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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第39話 インターミッション:勉強会そのに

 エリは刃先に刺さった魚を籠へ移し、浅瀬から岸へ上がる。

 川辺に積んであった薪の前へ腰を下ろすと、二振りの刀を向かい合わせに構えた。


 甲高い金属音。

 何度か打ち合わせるうちに火花が散り、乾いた枯れ草へ落ちる。


 やがて細い煙が立ち始めた。

 天音はその様子を横目で見ながら話を続ける。


「藤宮サキの存在も、本来の歴史にはありません。」

「うん。」


 エリは息を吹きかけ、小さな火種を育てる。


「ですが、あの二か月前。まぁ我々と同時期と考えていいでしょうね。サキは浅井家へ現れました。」


「別に浅井へ味方したわけじゃないんだよね。」

「ええ、そう聞いています。」


 天音は苦笑する。


「味方というより、支配です。浅井長政も、家臣たちも、誰一人サキを制御できなかった。」

「本人が気まぐれで居座っていただけ。……だっけ?」

「そうでしょうね。まぁお山の大将を気取っていたんでしょう。」


 エリは枝を一本くべる。

 火は少し勢いを増した。


「それでも浅井は逆らえなかった。逆らえば、横山城のようになりますから。」


 天音の表情が少しだけ険しくなる。


「あの城は、石垣ごと鎖で引き倒されました。戦ではありません。破壊です。」


「見た。」


 エリは短く答える。


「すごかった。私も頑張れば壊せるかもだけど、一撃では無理かな。」

「まぁそうですけど……。」


「別に天音もロケラン撃ちまくればできるでしょ」

「ま、まぁそうですけど……。」


 天音は咳払いし、続ける。


「だからこそ長政は理解していたのでしょう。サキは誰の命令も聞かない。」

「そのサキが織田へ向かい。信長から『討伐した』という使者が届いた。」


 エリは魚を串へ刺しながら首を傾げる。


「それで降伏。」

「そうです。まぁ正しい判断ですね。」


 天音もまた魚に串を通し始める。


「史実では、小谷城は最後まで徹底抗戦します。織田軍は長期間足止めされ、浅井は滅亡。長政も自害しました。」


 焚き火へ串を並べる。

 じゅっと脂が落ち、香ばしい匂いが漂い始めた。


「ですが今回は違う。長政は、サキという怪物を誰より近くで見ていました。」

「その怪物を退けた存在が織田にいる。」

「ならば、自分では勝てない。」

「そう結論づけた。」


「合理的。」


 エリは魚をひっくり返す。


「結果として浅井は史実より二年近く早く戦線を離脱しました。」

「その影響は浅井一国では終わりません。」


 焚き火の火がぱちりと音を立てる。


「浅井が抜ければ、朝倉は孤立する。」

「信長包囲網は、一気に形を保てなくなるのです。」




 魚が焼ける香りが、川辺にゆっくりと広がっていく。

 エリは串を一本持ち上げ、焼き加減を確かめながら口を開いた。


「じゃあ今頃、信長は朝倉と戦ってるんだ。」

「ええ。」


 天音は頷く。


「現在、織田軍は朝倉領へ攻め入っています。おそらく、そう長くは持たないでしょう。」


 ぱちり、と薪が爆ぜる。

 エリは魚を裏返しながら首を傾げた。


「でもさ。なんで浅井と一緒に降伏しなかったの?」


 天音は少し考えるように空を見上げる。


「おそらく……将軍家への義理でしょうね。」


「義理?」


「朝倉家は古くから室町将軍家との結び付きが深い家です。」

「今の将軍、足利義昭《あしかがよしあき》は織田信長の力で京へ戻りましたが、その後は信長の勢力拡大を警戒し、反信長へ転じました。」


「へぇ。」


 エリは魚を一口かじる。


「仲悪くなったんだ。」

「ええ。」


「信長からすれば、将軍を助けたにもかかわらず裏切られた形です。」

「一方、義昭から見れば、信長は家臣でありながら将軍以上の権力を持とうとしている。互いに譲れなかったのでしょう。」


 天音は続ける。


「そこで義昭は各地の大名へ信長討伐を呼び掛けます。朝倉はそれに応じた。」

「浅井も朝倉との盟約を重んじて加わった。」

「比叡山などの宗教勢力も同調した。」

「これが、私の知る歴史でいう反信長包囲網です。」


 エリは感心したように頷く。


「なるほど。」


「だから朝倉だけは、浅井が降りても簡単には降伏できない。」


「へぇー。」


「浅井は領国を守るために降りました。」

