第4話 いざ岐阜
三日後。
岐阜より返書が届いた。
長秀は内容を読んだ瞬間、小さく息を吐いた。
予想通りだった。
主君は興味を持った。
あの織田信長が「奇怪な娘」と聞いて無関心でいられるはずがない。
返書は短い。
実に信長らしい。
⸻
其女見度候
(その娘を見たい。)
早々連参候へ
(早く連れて来い。)
⸻
それだけだった。
長秀は書状を畳み、机へ置く。
窓の外では朝日が昇り始めていた。
長秀が外へ出る。
そして眉間を押さえた。
五体の木人が並んでいた。
全員が四つん這いになっている。
横一列。
まるで板を並べたような状態だ。
その上にククリが寝転がっていた。
腕を枕にし、空を見上げている。
「何をしておる。」
「移動準備。」
「そうは見えん。」
「移動できるよ。」
木人たちが一斉に腕を起こす。
四つん這いのまま歩き始める。
五体が完全に歩調を合わせている。
その上でククリはのんびり寝転がっている。
まるで寝台そのものが移動しているようだった。
長秀は呆れた。
「馬は。」
「乗れない。」
「練習すればよい。」
「面倒。」
即答だった。
馬は憧れの対象である。
武士にとって重要な技術でもある。
だがククリには全く興味がないらしい。
「好きにしろ。」
「やった。」
そう言いながら、本人は既に寝転がったままだった。
城門前には供回りの兵たちも集まっている。
皆、一様に妙な顔をしていた。
無理もない。
城主は馬。
供回りも馬。
だが中央を進むのは五体の木人で作られた移動寝台。
その上で少女が昼寝をしている。
誰が想像できるだろう。
長秀は馬に跨る。
供回りも続く。
出発の準備が整った。
「行くぞ。」
号令と共に城門が開く。
朝の光が差し込む。
一行は街道へ出た。
琵琶湖から吹く風が涼しい。
秋口に差し掛かる近江は過ごしやすい季節だった。
しばらく進んだところで、後ろから声がする。
「長秀さん。」
長秀は振り返る。
ククリは相変わらず寝転がっている。
人形たちだけが黙々と歩いていた。
「何だ。」
「信長ってどんな人?」
長秀は少し考えた。
主君を説明する言葉はいくらでもある。
だが一言で語るのは難しい。
「怖い人?」
ククリが聞く。
「怖い。」
長秀は頷いた。
「優しい人?」
「優しくはない。」
「悪い人?」
「悪くもない。」
ククリは首を傾げた。
長秀は前を向く。
街道の先には岐阜への道が続いている。
「殿は。」
言葉を選ぶ。
「働く者には報いる。」
ククリは黙って聞いていた。
「身分に拘らぬ。」
長秀は続ける。
「武士であろうが町人であろうが僧であろうが、有用なら取り立てる。」
それは長秀自身が何度も見てきたことだった。
「だが怠る者は好まぬ。」
「ふーん。」
「裏切りも許さぬ。」
「それは普通じゃない?」
「そうかもしれん。」
長秀は少し笑った。
「ただし。」
「ただし?」
「誰にも似ておらぬ御方だ。」
ククリは空を見上げる。
「長秀さんでもそう思うんだ。」
「思う。」
即答だった。
信長を知る者ほどそう思う。
敵も。
味方も。
誰もあの男を完全には理解できない。
だからこそ人は集まり、同時に恐れる。
「じゃあさ。」
ククリが身を起こした。
「私の話信じるかな。」
長秀は少し考えた。
未来から来た。
魔法少女。
動く木人。
常人なら笑い飛ばす。
だが。
「信じるかどうかは分からん。」
正直に答える。
「だが。」
「だが?」
「面白がるとは思う。」
ククリは笑った。
未来人を名乗る少女。
動く人形。
未来の知識。
そんなものを見れば。
主君はまず間違いなく興味を示す。
その後どうなるかは分からない。
だが無視はしない。
それだけは断言できた。
長秀は前方を見る。
岐阜はまだ遠い。
だが既に、信長とククリが顔を合わせた時の光景を想像していた。
それが良い結果になるか悪い結果になるか。
その答えだけは長秀にも分からなかった。
「それと、ククリ。」
「んー?」
「いい加減に、信長『様』と呼べ。」
「あー、やっぱダメ?」
「駄目だ。絶対に。」
「はいはい。信長様ね。信長様。」
もう何度目かも分からない溜め息を吐き、長秀は岐阜へ向かう。
旧稲葉山城、現在は信長の居城である岐阜城。
天下布武を掲げる我が主君、織田上総介信長の元へ。
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長秀に伴われ、ククリはついに岐阜へ到着する。人と物が行き交う賑やかな城下町は、戦国の世とは思えぬ活気に満ちていた。その繁栄の中心には、金華山にそびえる岐阜城。そして、その城には未来人の少女が会いたいと願い続けた男――織田信長が待っている。
次回「岐阜城下」
歴史の中心へ、一歩ずつ近づいていく。
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