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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第43話 周防ミシェル、絶叫す

 躑躅ヶ崎館の奥。

 武田信玄の私室は、もはや戦国の部屋ではなかった。


 壁際には原始的な心電計。

 酸素ボンベ。

 点滴台。

 血圧計。


 薬品棚には整然と並ぶ注射薬と抗生物質。

 最新式とは言えないが、それでも戦国時代と考えれば数百年先の技術である。


 まるで大戦時の野戦病院を、そのまま一室へ押し込んだような光景だった。


 その中央の寝台で、武田信玄が半身を起こしている。


 傍らには山県昌景《やまがたまさかげ》。

 反対側には内藤昌豊《ないとうまさとよ》。



 信玄は一冊の書物から顔を上げる。


「来たか。」

「お加減はいかがですか、信玄公。」


 ミシェルが柔らかく微笑む。


 信玄は本を閉じた。


 表紙には、

 『図説 戦国史』

 とある。


 開いていた頁には。

 『元亀四年 武田信玄病没』

 その文字が記されていた。


 信玄は鼻で笑う。


「今となっては、信じざるを得ぬ。」


 本を机へ置く。


「ミシェル。お前の助けがなければ、儂はじきに死んでおった。」


 史実では病は悪化し。

 西上作戦の最中に命を落とす。


 だが今は違う。


 病状は抑えられ。

 栄養状態も改善し。

 現代薬によって苦痛は大きく和らいでいた。


 もっとも。

 根治したわけではない。


 ミシェルは寝台脇に置かれた診療記録へ目を落とした。

 そこには甲斐の医師が、未来の医学書を参考にまとめた所見が並んでいる。


 もちろん、ミシェル自身には内容の善し悪しは分からない。

 医学”も”専門外だ。


「担当の先生方によれば。現状はかなり安定しているそうです。ただ……。」


 紙を一枚めくる。


「根本的に治すのであれば、やはり手術が最も確実だ、と。」


 信玄は静かに頷く。


「そう申しておったな。」


「はい。私には医学は分かりません。本を売ることしかできませんから。ですが、その本を読んだ先生方が、皆そう仰っています。」



 能力を使えば。


 現代の医療機器も。

 手術器具も。

 人工呼吸器も購入できる。


 医学知識が乏しくとも。

 自動化された手術機器やAIによるサポート。

 それらがあれば決して不可能では無い。


 莫大な資金は必要だが。


「金山の収益も増えております。今なら十分――」


「ならぬ。」


 信玄は静かに遮った。


「その金は。これよりの甲斐へ回せ。」


 部屋が静まり返る。


「老いぼれ一人を生かすために。未来の芽を摘むな。」


 山県が一歩進み出る。


「しかし、御屋形様。今の武田に御屋形様なくしては――」


 内藤も続く。


「家中も国もまとまりませぬ。今こそ御身を第一にお考えくだされ。」


 しかし信玄は首を振る。


「それでは駄目だ。国は人一人で成るものではない。今の甲斐は育たねばならぬ。儂亡き後も。」


 ミシェルは腕を組んだ。


 武田は元から源氏の流れをくむ名門であり、信玄というカリスマの誕生によりさらに飛躍した。信玄が亡き後も、即座に甲斐が滅ぶ、といったことにはならない。


 しかし、確実に停滞する。やはりまだ武田信玄に死んでもらっては困る。


「……ふむ。」


 少し考え込む。


「では。最新機器の導入はいったん置きましょう。」


 三人が彼女を見る。


「ですが。医学そのものを発展させることは、甲斐のためになります。現在の医師方も急速に知識を吸収しております。」


 日々知恵熱を起こしながら。

 敬愛する主君の命を一分一秒でも永らえさせるために。


「ならば。」


 少し悪戯っぽく笑う。


「信玄公には実験体になっていただく、というのはいかがでしょう。」


 山県と内藤が同時に目を丸くした。


「じ、実験体……?」


「こういうのを治験、と言うのでしたっけ。まぁ違うかもしれませんが大筋はあってるでしょう。」


 信玄は一瞬だけ黙る。

 やがて。

 口元をわずかに緩めた。


「なるほど。儂の命を救うためではなく。甲斐の医術を育てるために儂を使う、と申すか。」


 ミシェルはにこりと笑う。


