第32話 こじらせメンヘラガール
高台へ辿り着いた長秀を最初に迎えたのは、人形に背負われた天音だった。
木人形が器用に彼女を運んでいる。
右手は見るからに酷い有様だった。
指は不自然な方向へ曲がり、血が滲んでいる。
それでも本人は平然としていた。
「大丈夫か。」
長秀が問うと、天音は苦笑する。
「大丈夫じゃないです。」
その返答に信長が近くの兵へ視線を向けた。
「手当てをせよ。」
兵たちは一瞬戸惑った。
目の前の少女はつい先日まで得体の知れぬ異能者であり、半ば客人のような立場だったからだ。
しかし信長の命令に逆らう者はいない。
すぐに人が呼ばれ、天音は高台の後方へ移された。
その少し離れた場所ではエリも待機している。
元よりそこまで負傷が深いわけではなさそうだが、再び戦場へ入る様子は無い。
いや。
入れないのだ。
今の戦場は人の出入りできる場所ではなくなっていた。
長秀は信長の傍へ進み出る。
「申し上げます。」
そうして秀吉と別れてから今に至るまでを簡潔に説明した。
話を聞き終えた信長は特に驚いた様子も無く、
「なるほどな。」
とだけ呟いた。
その視線はずっと戦場へ向けられている。
長秀もまた目を向けた。
ククリの人形たちがサキを囲んでいる。
しかしそれは単純な包囲ではない。
刀を持つ者。
槍を持つ者。
素手で構える者。
それぞれが異なる間合いを維持しながら位置を変え続けている。
一体が攻めれば別の一体が死角へ回る。
さらにその後ろへ別の一体が移動する。
一体を破壊しようとしても、その隙を見逃す事がない。
一瞬の「溜め」。
これをサキは作れない。
作らせないように強いている。
人形同士が高度な連携を取り。
致命打をサキに撃たせない。
まるで一個の生命のように。
長秀は戦慣れしている。
だからこそ分かる。
あれは偶然ではない。
ククリが意図してあの動きを取らせている。
長秀はそこまで考えてなお理解できぬ。
あのような高度な戦術を?
あの子供が?
普段あれだけ阿呆面を晒しているあの童が?
「面白い。」
信長が言った。
「先程の二人とやっておる事は同じよ。」
長秀は耳を傾ける。
「天音とエリも包囲しておった。あの鎖の娘は一人。それを二人で挟み撃ちにしていた。だが足りなんだ。それ以上の速度をもって、あの娘は力技で押し切った。」
信長は続ける。
視線の先。
人形が走る。
サキが動く。
人形が回り込む。
さらに別の人形が進路を塞ぐ。
「沢渡ククリはそこを更に上回る数で解決した。」
長秀も理解した。
八体。
いや、その周囲も踏まえればそれ以上。
人形たちはそれぞれ異なる方向から圧力を掛け続けている。
サキは速い。
だがどこかへ動けば誰かがいる。
飛び退けば別の人形が待っている。
天音とエリの時は出来なかった先回りが成立している。
人形だからこそ出来る戦法だった。
疲労しない。
恐怖しない。
迷わない。
そして何より。
数が多い。
「なるほど。」
勝家も思わず呟いた。
「追い込んでおりますな。」
実際。
戦況はククリ側へ傾き始めていた。
人形が一体、槍を突き出す。
サキが避ける。
その先には刀を持つ人形。
さらに横から別の人形。
攻撃。防御。牽制。包囲。
その全てが噛み合っている。
極めて高度な一手一手。
普段の言動や行動からは考えられぬ堅実な詰め将棋。
「こ、これならもしや……!」
秀吉の声が喜色ばむ。
しかし。
信長の顔が歪む。
「まだだ。」
その言葉と同時だった。
サキの姿が消える。
長秀は見失った。
いや、目で追うこと自体が不可能だった。
先程までとは速度が違う。
さらに一段。
上がった。
轟音。
空気が裂ける。
次の瞬間。
刀を構えていた人形の胴が吹き飛んだ。
木片が夜空へ散る。
頭部が宙を舞う。
残骸が地面を転がる。
たった一撃だった。
包囲の一角が消える。
至極簡単な理屈だった。
攻撃が間に合わないなら、さらに速い攻撃を。
相手の一手の前に。
自身が十手指せば良いのだと。
長秀は息を呑んだ。
そして戦場の全員が理解する。
「カハハハハハ!乗ってきたァ!ギア上げてくぞハハハハハはははははァ!!!」
今の速度ですら。
まだサキの全力ではないのだと。
◆
人形たちが次々と飛び出す。
