第35話 グラディウス
「全軍、下がらせよ。」
信長の声は落ち着いていた。
しかし、有無を言わせぬ意思と焦燥を滲ませていた。
「城下にも触れを出せ。民を避難させよ。」
「はっ。」
勝家が即座に応じ、配下に檄を飛ばす。
戦場は城下から離れている。
だがもはや彼我の距離はほぼ関係ない。
ここに流れ弾が飛んでいないのはたまたま。
いつまでその幸運が続くのだろうか。
長秀は戦場を見た。
鎖の巨人。
高さ三丈。
問題は大きさではない。
その巨体が超高速で動いていることだった。
速い。
あり得ないほど速い。
先程までサキ本人が見せていた速度。
それを失っていない。
轟音。
地面が抉れる。
巨人が消える。
次の瞬間には数十歩先。
さらに次の瞬間にはククリの眼前。
鎖の拳が振り下ろされる。
ククリが回避する。
余波だけで大地が割れた。
木々が吹き飛ぶ。
長秀は戦慣れしている。
だがあれは武勇ではない。
天変地異だった。
ククリの肩部装甲が展開する。
無数の火矢にも似た兵器が飛び出す。
空へ上がる。
旋回する。
降下する。
そして巨人へ殺到した。
直撃。
爆発。
火炎。
土煙。
しかし煙の中から鎖の腕が伸びる。
数百数千の鎖が絡み合い壁を形成している。
爆炎はその表面を削るだけだった。
「ォォォォォォオオオオオオオ!!!」
巨人が前進する。
ククリは片腕を持ち上げる。
手首の装甲が展開する。
白銀の筒が幾つも姿を現した。
乾いた破裂音。
十数本の銀色の針が放たれる。
針は鎖の巨人へ突き刺さった。
直後。
青白い電光が走る。
鎖の表面を稲妻が駆け抜ける。
だが。
効かない。
無数の鎖が電流を分散させる。
一部は地面へ逃げる。
一部は空中へ散る。
「か、勝てるのですか?」
秀吉が青い顔で誰にも分からぬ問いを吐く。
誰にも答えられない。
信長も、長秀も、勝家も。
天音も、エリも。
固唾を飲んで見守るほかなかった。
戦いは続く。
巨人が殴る。
ククリが避ける。
ククリが撃つ。
巨人が突き進む。
森は既に消えかけていた。
大地も原型を失っている。
そして。
初めて。
ククリが後退した。
ほんの一歩。
だが確かに。
ククリの赤い瞳が明滅する。
『脅威判定を更新。』
機械音声が響く。
AIが淡々と告げる。
『対象の戦闘能力を再評価。』
巨人が迫る。
再び拳が振り下ろされる。
ククリはそれを回避しながら静止した。
次の瞬間。
白銀の装甲全体へ赤い光が走る。
長秀は直感した。
まだ終わりではない。
AIが淡々と告げる。
『形態変更、兵士形態から大剣形態へ。」
肩。
胸部。
腕。
脚。
白銀の装甲を覆う全ての継ぎ目が赤く発光する。
まるで溶鉱炉の隙間から漏れる光のようだった。
戦場全体がその赤い光に照らされる。
鎖の巨人も動きを止めた。
正確には止まらざるを得なかった。
目の前で起きている現象があまりにも異様だったからだ。
直後。
爆ぜた。
ククリの全身を覆う装甲が。
肩部装甲。
胸部装甲。
腕部装甲。
脚部装甲。
それらが内側から押し出されるように分離する。
金属片が飛び散る。
しかし破壊ではない。
飛び散った装甲は空中で停止する。
そして動く。
回転。
変形。
接続。
再構成。
まるで見えない職人が空中で巨大な工芸品を組み立てているかのようだった。
長秀は思わず息を呑む。
白銀の装甲群が一つへ集まっていく。
細長く。
鋭く。
巨大に。
やがてその形が誰の目にも明らかになった。
剣だった。
大剣。
それも人が扱うためのものではない。
城門すら両断できそうな異形の剣。
刀身だけで人の背丈を遥かに超えている。
そして変化はまだ終わらない。
刀身に無数の継ぎ目が走る。
複雑に組み上げられた白銀の装甲。
本来なら脆弱となるはずの接合部。
そこへ異変が起きた。
周囲の大地が震える。
抉れた地面から土が浮き上がる。
砕けた木々が持ち上がる。
戦闘で吹き飛んだ枝。
根。
樹皮。
石。
砂。
ありとあらゆる物質が刀身へ引き寄せられていく。
吸い込まれる。
埋め込まれる。
融合する。
土が隙間を埋める。
木が骨組みとなる。
石が補強材となる。
白銀の刀身は見る間に厚みを増していく。
金属だけではない。
森そのものを取り込んだような巨大兵装へ変貌していく。
その光景は不思議だった。
禍々しい。
だが同時にどこか神々しくも見えた。
まるで周囲の環境そのものが武器へ組み込まれているように見える。
神話の一部を再現しているような。
『構造補強完了。』
『周辺資材の再利用を終了。』