「もし成功すれば万々歳、武田は貴方という指導者を失わずますます飛躍できる。」

「失敗しても。得られる知見は決して無駄にはなりません。それは甲斐の数万人を救うでしょう。」


 信玄は鼻を鳴らした。


「ふん。小娘が。賢しらな言いぐさを。」


「まったく、歳を取ると素直になれないんですね?お医者様の言うことをよく聞いて、体に気を使ってくださいね。」


「カハハハ!喧しいわ!孫にでもなったつもりか!」


 ひとしきり笑うと、信玄は体を倒し目を閉じる。

 決して万全ではない体だが、生命力に陰りは無かった。


「好きにせよ。この体、好きに弄って甲斐に活かせ。」


 その一言に、山県と内藤は顔を見合わせ、小さく安堵の息を漏らした。



 ◆



 信玄の私室を辞したミシェルは、そのまま山県昌景に案内され館の奥へ向かっていた。


 武田四天王が一人、山県昌景《やまがたまさかげ》。


 赤備えを率いる猛将として知られる一方、信玄から命じられた仕事は決して嫌がらない実直な男でもある。


「軍議室へご案内いたします。」


「申し訳ありませんが。」


 ミシェルは肩をすくめた。


「私は政治や軍略に口を挟むつもりはありませんわ。」


 山県は静かに頷く。


「承知しております。ですがどうしてもミシェル殿の知見を伺いたい事がございまして。」


 軍議室の襖が開く。

 中では一人の武将が卓の前で腕を組み、小さく唸っていた。


「ううむ……。昨日までは動いておったのだが。」


 その前には白い箱。

 真正面の壁に向けられた硝子のような丸い口。

 黒い紐が幾本も垂れている。


「こ、これは……どうするのだ?」


 馬場信春《ばばのぶはる》。


 武田四天王随一の堅実派にして、守備と兵站を司る名将である。

 未来の機材の管理も任されているが、如何せん扱いはまだ不慣れだった。

 『びでおかめら』も、発電機も、『ぷろじぇくたあ』も。


 使い方は学んでいる。

 しかし一つ接続を間違えるだけで動かなくなる。

 戦場の采配より難しい、と本人はこぼしていた。


 ミシェルは苦笑する。


「貸してくださいませ。」

「ああ、お頼み申す。」


 黒い紐を一本差し替え。

 プロジェクターの焦点を合わせる。

 側面のボタンを押すと、ぶぅん、と低い音が響いた。


 壁へ光が映し出される。


「おお。」


 山県が感心したように頷く。


「接ぎ方が違っておりましたか。」


「一本だけ逆でしたわ。」


「それだけで映らぬとは、難儀な品ですな。」


 壁へ映る映像が動き始める。


 草が風に揺れ。

 林の向こうを、一人の少女が歩いている。


「こちらは密偵が近江にて撮影した映像です。」


 馬場が説明する。


「びでおかめらを持たせ、遠方より記録いたしました。」


 少女が立ち止まる。

 手を鳴らす。


 次の瞬間。

 地面が盛り上がった。


 土が裂ける。

 まず腕だけが現れる。


 五本。

 十本。

 二十本。


 腕が地を掴み、そのまま肩が現れ、胴が現れ、頭部が形作られていく。

 粘土細工を早送りしたかのような速度で土人形が次々と立ち上がった。


 そのまま軍勢のように整列し。

 少女が指を振る。


 数十体の人形が、一糸乱れず進軍を開始した。

 山県が低く唸る。


「うむ……何度見ても面妖な。」


「……こ、れは。」


 ミシェルの思考が止まる。


「どういった理で動いておりますかな。」


 馬場も続ける。


「こちらも未来の道具を用いているのでしょうか。」


 ミシェルは答えない。

 映像を見つめたまま固まっていた。


「……まさか。」


 土人形を生み出す奇怪な技術に動揺した、”のではない”。


 映像を巻き戻す。顔をアップに。


 少女の顔。黒のサイドポニー、童顔の少女。


 土人形。

 その造形。

 隊列。

 命令方法。


 見間違えるはずがない。


「う、そ……。」


 血の気が引く。

 膝が震える。


「さ……。」


 一歩後ずさる。


「沢渡――」


 その場へへたり込んだ。


「沢渡ククリィイイイイイイイイイッ!?!?」


 軍議室へ悲鳴にも似た絶叫が響き渡った。

 突然腰を抜かし、絶叫したミシェルを見て、山県と馬場は思わず顔を見合わせた。


「……ミ、ミシェル殿?どうなされた。」