「ですが朝倉は、それに加えて将軍家との義理があります。」

「将軍を見捨てた、と後世まで言われかねません。」


「戦国武将も大変。」


 エリは苦笑しながら魚をもう一口食べる。


「はい、天音の分。」

「あら、どうも。」


 しばらく二人とも黙って魚を頬張る。




 エリは魚を食べ終えると、串を焚き火へ放り込んだ。

 炎が小さく揺れる。


「でもさ。」


 天音へ視線を向ける。


「さっき反信長連合って、別に仲が良かったわけじゃないって言ってなかった?」

「言いました。」

「じゃあ、やっぱりさっさと降伏したらいいんじゃないの?」


 天音は苦笑しながら首を横へ振る。


「そこまで単純でもありません。戦国時代って、そういうものです。」


 エリは「?」という顔をする。


「敵の敵だから味方。」

「でも、その味方同士も、昨日までは敵だったり、明日には敵になったりする。」

「利益が一致している間だけ手を組み、利益がなくなれば離れる。」

「極めて現実的な時代です。」


「ドライだね。」


「ええ。」


 天音は魚を食べ終える。


「例えば朝倉と浅井は盟約がありました。」

「ですが、それは永遠の友情ではありません。」

「互いに利益があり、互いに守る価値があるから続いていた。」


「将軍家も似ているようですが、若干異なります。」

「皆が将軍を敬愛していたわけではない。」

「しかし将軍という旗印には、人を集める価値があった。」

「だから従う。裏切れない。」

「『将軍家を裏切った』というレッテルが怖いから。」 


「なるほど。」


 エリは納得したように頷く。


「つまり人じゃなくて看板。」


「その表現は少々身も蓋もありませんが……概ね合っています。」


 天音も苦笑する。


「ですから反信長包囲網は、一枚岩ではありませんでした。」

「誰か一人が倒れれば均衡が崩れる程度の結び付きです。」


「だから比叡山が崩れ。」

「浅井が降伏し。」

「今度は朝倉も孤立する。」


「朝倉は将軍家を裏切れない。」

「しかし将軍家には朝倉を助ける力はない。」


 エリは焚き火の炎を見つめたまま、小さく呟く。


「歴史って、思ったより綱渡りなんだね。」

「ええ。」


 天音は静かに頷いた。


「だからこそ、たった一人の魔法少女でも歴史を大きく変えてしまうのです。」



 エリは焚き火を枝でつつきながら、小さく笑った。


「……まぁ。ククリみたいな規格外が出たら、一人でも変わるよね。」


 天音は一拍黙り、

 真顔のまま頷いた。


「そりゃそうでしょ何なんですかあのチート。」


 エリは思わず吹き出す。

 天音はそのまま立ち上がった。


「真面目に考えるのが馬鹿らしくなるんですよ!」

「今まで私が積み上げてきた歴史の話!」

「外交がどうとか! 将軍家への義理がどうとか! 反信長包囲網がどうとか!」


 指を一本立てる。


「朝倉にククリさんが一人いるだけで全部終わりですからね!」

「織田軍を土人形で踏み潰して終わりですよ!」

「私たちがこっちにいてもロボに変形されてズババババーン!」

「織田家滅亡!」

「今までの話、ぜーんぶ無意味ですからね!」


 エリは苦笑しながら片手をひらひら振る。


「どうどう。落ち着いて。」

「……はぁ。」


 天音はようやく肩の力を抜き、その場へ座り直した。


「失礼しました。少々取り乱しました。」

「どこが少々?」


 エリは二匹目の焼けた魚を一口かじる。


「だから今、ククリは朝倉攻めに行かされてるんだ。」

「ええ、仮に朝倉に未知の魔法少女がいた場合に備えて。」


 川の流れる音が静かに響く。


 エリは魚を飲み込み、ぽつりと呟いた。


「じゃあこれからの戦争ってさぁ。」


「ええ。」


 天音は即答した。


「魔法少女の存在を前提としたものになるでしょう。」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 織田家の勢力拡大と今後の戦国情勢を語る天音。しかし魔法少女という存在がある以上、未来はもはや誰にも予測できない。未来予測の限界を語る天音に対し、エリは自身の過去を静かに打ち明ける。


 次回「インターミッション:勉強会そのさん」

 歴史を語る時間は終わり、少女たちは少しだけ本音を知る。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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