第36話 終幕
鎖の巨人は崩れていた。
胸を貫かれた瞬間、その巨体を構成していた無数の鎖が力を失い、音を立てながら
散らばっていく。
黒い鉄の山。
その中心にサキがいた。
血を吐いている。
胸には大剣が穿った穴。
誰が見ても致命傷だった。
それでも。
サキは笑った。
「ァ、ゴホッ。」
血が零れる。
「起きたかよ……沢渡ククリ。」
目の前では白銀の装甲が崩れていた。
巨大な剣が砕ける。
森から集めた土や木が地面へ落ちる。
装甲が剥がれる。
金属骨格が消える。
そして。
いつものククリが現れた。
少し疲れた顔。
少し申し訳なさそうな顔。
戦場で遊んでいた時と大して変わらない顔。
「よう。」
ククリは片手を上げた。
「悪いね。殺しちゃって。」
サキは鼻で笑う。
「それはいいんだよ。」
咳き込む。
血が口元を汚す。
「気に入らねぇのは。ガハッ……」
視線がククリを捉える。
「オレを見なかったことだ……!」
ククリはしばらく黙った。
夜風が吹く。
周囲では誰も近寄ってこない。
長秀も。
信長も。
天音も。
エリも。
ただ見守っていた。
「……仕方ないでしょ。」
ククリが言う。
「あのモードはそういうモードなの。アレが私。……アレも私。」
少し考える。
言葉を探す。
そして首を掻いた。
「まぁ、それも含めて悪かったね。」
サキは目を閉じる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
肩の力が抜けたように見えた。
「……よう。」
声が弱くなる。
「オレは……強かったか?」
ククリは答えようとする。
だが。
サキは続けた。
「お前と……対等だったか?」
その問いだけは。
ずっと抱えていたものだった。
繁華街で戦った時も。
協会に捕まった時も。
牢の中でも。
今日ここへ来るまでずっと。
ククリは呆れたように笑った。
「そんなの聞くまでも――」
「頼む。」
サキが遮る。
血を吐きながら。
今まで見せたことのない顔で。
「言ってくれ……」
ククリは黙る。
そして。
しゃがみ込んだ。
サキと目を合わせる。
今度はちゃんと。
目を見て。
「強かったよ。」
即答だった。
「今まで戦った中でも上の方。まぁ、最強だったとは言わないけど。」
サキが少し笑う。
ククリは続けた。
「少なくとも指揮官形態では負けてるし。」
サキは静かに聞いている。
「あと。」
ククリは少しだけ困った顔になる。
「対等とかそういうの、あんた気にしすぎ。」
夜空を見上げる。
そして再びサキを見る。
「私はあんたを下に見たことは一回もないよ。」
沈黙。
風だけが吹く。
サキは何秒か何十秒か黙ったまま空を見ていた。
やがて。
小さく笑う。
「……そっか。」
それは満足そうな声だった。
戦いの最中に見せていた狂気も。
執着も。
怒りも。
全部どこかへ消えていた。
「なら。」
サキはゆっくり目を閉じる。
「まぁ。」
口元だけが少し上がる。
「悪くなかったな。」
戦場には静寂が戻っていた。
先程まで大地を揺らしていた轟音は消え、残っているのは風の音だけだった。
もっとも。
人の動きまで止まったわけではない。
遠くでは織田の兵たちが恐る恐る戦場へ近付き始めている。
折れた木をどかす者。
負傷者を探す者。
崩れた地面を眺めて呆然としている者。
誰もが先程の戦いを現実のものとして受け止め切れていない。
高台では信長が既に指示を飛ばしていた。
「その辺りには近付くな。地面が崩れるやもしれん。」
「城下への触れは続けよ。今宵は念のため外へ出すな。」
勝家が命令を書き留める。
秀吉は周囲を走り回りながら伝令へ指示を出していた。
戦場の中央。
鎖の山の傍らでククリは立ち尽くしている。
その視線の先には動かなくなったサキ。
長秀はゆっくりと歩み寄った。
先程まで戦場へ近付くことすら出来なかった。
だが今は違う。
全て終わっている。
足元には砕けた木々。
抉れた大地。
焼け焦げた跡。
改めて見ればとんでもない有様だった。
「『すとっぷ』、もう少し早いほうが良かったか?」
ククリは首を傾げた。
「え?」
意味が分からないという顔だった。
「なんでさ。」
長秀はサキへ視線を向ける。
既に息は無い。
「みんなにとってはこれが一番だったでしょ?」
あっけらかんと言う。
長秀は少しだけ眉をひそめた。
「……あの時点で決着はついていた。」
ククリは黙る。
背後では秀吉が兵を怒鳴っている。
「そこを踏むな!後で調べるんじゃ!」
どうやら地面に埋まった鎖を掘り返しているらしい。
