第46話 ノブヒデヤス
数日後。
横山城跡。
藤宮サキによって無惨に打ち砕かれた城は、今や再建の真っ最中だった。
「そこは石垣をもう一段高く!」
「材木は南の曲輪へ運べ!」
秀吉の声が飛ぶ。
足軽たちが汗を流し、縄を引き、崩れた石を運び出している。
その中を、丸太や石材が二本の脚で歩いてきた。
正確には、材木や石材そのものが人の形を取り、自らの体を担ぐように歩いている。
木人形は肩に丸太を担ぎ。
石人形は巨大な石材を背負い。
整然と列を成して普請場へ現れた。
「そこそこ。」
ククリが指先で場所を示す。
人形たちは指定された位置へ資材を下ろえた。
「はい、お疲れー。」
ぱちん。
ククリが指を鳴らす。
次の瞬間だった。
木人形は音もなく崩れ、ただの丸太へ戻る。
石人形も一瞬で積み石へと姿を変えた。
人形が消えたあとには、まるで最初からそこへ積まれていたかのように、材木と石材だけが整然と並んでいる。
秀吉はその光景を見て、何度目かの感嘆を漏らした。
「いやぁ、何ともありがたい!材木や石が、自ら歩いて来てくださるとは!普請奉行冥利に尽きまする!」
「便利でしょー。」
ククリは得意げに笑った。
「まこと、その通り!助かり申した!」
「まぁ、ノブ様の命令だし。」
秀吉は懐から布包みを取り出した。
「こちらはほんのお礼にございます。」
丁寧に包みを開く。
中から現れたのは、小ぶりながら気品ある茶入だった。
瀬戸焼の名品。
秀吉が以前より大切にしていた品である。
「へぇ。」
ククリは受け取る。
くるりと回し。
裏返し。
もう一度眺める。
「よく分かんない。高いの?」
秀吉は思わず苦笑した。
「茶の湯を嗜まれぬ方には、そのような物かもしれませぬ。」
「うん。」
ククリは素直に頷いた。
「じゃあ長秀さんに渡す。こういうの好きそうだし。」
「それもまた良し、でございますな。長秀殿にどうぞよろしくお伝えくださいませ。」
秀吉は笑って頷いた。
少し間を置き、表情を改める。
「ククリ殿。一つ、お聞きしたいことがございます。」
「ん?」
「以前。あのサキなる者が。『信長、秀吉、家康』と申しておりました。何か、ご存じありませぬか。」
ククリは「あー」と気の抜けた声を出した。
「なんか未来では有名人だよ。ノブヒデヤス。」
「……未来?」
秀吉の顔色が変わる。
「い、今。未来、と申されたか。」
ククリはしまった、という顔をした。
「あ。えっと~。ノブ様とか長秀さんから聞いてない?」
秀吉はゆっくり首を横へ振る。
「初耳にございます。」
「あーそうだやっべ~秘密にしようみたいな感じだった~。」
ククリは頭を掻いた。
「で、では未来から来たことは真にございますか?」
信じられぬ。
……いや、今さら何を言っている?
鎖で城を破壊し、無手から銃と刀を取り出し、木や土から人形を生み出し。
鎖で巨人となり、己の肉体を白銀のからくりと化す。
ここまで既に何度の『信じられぬ』を繰り返した?
今さら一つ増えたところでなんだというのか。
「まあね。でも期待させといて御免なんだけど。私、歴史とか全然詳しくないんだよね。その並びもなんでそうなったのかも知らないし。」
「そ、そうに御座いますか……」
肩を落とす。
ククリはばつの悪そうな顔で、「あ、だったらさ!」と続ける。
「詳しかったら天音に聞いて。あいつむっちゃ詳しいから。」
「天音殿、ですか。」
桐原天音。ククリと同様に二月前、信長の元に現れた娘。
「あと、未来の話は私から聞いたって言わないでね?みんな『なんで言うんだ頭おかしいんじゃないの馬鹿がよ』って感じだったからさぁ。」
「そ、そうですか。わかり申した。決して口外いたしませぬ。」
「じゃ!」
軽く手を振る。
そのまま数体の人形と共に帰っていった。
秀吉はその背中を見送る。
未来。
その一言だけが、頭の中で何度も繰り返される。
「……未来。信長様。家康殿。そして、わし。」
あの鎖娘が口にした名。
あの少女が何気なく漏らした一言。
点と点が、ゆっくりと繋がり始める。
しかし、その先だけはどうしても見えなかった。
「……天音殿、であるか……」
無手から南蛮銃、それも明らかに当代の技術ではないものを取り出し。
白髪の娘、エリと共に大立ち回りを行った栗毛の姫。
彼女もククリほどではないにせよ、岐阜では話題に事欠かない。
その穏やかな所作、立ち振る舞いから。
一部では密かな人気を獲得しつつある娘であった。
「こうなっては、問いたださねばわしの気が済まぬ。」
心持を新たにし、ひとまずは普請を片付けんと腰を上げる。
秀吉の行動原理、『立身出世』。
それより勝る欲が生まれたのは初めてであった。
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未来への疑問を抱えた秀吉は、桐原天音を茶席へ招き静かに問いを投げ掛ける。だが和やかな空気は、未来と戦国の価値観の違いを語る天音によって少しずつ崩れていく。穏やかな笑みを崩さぬまま秀吉を追い詰めるカルト教団の主。その実力は、戦場の外でも決して色褪せることはなかった。
次回「秀虐」
その少女は、善人ではない。
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