第34話 藤宮サキ
『戦闘開始。』
その宣言が終わるより早く、ククリの姿が消えた。
今度はサキだけではない。
ククリもまた人の目で追える速度ではなくなっていた。
「――ッ!」
サキが反射的に飛び退く。
次の瞬間。
先程まで立っていた場所へ白銀の拳が叩き込まれた。
轟音。
地面が陥没する。
土と石が爆発したように吹き飛ぶ。
高台の長秀が息を呑む。
ただ殴っただけだった。
だが戦場に大筒でも撃ち込んだような穴が開いている。
サキは笑った。
いや。
笑うしかなかった。
「ハハッ!!ロボかよ!!」
鎖が唸る。
左右から同時。
首と脚を狙う。
先程までなら避けられない角度。
しかし。
ククリは避けない。
白銀の腕が動く。
掴む。
「おいおい。」
サキの笑みが深くなる。
「力比べか?」
AIの声。
『対象の武装を捕捉。』
ククリの肩が開く。
ぱきり。
装甲が左右へ展開する。
中から現れたのは筒。
複数。
整列した小型の筒。
『誘導兵装展開。』
サキの顔から笑みが消えた。
「は?」
次の瞬間。
白煙。
火炎。
肩から何かが飛び出した。
一発。
二発。
三発。
四発。
空へ上がる。
曲がる。
降ってくる。
「おいおいおいおい!」
サキが地面を蹴る。
逃げる。
だが追ってくる。
爆発。
爆発。
さらに爆発。
土煙が吹き上がる。
木々が薙ぎ倒される。
戦場が揺れる。
高台では秀吉が完全に固まっていた。
信長ですら目を細める。
誰も理解出来ない。
戦とは何か。
今目の前で行われているものは本当に戦なのか。
そんな疑問が浮かぶ。
サキが爆煙を突き破る。
服は焼け焦げている。
だが無傷。
「その程度で!」
鎖を振り上げる。
一直線。
ククリへ。
ククリは動かない。
代わりに掌を向けた。
『電撃針起動。』
掌から何か、小さな弾丸が発射される。
それは鎖へ達する。
ククリの体内から電撃が鎖へ殺到する。
そして。
伝わった。
金属。
鎖。
サキの体内へ。
最悪の経路だった。
「がァッ!!」
サキの全身が跳ねる。
筋肉が痙攣する。
火花が散る。
黒煙が上がる。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
サキの動きが止まった。
だが、そこで終わらない。
「なめんなァ!!」
怒号。
鎖が弾ける。
切断。
排除。
焼け焦げた鎖が地面へ落ちる。
白煙が上がる。
サキは荒く息を吐いた。
腕が痺れている。
肩も痺れている。
だがまだ動く。
まだ戦える。
そして。
初めて理解した。
目の前にいるのは人形使いではない。
人形そのものだ。
◆
高台の上では誰も言葉を発せなかった。
戦場では轟音が絶え間なく響いている。
爆発。
雷鳴。
土煙。
時折見える白銀の影。
そして吹き飛ばされながらも食らいつくサキ。
もはや長秀の知る戦ではなかった。
「……あれは何なのだ。」
長秀は思わず呟く。
「あれがククリの能力。」
長秀が振り返る。
白髪の少女、エリ。
「ククリは何でも人形に出来る。木でも土でも石でも。」
戦場の中央では、ククリが掌から雷を放ち、肩から火を吐く矢のようなものを次々と撃ち出している。
人の姿をしている。
だが人間には見えない。
「動物も人間も。」
そしてエリは一拍おいて。
「自分自身も。」
そう言った。
◆
ククリは静かに立っている。
肩から煙を上げながら。
掌に青白い火花を散らしながら。
AIが淡々と告げた。
『戦闘継続。』
『対象、依然として行動可能。』
『脅威度、上方修正。』
サキは口元を吊り上げる。
そして久しぶりに。
本当に久しぶりに。
自分が死ぬかもしれないと思った。
吹き飛ばされながら笑っていた。
肩口は焼けている。
腕は痺れている。
それでも笑う。
ククリは無言だった。
白銀の身体。
赤く光るセンサーのような瞳。