その様子を横目に見ながら長秀は続けた。
「殺さなくとも良かった。」
しばらく沈黙が続いた。
やがてククリがぽつりと言う。
「へぇ。」
少し意外そうだった。
「なんか戦国時代の人らしくないね?」
「……あの者とは、友人ではなかったのか?」
今度はククリが固まる番だった。
「友人?」
本気で分からないという顔をする。
「……そうなの?」
長秀は思わず笑いそうになる。
戦場ではあれほど強かった少女が、こういう話になると途端に頼りない。
「知らぬ。だが儂にはそう見えた。」
ククリは腕を組む。
考える。
そして首を傾げる。
「あんなに殺し合ってたのに?」
遠くでは勝家が避難報告を受けていた。
「城下は問題ありません。」
「うむ。」
長秀は静かに続けた。
「友人であろうと殺し合うことはある。殺し合った相手と友誼を結ぶこともある。」
ククリは黙った。
風が吹く。
夜空を見上げる。
それからサキを見る。
「へぇ。」
小さく呟く。
「……まぁ。」
口元が少しだけ緩んだ。
「だったらそうかもね。」
長秀は何も言わない。
ククリは頭を掻いた。
少し寂しそうに。
「腐れ縁。っていうんだっけ。」
サキの亡骸を見る。
跪き、その頬に触れた。
その頃になってようやく兵たちのざわめきが戻り始めていた。戦いは終わったのだと、皆が少しずつ理解し始めていた。
戦場の後方。
応急処置を終えた天音は、切り株へ腰掛けながら右手の包帯を眺めていた。
指はまだ動かない。
だが魔法少女の回復力ならいずれ元に戻るだろう。
その隣へエリが腰を下ろす。
しばらく静寂が続く。
エリが口を開いた。
「天音。」
「はい?」
「右手は平気?」
天音は包帯の上から軽く手を持ち上げる。
「ええ、まぁ。これでも魔法少女ですので、常人より治癒は早いかと。」
そう答えてから苦笑した。
「痛いものは痛いですが。」
エリは頷く。
しばらく二人で戦場を見る。
長秀とククリが話している。
その近くにはサキの亡骸。
「強かった。」
エリがぽつりと言う。
「ええ。」
天音も頷いた。
「藤宮サキも、それを打倒したククリさんも。」
少しの沈黙。
風が吹く。
折れた木の匂いが漂う。
エリは膝を抱えながら呟いた。
「これから面倒になる気がする。」
天音が横を見る。
「おや。エリさんもそれくらいは分かりますか。」
少し笑う。
エリがじろりと睨む。
「今馬鹿にした?」
「まぁ。」
エリの眉間に皺が寄る。
天音は肩をすくめた。
「ともかく。」
視線を夜空へ向ける。
「今日の出来事は日本中に伝わるでしょうね。」
遠くではまだ兵たちが戦場を見ながらざわついている。
これだけの騒ぎだ、隠しようがない。
天音は続ける。
「そしておそらく、他にも来ている魔法少女にも。」
エリが考え込む。
「やっぱりいると思う?」
「ここまで来たら、いない方が不自然です。」
天音は断言した。
「藤宮サキが来た。」
「ククリさんも来た。」
「私たちもいる。」
「これだけ揃っていて他が誰も来ていないなど、むしろ考えにくいでしょう。」
エリはため息を吐いた。
確かにその通りだった。
「どんな質の連中かは分かりませんが。」
天音はさらに続ける。
「藤宮サキのような野蛮人は御免ですね。」
即座にエリが反応した。
「それ。」
「はい?」
「フラグっていうんだよ。」
天音の顔が露骨に嫌そうになる。
「やめてください不吉な。」
エリは戦場を見る。
ククリが長秀と話している。
信長が何か考えている。
秀吉が兵を怒鳴っている。
勝家が落ち着いて指示を飛ばしている。
そんな光景を見ながら言った。
「たぶんもっと面倒なのが来る。……かもね。」
天音は数秒黙り込んだ。
それから空を見上げる。
「本当にやめてください。今の私、その予想を否定できないんですよ。」
エリは少しだけ笑った。
天音は頭を抱えた。
月は天井を通り過ぎ、沈み始める。
夜はまだ終わりそうになかった。
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信長から届いた一通の書状を前に、浅井長政は冷静に状況を分析する。藤宮サキという怪物を知るからこそ導き出した結論は、織田への降伏だった。盟友への義と家臣・領民の命、その狭間で苦渋の決断を下した長政は、お市へ胸中を打ち明ける。
次回「浅井長政、降伏す」
敗北を認めることもまた、一人の将の覚悟。
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