 ミシェルは青ざめた顔のまま、壁の映像を指差した。


「あ、あ、あれ……!あれですわ!」


「え?」


「沢渡ククリですわよ!」


 馬場が映像へ目を向ける。


「その娘をご存じなので?」


「知ってるなんてもんじゃありませんわ!」


 ミシェルは半ば叫ぶ。


「何でいますのあれが!何で戦国時代にいますの!意味が分かりませんわ!」


「お、落ち着いてくだされ!」


「は、はぁーッ!ゴホッ、ゴホッ!」


 蒸せる。


 山県と馬場は一旦待つことにした。

 この状態では何を聞いても無駄である。



 ◆



「し、失礼いたしました。見苦しいところを……」


 少し落ち着いたのち、山県は問いかける。


「それで、あの娘はいったい何者ですか。」


 山県と馬場は顔を見合わせた。


「それほど恐ろしい者なのですか。」


 ミシェルは勢いよく頷く。


「恐ろしいなんてものじゃありませんわ!あれは協会の最終兵器です!」


「き、協会とは以前にミシェル殿が言っていた、あの?」


「能力は人形の生成と操作。木でも土でも石でも、何でも人形にしてしまいます。」


 壁へ映る土人形を指差す。


「今映っているのが、それです。ですがまだ序の口です。」


 馬場が眉をひそめる。


「これで、ですか。」


「ええ!」


 ミシェルは半泣きで続ける。


「本気になると!変形します!」


「……変形。」


 山県が聞き返す。


「はい!人形を操るのをやめて!本人が銀色の何かになります!」


「何か。」


「ええ、何かです!私にも何だか分かりません!とにかく変形します!」


 馬場が首を傾げる。


「変形して……どうなるので?」


「無茶苦茶強くなるんですわ!」


「な、成程。」


 馬場は腕を組む。具体的な話が出てこない。


「い、今でも思い出しますわ……オークション会場をぶち壊した人形部隊……抵抗するオークショニアの吸血鬼、オークショニアも初めは優勢だったけども変形してからは終始劣勢で間もなく首を飛ばされ再生するもその端から刻まれ続け……そしてその肉片の一部が私の頬に飛んできて……ヒ、ヒィイイイイイ!」


「ああ、また始まってしもうた。」


「ミシェル殿。大丈夫です。ここにはその者は居らぬゆえ。」


「ハァーッ!ハァーッ!」



 五分後。



 ミシェルは落ち着き、床に膝を抱えて座り込む。


 これまで甲斐の未来を語り導いてきた少女と同一にはとても見えなかった。


「……そろそろよろしいですかな。」


 若干うんざりした様子で山県は問いかける。


「ええ、ある程度は。いえ、私自身が特に何かされたわけでは無いのですが、あの瞬間のトラウマと人形とあの銀色が変な感じに結びついて恐怖のパブロフになっているんですわ……」


 特に聞いてもいないことを横文字も使って早口でまくし立てている。


 山形と馬場はヒソヒソと話し合う。


(なるほど、銀には全く興味のなかった理由がこれであるか。)

(金にはあれだけ執心しておいて、不思議には思っていたが。)


 馬場は咳ばらいを一つして気を取り直す。


「それで、ですな。現在この者は織田に身を寄せておるとの事ですが。」


「だったら絶対に織田と戦ってはなりません!絶対です!」

「そ、そこまで言いますか。」


「私、あれと敵対するくらいなら武田の金山全部差し出します!」

「いや、それは困ります。」


 ミシェルは何度目かもわからぬ絶叫をした。


「とにかく!この沢渡ククリとは決して戦ってはいけませんよ!絶対に!」


 山県と馬場は顔を見合わせ、二人して溜め息を吐いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 人形兵により織田兵を鍛えながら、長秀との穏やかな時間を過ごすククリ。だが城内を歩けば、待っていたのは兵や女中たちからの熱烈な歓迎だった。英雄として慕われることに戸惑う少女へ、信長が掛けた一言とは――。戦いの後だからこそ描かれる、束の間の温かな日常。


 次回「ククリ、モテる」

 怪物と呼ばれる少女が手にしたのは、人々の笑顔だった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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