槍を構えた人形が突き込む。
サキは半歩だけ身体を傾けて避け、そのまま鎖を振り抜いた。
木片が夜空へ散る。
人形の上半身が吹き飛ぶ。
その直後には別方向から二体が飛び込み、一体が足を狙い、もう一体が頭上から棒を叩きつける。
「サキ、あんたも来てたとはね――っと!」
ククリが指を振る。
人形が即座に隊列を組み替える。
「どうやって来たか覚えてる?」
「んな事どうだっていいだろうがよ!」
サキが地面を蹴る。
爆音。
一瞬で包囲を抜ける。
だがその先には既に別の人形が回り込んでいた。
「今この瞬間を楽しめよククリィ!」
鎖が閃く。
拳法の構えを取っていた人形が真横から叩き潰される。
頭部が砕け、木片が雨のように降る。
「私は別にバトルジャンキーじゃねーんで!」
ククリは後方へ下がりながら指を鳴らす。
「あーもう、ほれほれほれ!」
三体の人形が同時に飛び込む。
一体が正面。
一体が側面。
一体が死角。
だが。
サキが笑う。
「もうあの時とは違うんだよ!」
鎖が唸る。
正面の人形が胴から真っ二つになる。
その残骸を踏み台にして跳び上がり、側面の人形を蹴り飛ばす。
さらに空中で身体を捻り、最後の一体へ鎖を叩き込む。
三体が一瞬で消えた。
「もうお前の人形遊びじゃ捉えられないだろ!」
着地。
「まだ上げられるぜ!」
地面が割れる。
「ハハハハハハ!!」
その瞬間。
サキの姿が掻き消えた。
高台の信長らですら見失う。
次に見えた時には人形が吹き飛んでいた。
槍を構えていた一体が木っ端微塵になる。
「そーみたいッスね。」
ククリが思わず頬を引き攣らせる。
「おっとやべやべ。」
だが焦りは見えない。
次々と新しい人形が位置を変え、空いた穴を埋める。
「分かってんだよ!」
サキが吠える。
「まだあんだろ!?」
鎖が地面を抉る。
その衝撃で二体の人形がまとめて吹き飛ぶ。
「まだテメェは隠してる!」
木片が舞う。
「本気じゃねェ!」
「へっ、それはどうかな?」
ククリは肩を竦める。
その背後で新たな人形が組み上がる。
「こんな顔してもう心の中では精一杯かも、」
人形が飛び出す。
「ねっと!」
だがサキは止まらない。
正面から突っ込んできた人形の顔面を掴み、そのまま地面へ叩き付ける。
木が砕ける音。
「悪いと思ってたんだよ!」
サキの声は笑っていた。
怒鳴っているのに。
心底楽しそうだった。
「あん時はお前に全力を出させられなかった!」
さらに一体。
さらに一体。
人形が壊れる。
「協会に捕まっても思い出すのはそればっかだ!」
「いやいや別に気にしてない、ですよ!」
ククリは本当に困った顔をしていた。
その表情を見たサキがさらに笑う。
「さぁ出しな!」
鎖が大きく伸び、数体の人形を纏めて薙ぎ払う。
「本気を!」
人形が吹き飛ぶ。
「コミュニケーションだよこれが!」
また一体。
「オレの全力で死なねェ奴は!」
さらに一体。
「お前が初めてだったんだ!」
残っていた人形たちが次々と破壊されていく。
一回崩れたらあとはもう時間の問題だった。
一手を取り戻す間に、サキは十手二十手を重ねていく。
もはや初めの精強な人形は無く。
かろうじて動きについていく人形のみが、一体また一体と破壊されていく。
「オレを見ろククリ!」
爆音。
吹き飛ぶ人形。
気づけばあれだけいた人形が、最早残り、
「オレを見ろォォォォォ!!」
一体。そして、それも今粉砕された。
戦場に静寂が落ちた。
ククリの前にいた人形は全て破壊された。
木片だけが辺りに散らばっていた。
それを見たククリが額を押さえる。
「こんの、拗らせメンヘラガールが。」
盛大に溜息を吐いた。
サキは哄笑した。
その笑い声が岐阜の城下に響き渡った。
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追い詰められたかに見えたククリは、静かに切り札を解放する。その変化は敵味方を問わず戦場に衝撃を与え、長秀たちは困惑するばかり。姿を変えたククリを前に、初めてサキの表情から余裕が消える。
次回「サンドリヨン」
月光煌めく、白銀の騎士。
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