AIの声が響く。
そして。
大剣の中心。
それを持つ剣士。
装甲の大部分は失われ、やせ細った体は骨も当然の姿をしていた。
体は痩せこけ棒のようである。
しかし不思議と、全く貧弱さを感じさせない。
極限まで目的にのみ自身の機能を割いた、清々しいほどの特化形態。
鎖の巨人が咆哮する。
遊びは終わったか、とばかりにその巨躯を吶喊させる。
地面が揺れる。
三丈の鎖の怪物。
それに対峙するのは。
森を喰らい巨大化した一本の大剣。
『大剣形態、形態変化完了。』
『戦闘再開。』
巨大な刀身がゆらりと持ち上がる。
それだけで周囲の空気が震えた。
鎖の巨人が咆哮する。
その巨体に見合わぬ速度で地面を蹴る。
轟音。
大地が沈む。
鎖の塊が砲弾のように突進した。
振り下ろされる拳。
その一撃だけで城門どころか城自体すら粉砕できるだろう。
だが。
それより先に白銀の閃光が走った。
甲高い金属音。
巨人の拳が逸れる。
大剣だった。
ククリは既にそこにいない。
次の瞬間には別の場所。
さらに次の瞬間にはまた別の場所。
巨人の動きの先を行き、軽やかにすら見える動きで剣を振るう。
まるで白い稲妻だった。
先程の兵士形態が重装歩兵なら。
今は肉を削ぎ落とした獣であった。
装甲を失った身体は異様なほど細い。
腕も。
脚も。
胴も。
戦国の武人なら病人と勘違いしそうなほど痩せている。
だが。
その代償として得た速度は異常だった。
鎖の巨人が二撃目を放つ。
弾かれる。
三撃目。
弾かれる。
四撃目。
大剣が滑り込む。
軌道を逸らす。
巨人の腕が空を切る。
「ォォォォオオオオオオ!!」
巨人が吠える。
拳を連打する。
嵐のような攻撃。
だが。
全て弾かれる。
長秀には理解できなかった。
あれほど巨大な剣を振るうなら動きは鈍るはずだ。
あんな細い体躯なら威力も出ないはずだ。
だが現実は逆だった。
剣そのものが意思を持っているように動く。
防ぐ。
流す。
叩く。
そして切る。
次第に戦況が変わり始める。
最初は互角だった。
次に巨人が押された。
そして。
明確に後退を始めた。
一歩。
また一歩。
鎖の足が地面を削る。
巨人の拳が届かない。
届く前に剣がある。
受け流される。
逸らされる。
叩かれる。
巨人の姿勢が崩れる。
そして、その瞬間が訪れる。
白銀の閃光。
大剣が振り抜かれる。
鎖の右腕が宙を舞った。
轟音。
鎖がばら撒かれる。
まるで血しぶきのように、鎖が統率を失い飛び散る。
兵たちから歓声が上がる。
しかし。
巨人は止まらない。
怯まない。
切断面から新たな鎖が噴き出す。
再生。
失われた腕が形を取り戻す。
だが再生より速かった。
ククリが動く。
次の瞬間には反対側。
大剣が振り下ろされる。
左腕が飛ぶ。
再び鎖の雨。
再生が始まる。
だが今度は間に合わない。
白銀の影が足元へ潜り込む。
横薙ぎ。
巨大な脚が切断される。
さらに反対側。
もう一本。
切断。
巨人の支えが消える。
均衡が崩れる。
三丈の巨体が傾く。
地鳴り。
土煙。
鎖の巨人が倒れた。
山が崩れるような音だった。
兵たちが。
秀吉が、勝家が、長秀が、天音が、エリが。
信長すらも今度は叫んだ。
それでも。
まだ終わらない。
ククリは巨人の、もはや胴体のみである金属塊へ飛び乗る。
胸部。
心臓。
そこに埋め込まれたサキの顔が見える。
叫んでいる。
言葉にはなっていない。
ただ。
悲しみにも喜びにも似た絶叫。
そして。
白金の剣士は。
なんら感情を見せることなく。
巨大な大剣を構える。
戦場が静まる。
誰も動かない。
誰も声を出せない。
白銀の細身の身体。
巨大な剣。
倒れた鎖の巨人。
その全てが月明かりに照らされている。
「す、すとっ」
長秀は思わず叫ぼうとした。
しかし、それは間に合わなかった。
AIが告げる。
『脅威排除を実行。』
大剣が突き降ろされる。
迷いなく。
真っ直ぐ。
鎖を貫く。
胸部を貫く。
心臓へ届く。
そして。
白銀の刃が藤宮サキを貫いた。
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鎖の巨人との戦いは、ついに終わりを迎える。倒れた藤宮サキに、ククリは最後の言葉を交わす。戦場には静寂が戻るが、誰もがこれが終わりではなく新たな波乱の始まりだと感じていた。
次回「終幕」
一つの終わり、一つの始まり。
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