肩部装甲が展開し、次の攻撃準備を進めている。
『脅威判定更新。』
『対象の戦闘能力を再評価。』
『戦術を修正。』
感情の無い機械音声だけが響く。
サキはそれが気に入らなかった。
地面を蹴る。
爆発的な加速。
ククリの懐へ飛び込む。
鎖を振るう。
受け止められる。
拳を叩き込む。
受け流される。
「はは。」
鎖が唸る。
「良いなァ。」
さらに一撃。
さらにもう一撃。
「それがお前の本気かよ。」
ククリは無言。
AIだけが応答する。
『攻撃軌道解析完了。』
『回避行動開始。』
「なぁ、おいククリ。」
サキは眉をひそめた。
面白くない。
全然面白くない。
なぜだ。
さっきまであんなに楽しかったのに、急に心が冷めていく。
目の前には確かにククリがいる。
だが。
会話をしている気がしない。
「おい。」
再び踏み込む。
鎖を突き出す。
ククリが避ける。
反撃の電撃が走る。
サキは身体を捻って躱す。
「なんとか言えよ。」
爆発。ミサイル。
地面が抉れる。
煙の中からサキが飛び出す。
「そのAIに喋らせてないでよォ。」
ククリは何も答えない。
視線すら揺れない。
ただ標的を見る兵器の目だった。
「おい、ククリ。」
サキの顔から笑みが消える。
「喋れって。」
鎖がぶつかる。
白銀の腕が弾く。
衝撃波。
土煙。
「コミュニケーションだろうが。」
拳がぶつかる。
鎖が絡む。
互いに離れる。
再び接近する。
「戦いながらする魂のぶつかり合いが楽しいんじゃねぇか!」
サキの声は怒鳴り声ではない。
むしろ。
必死だった。
ククリは依然として無言。
『対象の行動ルーチン変化を確認。』
『戦闘能力への影響なし。』
『戦闘継続。』
サキの顔が歪む。
「なんとか言えよ、おい!」
鎖が暴れる。
周囲の木々が吹き飛ぶ。
「オレの目を見ろよ!」
拳。
衝撃。
「声を聴けよ!」
爆発。
閃光。
それでも。
返事は無い。
AIだけが淡々と戦闘を継続する。
サキは理解し始めていた。
今のククリは。
自分を見ていない。
敵として認識している。
脅威として認識している。
だが。
会話の相手としては見ていない。
◆
サキにとって戦闘とは会話だった。
それは比喩ではない。
本当にそう思っている。
言葉は信用ならない。
嘘を吐く。
誤魔化す。
取り繕う。
だが暴力は違う。
殴れば分かる。
殴られれば分かる。
相手が何を考えているのか。
何を恐れているのか。
どこまで本気なのか。
全部分かる。
かつて自身の親が行っていた作法だ。
「コミュニケーションだ。」
「親子なんだからな。」
「分かり合うためだ。」
サキはそれを今でも実行している。
その結果として自身の親を殺したが、後悔はない。
コミュニケーションの結果、サキのほうが格上だったのだから。
その生殺与奪の権利はサキが握って当然なのだ。
やがて裏社会へ足を踏み入れた。
半グレ。
不良。
ヤクザ。
最初は期待した。
今度こそ話が出来る相手がいるかもしれない。
そう思った。
だが違った。
数だけ多い。
肩書きだけ大きい。
威勢だけ良い。
本気でぶつかってくる者は少なかった。
強い者はいた。だがサキより弱かった。
結局最後は同じだった。
倒れる。
謝る。
命乞いをする。
会話が終わる。
それの繰り返しだった。
だから東京を荒らした。
だから暴れた。
だから探した。
自分と対等な相手を。
本当の意味で話が出来る相手を。
そして。
沢渡ククリに負けた。
初めてだった。
負けたのは。
初めて自分を止められた。
初めて最後まで立っていた。
初めて自分を恐れなかった。
だからサキは忘れられなかった。
捕まった後も。
牢の中でも。
眠れない夜でも。
思い出すのはいつも同じだった。
あの日の戦い。
あの日の敗北。
あの日の会話。
沢渡ククリという少女のことを。
◆
「そうかよ。」
笑う。
だが先程までの笑いではない。
