第51話 急報
踊り終えた綾が一礼すると、大広間は惜しみない拍手に包まれた。
ククリは真っ先に駆け寄る。
「いやぁ! ナイスダンス! やるねぇ!」
綾は首を傾げた。
「な、ないす……?」
「“いい踊りだった!“って意味!」
綾の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。」
ククリは笑いながら綾の肩を軽く叩いた。
「あんた名前は?」
「徳川綾、と申します。」
「綾ね。あたしは沢渡ククリ、よろしく!」
ククリはぐるりと綾を見回す。
「……その鱗なに?オシャレ?」
「これは、生まれつき生えていたものにございます。」
「へぇ。」
「父上、徳川家康様がこの鱗が『綾織の絹のようだ』と、名付けてくださったのが我が『綾』という名前の由来でございます。」
ククリは特に深く考える様子もなく頷いた。
「まぁ、そんな事もあるか。」
そのやり取りを聞いていた長秀は、思わず眉をひそめる。
(父上、だと?)
現在の徳川家康は正室の築山殿(瀬名姫)。
その子、信康。及び亀姫。
他に子が出来たなら知らせがあるはずである。
しかも、見た目は少なくとも十は超えている。
この年頃の娘をここまで隠し通していた?
であるなら今なぜ衆目に晒した?
長秀の思案をよそに、ククリと綾は交流を深めていた。
「ククリ殿は、一体どうやってその人形を動かしているのですか?」
「どうやってって言われると困るんだよねー。魔法よ魔法。」
「まほー、でございますか?」
「まぁまぁそんなことはいいから。ご飯食べよご飯。好きなもの何?」
「遠江で獲れたうなぎをよく食べます!」
「う、うなぎだとォ!?良いじゃん……ブルジョワジー……」
「ぶ、ぶるじょ?」
脇で交わされるのどかなやり取りを聞いて長秀は毒気が抜かれた。
幼な子同士の無邪気なやり取り。
正直なところ、この徳川綾なる娘には聞きたいことが山ほどあるが。
(邪魔すべきでは無いな。)
長秀は微笑みながら、盃を僅かに傾けた。
その時、一人の武将が静かに歩み寄ってきた。
堂々たる体躯に、一分の隙もない。
武人そのものといった風格だった。
「徳川家臣、本多平八郎忠勝にございます。」
男は長秀の前で一礼する。
「織田家臣、丹羽五郎左衛門長秀。お初にお目に掛かる。」
長秀も姿勢を正した。
「かねてよりご高名は伺っております。」
忠勝が静かに言う。
長秀も小さく頷いた。
「徳川四天王、三河一の猛将からそう言われるとは、光栄ですな。」
互いに短く礼を交わす。
武辺者同士らしい、無駄のない挨拶だった。
長秀は自然と綾へ視線を向ける。
「一つ、お尋ねしても。」
「何なりと。」
「あの綾殿とは、いかなる御方で?家康殿のご息女であるとのことだが。」
忠勝は隠し立てする様子もなく答えた。
「卵より生まれました。」
「…………。」
長秀は一瞬、聞き間違えたかと思った。
「……は。」
思わず声が漏れた。
聞き間違いではないかと思ったが、忠勝の表情は至って真剣である。
「卵、と申されたか。」
「左様。二月ほど前、家康様の前に突如現れた卵にございます。
その殻を破り、生まれ出たのが綾様でした。」
長秀は思わず綾を見る。
ククリと談笑する姿は、ごく普通の少女そのものだ。
(卵から生まれた、だと。)
ここ数月で常識はいくらでも覆された。
しかし、人が卵から生まれるなど聞いたこともない。
「では、あの鱗は。」
忠勝は頷いた。
「生まれつきにございます。城中の医師にも診せましたが、病ではなく身体の一部であるとの見立てでした。」
長秀は目を細める。
「……ん?二月ほど前に、ということは齢は……」
「当然、一年にも満ちませぬ。」
長秀は言葉を失った。
「二月で、あの姿に。」
「左様。日ごとに背が伸び、日ごとに力が増しております。」
忠勝の口調は淡々としている。
だからこそ、その異常さが際立つ。
「武芸もまた同じです。教えたことは一度で覚えます。」
しかし忠勝の表情は穏やかであり、その言葉尻からは誇らしさすら感じられる。
「昨日できなかったことが、今日はできる。今日苦戦した相手に、明日は勝つ。その繰り返しにございます。」
忠勝は綾へ穏やかな視線を向けた。
「正直に申し上げれば。一年も致しましたら、某では勝てませぬ。」
長秀は静かに息を呑む。
(あの本多忠勝が。己の敗北を当然のように口にするとは。)
誇張ではあるまい。
この男は武勇を誇るより、事実を述べる性質に見える。
ならば、綾の成長は本物だ。
長秀は改めて二人の少女を見る。
一人は土から兵を生み出す魔法少女。
一人は卵より生まれ、龍の如く育つ少女。
(……魔法少女、ではない?)
