第3話 信長に会いに行こう
「信長に会わせて。」
昼食を終えた直後のことだった。
長秀は思わず箸を止めた。
対面に座るククリは焼き鮎を食べ終えたところである。
周囲に控える家臣たちも一斉に固まった。
しばし沈黙。
そして長秀はゆっくり口を開いた。
「何と言った。」
「信長。」
ククリは当然のように続ける。
「会いたい。」
長秀は額を押さえた。
予想はしていた。
していたが、本当に言うとは思わなかった。
「お主な。」
「なに。」
「会いたいと言って会える相手ではない。」
「長秀さんの主人なんでしょ?」
「いかにも。」
「じゃあ一番偉い人じゃん。」
「そうだ。」
「だから会いたい。」
理屈としては通っている。
通っているが、だから困る。
長秀は深く息を吐いた。
織田信長。
織田上総介信長。
尾張・美濃を治める主君。
近年は畿内へ勢力を伸ばし、将軍足利義昭を奉じて上洛を果たした。
しかし天下人ではない。
まだその途上だ。
周囲には敵が山ほどいる。
浅井。
朝倉。
本願寺。
六角。
比叡山。
信長の一日は戦と政務で埋まっている。
その信長へ、
「会いたい。」
と言う娘。
しかも理由は、
「聞きたいことがある。」
程度なのだろう。
長秀は容易に想像できた。
「信長様は忙しい。」
「ふーん。」
「今も戦の準備に追われておられる。」
「へー。」
反応が薄い。
まるで近所の商人の話でも聞いているようだった。
「お主、信長様がどういう御方か分かっておるのか。」
「有名な人。」
「それだけか。」
「あと教科書に載ってた。」
またその言葉だ。
教科書。
未来の書物らしいことは分かる。
だが具体的には何も分からない。
「お主は信長様を知っておる。」
長秀は言う。
「だが信長様はお主を知らぬ。」
「そりゃそうでしょ。」
「ではなぜ会えると思った。」
「会えないの?」
長秀は呆れた。
武家社会において面会とは身分で決まる。
まして主君だ。
長秀ですら毎日会えるわけではない。
必要があって初めて対面する。
「会わせろと言われて会わせられる相手なら苦労せぬ。」
「じゃあ無理?」
「無理だ。」
即答した。
ククリは少し考える。
そして。
「じゃあ信長に聞いて。」
長秀は思わず笑いそうになった。
理屈としては正しい。
正しいが。
「信長様へ何と申し上げる。」
「未来から来た女の子がいます。」
「却下だ。」
「なんで。」
「信じるものか。」
ククリはむぅ、と唇を尖らせ腕を組む。
その横で木人が同じように腕を組む。
最近気付いたが、人形たちは時折ククリの真似をする。
理由は分からない。
考えたくもない。
「では聞く。」
長秀は姿勢を正した。
「お主が信長様に会って何をする。」
「分かんない。」
「分からぬのか。」
「いやだって信長だよ?一回は会ってみたいじゃんね?タイムスリップしたんならこんなイベントは逃せないでしょ。」
長秀は頭痛を覚えた。
この娘は何かを企んでいるわけではない。
だから余計に扱いに困る。
例えば敵方の間者なら分かりやすい。
捕らえる。
尋問する。
処断する。
だがククリは違う。
害意がない。
少なくとも今のところは。
そして人形の力は本物だ。
長秀自身が身をもって知っている。
兵では勝てない。
自分でも勝てない。
ならば放置もできない。
「ククリ。」
「ん?」
「お主は後の世を知っているのだな。」
「ざっくり。」
「信長様のことも。」
「まぁ。」
「ならば。」
長秀はそこで言葉を切った。
信長ならどうするか。
その答えはある程度予想できる。
主君は変わり者だ。
常人が恐れるものに興味を示す。
南蛮人もそうだった。
新しい鉄砲もそうだった。
未知の知識もおそらくはそうだろう。
そして「魔法少女」なるものも、そうなるだろう。
目の前の娘は。
間違いなく未知である。
「会わせるとは言わぬ。」
「お。」
「だが報告はする。」
ククリが顔を上げる。
「ほんと?」
「返事が来ればだ。」
「やった。」
木人たちまで万歳した。
長秀はそれを見て再び頭痛を覚えた。
その日の夜。
執務室。
長秀は筆を取っていた。
蝋燭の灯りが机を照らす。
何度も書き直した。
どう書いても奇妙になる。
それでも報告しないわけにはいかなかった。
やがて一通の書状が完成する。
長秀は最後に文面を見返した。
⸻
一筆申上候。
(ご報告申し上げます。)
佐和山ニ而、奇怪成女子一人召置候。
(佐和山にて、奇妙な娘を一人保護しております。)
年若ニ候得共、木人共ヲ自在ニ遣ヒ、城兵共十余人取押候。
(年若い者ですが、人形を自在に操り、城兵十数人を取り押さえました。)
拙者自ラ見届候処、尋常之業ニ無之候。
(私自身が確認しましたが、その技は尋常のものではありません。)
女子申候ハ、後ノ世ヨリ参候由。
(本人は未来から来たと申しております。)
又、御屋形様之御名ヲ存候。
(また、信長様のお名前を知っております。)
妄言共可有之候得共、其業ハ紛無御座候。
(妄言の可能性もありますが、その力は間違いなく本物です。)
一度御覧候ハバ、可然存候。
(一度ご覧になられてはいかがでしょうか。)
恐々謹言
(謹んで申し上げます。)
元亀二年 丹羽五郎左衛門長秀
⸻
書状を畳む。
長秀は窓の外を見た。
佐和山の夜は静かだった。
だが城内には。
未来から来たと自称する娘がいる。
主君はこれを見てどう判断するだろうか。
長秀にも予想できなかった。
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織田信長から返書が届き、いよいよ岐阜への旅が始まる。期待に胸を躍らせるククリと、不安を募らせる長秀。その先で待つのは、天下人の器を持つ男。
次回「いざ岐阜」
運命の対面まで、あと一歩。
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