少し寂しそうだった。
「オレの強さが足りないって?」
鎖が伸びる。
ククリへ迫る。
『迎撃。』
切断。
爆発。
火花。
「オレがまだ弱いから。」
踏み込む。
さらに踏み込む。
「まだお前と対等じゃあねぇから!」
ククリの拳が頬を掠める。
血が飛ぶ。
それでも止まらない。
「格下との会話はお断りだってか!?」
サキは笑った。
血を流しながら。
自棄になりながら。
「いいぜ!」
地面が割れる。
鎖が唸る。
「なら見せてやるよ!」
さらに速度を上げる。
長秀たちには何が起きているのか見えない。
ただ轟音だけが響く。
「オレの力を!」
鎖が砕ける。
再生する。
伸びる。
「実力を!」
サキは吠える。
それは宣言だった。
叫びだった。
そして。
願いだった。
「だからお前もオレを見ろ!」
「こっちを向けよ!」
ククリは無言。
AIすら沈黙。
戦闘継続。
ただそれだけ。
サキの目が見開かれる。
そして。
最後の一線を越えるように叫んだ。
「アァアアアアアァアアアアア!!!」
最初は誰も気付かなかった。
サキの両腕から伸びる二本の鎖。
それが微かに震えている。
次の瞬間だった。
轟音。
黒い奔流が噴き出した。
「な――」
長秀が言葉を失う。
鎖だった。
無数の鎖。
両腕から際限なく溢れ出している。
まるで山腹から湧き出した濁流だった。
せき止められた何かが堰を切って溢れ出すように。
黒い鉄の瀑布。
それが天へ向かって吹き上がる。
夜空を埋め尽くす。
月が消えた。
月光ごと飲み込まれた。
兵たちは誰一人として声を出せない。
戦場の上空に巨大な黒雲が生まれたようだった。
しかしそれは雲ではない。
全て鎖。
百か?千か?それ以上か?
想像も出来ない量の鉄が空を覆っていた。
サキはその中心にいる。
両腕を広げたまま。
笑いながら。
泣きそうな顔で。
天を見上げている。
「オレを見ろよ。見てくれよ。なぁ。」
一瞬だけ全てが止まった。
黒い大瀑布が空中で静止する。
戦場から音が消える。
風すら止まったような錯覚。
次の瞬間。
落ちてきた。
黒い大河が、
サキへ向かって。
轟音。地鳴り。
空気が震える。
鎖が降り注ぐ。
飲み込む。
包み込む。
積み重なる。
絡み合う。
圧縮される。
変形する。
形を持ち始める。
それは先程の球状形態ではない。
もっと巨大。
もっと歪。
もっと暴力的。
だが。
どこか悲痛だった。
助けを求めるようにも見えた。
怒りを叫ぶようにも見えた。
鎖が腕になる。
脚になる。
胴になる。
頭になる。
やがて。
巨人が立っていた。
高さは三丈ほど。
直前の大量の鎖を思えば、むしろ小さいとすら思えた。
人型。
だが人ではない。
全身が鎖。
筋肉も骨も皮膚も存在しない。
ただ無数の鉄鎖だけで構成された巨躯。
その胸部。
心臓にあたる位置。
そこにサキがいる。
鎖の中心に埋め込まれるように。
固定されるように。
ゆっくりと。
少しずつ。
身体が鎖へ沈んでいく。
長秀は思わず息を呑んだ。
それは搭乗ではない。
融合だった。
人が鎖へ取り込まれていく。
あるいは。
鎖が人を喰っているようにも見えた。
「それでもオレを見ねぇってんなら。」
サキは叫んだ。
黒鉄の巨人が慟哭した。
「殺してやるよォォォォォォォォォォォォ!!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
戦場に現れた鎖の巨人。その圧倒的な破壊力を前に誰もが息を呑んで戦いの行方を見守る。ククリは新たな形態へと移行、その姿はもはや人の理解を超えていた。月明かりの中、鎖の巨人と白銀の剣士が激突し、戦いはついに決着の時を迎える。
次回「グラディウス」
白銀の刃が夜を裂く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