人とも違う。
魔法少女とも違う。
また別の何か。
そう考え始めた、その時だった。
大広間の入口が勢いよく開く。
「申し上げます!」
鎧姿の伝令が膝をつき、大声を張り上げた。
先ほどまで賑わっていた宴席が、一瞬にして静まり返った。
伝令は平伏したまま声を張り上げた。
「至急、徳川家康様へお伝えすべき儀にございます!」
大広間の視線が一斉に家康へ集まる。
家康は静かに頷いた。
「構わぬ。ここで申せ。」
伝令は一瞬ためらったが、やがて腹を決める。
「はっ!三河に潜ませております密偵より急報!
武田勢、大規模な兵糧の集積を確認!」
その言葉に、徳川方に緊張が走る。
「国境付近に兵の集結も相次ぎ、挙兵間近との報せにございます!」
宴席から笑い声が消えた。
盃を持つ手が止まり、家臣たちの顔つきが一変する。
信長は即座に立ち上がる。
「祝宴はここまでだ。皆、軍議の支度をせよ。」
「はっ!」
織田の家臣たちも一斉に動き出す。
家康も席を立った。
「信長殿。せっかくのお祝いの席を、このような形で中断すること、お許しくだされ。」
信長は首を振る。
「気にするな。相手は甲斐の虎だ。祝いなど、また勝ってから開けばよい。」
その一言に家康も力強く頷いた。
「ありがたきお言葉。」
信長は長秀へ目を向ける。
「直ちに兵を整えよ。徳川へ援軍を送る。」
「はっ。」
長秀は深く一礼した。
家康も頭を下げる。
「この御恩、徳川忘れませぬ。」
信長はさらに続ける。
「ククリも向かわせよう。噂の真偽、その目で見極めるといい。」
その言葉に、家康は一歩前へ出た。
「……そのお申し出のみは、ご辞退申し上げます。」
信長は家康を見つめる。
家康は僅かに笑みを浮かべた。
「徳川には、徳川の戦がございます。ククリ殿のお力を借りるには及びませぬ。」
それ以上は語らなかった。
信長もまた、それ以上は問わない。
「……そうか。ならば援軍のみ送る。」
「かたじけなく。」
家康は再び頭を下げた。
そのやり取りを見ていた長秀は、静かに息を吐く。
(家康殿。見事な断り方よ。)
徳川の面子。
織田との同盟。
そして何より、沢渡ククリという存在。
援軍までならよい、だが。
あれほどの力を借りて武田を退ければ、世はどう見るか。
──徳川は織田に守られている。
──いや、人形師に守られている。
その噂は瞬く間に諸国へ広がるだろう。
徳川の威は落ち。
織田への恩は積み重なる。
同盟とは、互いに並び立つからこそ意味がある。
一方が寄り掛かるように見られれば、それはもはや同盟ではない。
従属に他ならぬ。
(信長様もそこまで分かっておられる。)
だからこそ、深く追及はしなかった。
長秀は二人の大名を見比べる。
先ほどまで少女たちの踊りに沸いていた宴席は消え失せていた。
残っているのは、乱世を治める者たちの静かな駆け引きだけだった。
慌ただしく宴席の片付けが始まる中、綾は静かにククリのもとへ歩み寄った。
深く一礼する。
「ククリ殿。」
「ん?」
「本日は、誠にありがとうございました。踊りをご一緒できましたこと、大変光栄にございました。」
綾は少しだけ目を伏せる。
「……もしかすると。これが最後となるやもしれませぬ。」
その顔には悲痛な決意と覚悟が目にとれた。
「ですので。とても、楽しゅうございました。」
ククリは一瞬だけ綾を見つめる。
そして、けらけらと笑った。
「いーや。ならないならない。」
綾はきょとんとする。
「え?」
「また会うよ。」
あっさりと言い切る。
「お前なら普通に生き残るから。だから、そんな最後みたいな顔すんなって。」
綾は目を丸くした。
「……そのように、言い切られるのですか。」
「うん。何となくだけど。」
ククリは親指を立てる。
「次会う時は、もっと面白い踊り考えといてよ。私も新作考えとくからさ。」
綾の表情が、少しずつほころんでいく。
「はい。約束にございます。」
「うん。約束。」
二人は軽く拳を合わせる。
戦を前にした別れとは思えぬほど、気楽で素朴な約束だった。
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武田信玄は未来の医術を受け入れる決断を下す。しかし、その前に成すべきことがある。歴史の勝者・徳川家康を、この時代で討ち滅ぼすこと。現代兵器と未来の知識で武装した甲斐は、三河制圧を選択した。戦国の常識を覆す"新生赤備え"が、ついに動き出す。
次回「ぶりっつくりーく」
戦国最速、その雷鳴はまだ誰も知らない。
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