は既に反撃の形を失っておりました。これでは城方も持ち堪えられませぬ。」


 信玄は崩れた石垣へ目を向ける。


「これが未来の戦か。」


 ミシェルは首を横に振る。


「いいえ。これは未来でも、ほんの入口ですわ。」


 その言葉に、武田の重臣たちは思わず息を呑んだ。


「十分だ。」


 信玄だけは笑う。


「入口でこれなら。奥は見ぬ方が幸せやもしれぬ。」


 一同から小さな笑いが漏れる。

 その時、物見の兵が駆け寄った。


「申し上げます!浜松への使者、予定通り出立いたしました!」


 信玄は馬へ乗り直す。


「二俣は落ちた。次は家康よ。」


 軍配が静かに西を指した。

 武田の軍勢は、再び進軍を開始した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「家康一人の首を差し出せば、徳川には指一本触れぬ。」――武田信玄が突き付けた降伏勧告は、兵だけでなく人の心をも揺さぶる策だった。重苦しい軍議の中、龍の娘・綾は父を守るため戦場への同行を願い出る。親としての情と、大名としての責務。その狭間で家康が下した決断とは。


 次回「降伏勧告」

 刃より鋭い一通の書が、戦の幕を開ける。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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