第2話 まほうしょうじょ
沢渡ククリが佐和山城へ滞在することになって三日。
長秀はようやく落ち着いて話をする時間を設けた。
最初の二日は酷いものだった。
風呂へ入れれば、
「狭っ。」
と言う。
食事を出せば、
「まっずこの米!あ、魚はうまい。」
と言う。
布団を用意すれば、
「うっすー。ペラペラ、腰痛くなりそう。」
と言う。
意味不明な言葉を大量に発する割に、妙なところで順応も早い。
城中の者たちはも同様だった。
最初こそ妖術使いだの狐憑きだのと恐れていたが、三日も経つと
「また何か変なことやってる」
くらいの認識になっている。
もちろん油断はしていない。
背後の人形たちがいる限り、誰も本当に安心はしていなかった。
今もそうだ。
長秀の前で、ククリは木人の肩に腰掛けていた。
正確には座っているというより、人形に抱えられている。
まるで椅子代わりだ。
さらに別の木人が後ろで腕を高速回転させている。
ぶおんぶおんと風が起きていた。
「……何をしておる。」
「涼んでる。」
「腕を回してか。」
「扇風機的な。意外と涼しいんだよね。」
長秀は諦めて無視した。
最近分かってきたことだが、この娘の言葉をいちいち理解しようとすると疲れる。
理解できる部分だけ拾った方が早い。
「今日は儂から聞こう。」
「どうぞ。」
「お主はどこから来た。」
ククリは少し考えた。
「静岡県。」
「しずおかけん。」
初めて聞く地名だった。
近江でも尾張でもない。
美濃でもない。
「どこの国だ。」
「日本。」
「それは分かっておる。」
長秀はため息を吐く。
初日にも同じやり取りをした。
日本という言葉自体は知っている。
問題はその静岡県なる場所だ。
「駿河か。」
「え?」
「遠江か。」
「知らん。」
「甲斐か。」
「知らん。」
長秀は諦めた。
地名については何を聞いても埒が明かない。
ククリ自身が国名を理解していないのだから。
「では次だ。」
長秀は木人を見る。
初日から最も気になっていた存在だ。
「その人形は何だ。」
「私の能力。」
あっさり答えた。
「能力?」
「うん。」
ククリは木人の肩の上で足をぶらぶらさせる。
「私、人形作れる。」
「それは見れば分かる。」
「あと動かせる。」
「それも見れば分かる。」
「便利。」
長秀は額を押さえた。
聞きたいのはそこではない。
「どうやって動かしておる。」
糸が繋がっているようにも見えない。ぜんまい仕掛けとも違って見える。
「どうやってって言われても。」
ククリも困った顔になる。
「手を動かすのと同じ。」
「同じなものか。」
「いや同じ。」
本人にとっては本当に同じらしい。
長秀はしばらく考えた。
陰陽術とも違う。
少なくとも自分の知るどの技術にも当てはまらなかった。
「その能力というのは何だ。」
「私、魔法少女なんだよね。」
長秀は黙った。
部屋も静かになった。
護衛の兵まで固まっている。
ククリは続ける。
「まぁ伝わんないよね。」
「当然だ。」
「なんかすげぇ女の子と思って。」
長秀は兵の方を見た。
兵も困惑している。
長秀も困惑している。
誰一人理解していなかった。
「まほうしょうじょとは何だ。」
「魔法使う女の子。」
「まほう、とはなんだ。」
「魔法は魔法。何って言われても困る。」
会話が進まない。
長秀は今まで多くの人間と話してきた。
百姓。
商人。
僧。
公家。
南蛮人。
だがこれほど説明の下手な相手は初めてだった。
「他にもおるのか。」
「いるよ。」
ククリは即答した。
「結構いる。」
「同じ力を持つ者が?」
「能力は違うけど。」
「例えば。」
「空飛んだり。」
長秀は眉をひそめる。
「空を?」
「うん。」
「鳥のようにか。」
「そう。」
「他には。」
「重力とか。」
「じゅうりょく。」
「レーザーとか。」
「れえざあ。」
「バリアとか。」
「ばりあ。」
「影とか。」
長秀は途中で考えるのをやめた。
聞いたことのない単語ばかりだ。
ただ一つだけ分かる。
もしそれが本当なら。
目の前の娘だけが特別なのではない。
「その者らは今も生きておるのか。」
「知らん。」
「知らぬ?」
「私の時代にはいる。」
ククリは言った。
「でも今の時代にいるかは知らん。」
長秀はそこで引っ掛かった。
「今の時代。」
「うん。」
「お主は別の時から来たと言うことか。」
「多分そうなんじゃないの?未来人ってやつ。」
「未来人……後の世から来たと?」
「多分ねー。」
本人も確信がないらしい。
「信長いるなら何年くらいだっけ。知らないな〜。」
「元亀二年だ。」
「そうそうそれ。」
「そうそうではない。」
長秀は呆れた。
3日前のことも曖昧なのか。
だが。
そこで一つ気になることがあった。
「ならば。」
長秀は少し身を乗り出す。
「後に起こることも知っておるのか。」
部屋の空気が変わった。
兵たちも息を潜める。
もし未来から来たという話が本当なら。
その知識は金にも兵にも勝る。
ククリはしばらく考えた。
そして。
「まぁざっくり。」
と答えた。
長秀は眉をひそめた。
「ざっくりとは。」
「教科書レベル?」
意味は分からない。
だが嫌な予感はした。
「例えば。」
「信長が有名。」
「それは知っておる。」
「秀吉も有名。」
「秀吉。」
長秀はその名を知っている。
木下藤吉郎秀吉。
最近信長の元で実績を上げている男だ。
「家康も有名。」
それも知っている。
徳川家康。
同盟相手だ。
「あと江戸。」
「なぜ江戸が出てくる?」
「知らん。なんか江戸時代ってのがあるのよ。」
ククリは肩を竦めた。
「だからざっくりなんだって。」
長秀は深いため息を吐いた。
未来を知る娘。
ただし勉学は苦手。
これほど扱いに困る存在も珍しい。
木人の肩で揺れるククリを見ながら、長秀は本気で頭痛を覚えていた。
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「信長に会いたい」と言い出した沢渡ククリ。無邪気な願いに振り回されながらも、長秀は彼女の持つ異質な力と未来の知識を改めて見つめ直す。放置するには危険、独断するには重大すぎる存在――熟考の末、長秀は主君・織田信長へ一通の書状を送ることを決意する。
次回「信長に会いに行こう」
歴史を動かす報告。
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