第31話 人形姫
日は落ち、月が昇らんとしていた。
戦況は完全に変わっていた。
先程まで均衡していたはずの戦いは、今や一方的なものになりつつある。
サキは戦場を駆け回っていた。
地面を蹴るたびに土が弾ける。
鎖を振るう。
エリが防ぐ。
だが次の瞬間にはもう別の角度から攻撃が飛んでくる。
エリは対応している。
善戦していると言って良い。
しかし追いつかない。
速度が違う。
重さが違う。
経験が違う。
攻撃に移る余裕が無い。
刀は防御のためだけに動いている。
少しずつ。
確実に押されていた。
魔法少女は基本的に身体能力が強化される。
だが程度には差がある。
サキはその中でも極端だった。
能力自体は鎖を操るだけ。
単純な能力であるが故に、本人の身体能力が異様に伸びているのかもしれない。
エリも決して弱くない。
だが戦闘経験が少ない。
能力に目覚めたのは三年前。
そこから協会の任務に出始めたのが一年前。
対してサキは幼い頃から暴力の世界で生きてきた。
自分の身体がどこまで動くか。
どの距離なら届くか。
どの攻撃なら耐えられるか。
それを嫌というほど理解している。
何より、「命のやり取り」に慣れている。
その差が今、はっきりと出ていた。
天音は木にもたれかかっていた。
右手は潰されている。
指はまともに動かない。
痛みで涙が滲む。
だが戦場から目を離せなかった。
エリが吹き飛ばされる。
立ち上がる。
また防ぐ。
また吹き飛ばされる。
その繰り返しだった。
「……まずいですね。」
口に出して確認したところで状況は変わらない。
だからと言って何も出来ない。
それが余計に腹立たしかった。
その時だった。
何かが肩へ飛び乗る。
小さな木人形だった。
手のひらほどの大きさしかない。
人形は天音の頬に触れ、涙を拭う。
天音は一瞬だけ目を見開いた。
そして。
少しだけ力が抜けた。
「やっと真打登場ですか?」
その直後。
戦場の中央でサキが振り向いた。
回し蹴りが綺麗にサキの側頭部へ入る。
威力は大したことがない。
だが。
確かに攻撃だった。
反射的にサキは鎖を振り抜く。
一撃を入れた影はその鎖に引き裂かれ散らばる。
木で出来た人形であった。
サキが一歩だけ止まる。
エリが距離を取る。
ようやく呼吸する時間が出来た。
全員の視線が同じ方向へ向く。
月が出ていた。
その下を一人の少女が歩いてくる。
何やら無駄に格好を付けたように。
歩き方も無駄にポーズを付けながら。
後ろには木人形が何体も付いてきている。
こちらも同様に無駄にポーズを取っている。
何故か踊りながら向かってくる個体もいる。
更に後方には馬上から戦場を眺める壮年の男、丹羽長秀。
長秀は周囲を見回した。
抉れた地面。
倒れた木。
焼け焦げた地面。
傷だらけのエリ。
木にもたれた天音。
そして中央に立つのは。
鎖を手に、月下に佇む少女が一人。
目は爛々《らんらん》と輝き。
口角はこちらを目にした瞬間からみるみる吊り上がる。
「なんと……」
言葉に出来ぬ。
この惨状がたった三人の戦いの後だというのか。
「よお。」
サキが笑う。
「おせェな。待ちくたびれたぜ人形師。」
月光の下、ククリも軽く手を上げた。
「ヒュー、随分派手にやってんな。私も混ぜてよ。」
無駄に格好つけた言い方で。
天音もエリも、一瞬状況を忘れて失笑する。
「格好つけすぎですね。」
「ちょっと逆にダサいかも。」
「ククリ、勝てるのか?」
丹羽長秀は思わず問うた。
戦場の惨状を見れば無理もない。
地面は抉れ、木々は折れ、兵たちは近寄ることすら出来ない。
何より。
天音とエリ。
二人とも長秀には正確な実力は分からない。
だが弱くないことだけは分かる。
その二人が手も足も出ず追い詰められていた。
そんな相手だ。
いくらククリでも危険なのではないか。
そう考えるのは当然だった。
しかし。
「長秀さんは下がっててー。」
ククリは振り返りもしない。
「巻き込まれるよ。」
気負いも無い。
緊張も無い。
まるで城下で遊びに誘うような気軽さだった。
長秀は思わず眉をひそめる。
この娘はいつもこうだ。
恐怖を知らぬのか。
それとも恐怖する必要が無いのか。
どちらなのか長秀には分からない。
ククリは戦場へ向き直る。
そして両手を広げた。
ぱちん。
拍手一回。
空気が変わった。
長秀にはそう感じられた。
背後にいた木人形たちが止まり、
全員が一斉に顔を上げる。
先程までの人形たちはどこか緩慢だった。
だが急に、動きが変わった。
意思が宿ったような。
兵士になる。
そんな表現が一番近かった。
八体ほどの人形が前へ出る。
自然にククリを守るように。
長秀は目を見開いた。
隊列を組んでいる。
「はい、全員構え!」
ククリの声が飛ぶ。
人形たちは即座に従った。
一本の棒を刀のように構える者。
長い木材を槍のように持つ者。
拳を前へ出し格闘家のような姿勢を取る者。
盾を構えるように腕を上げる者。
何かしらの武器、個性ある構えを取る人形たち。
その姿は滑稽なはずだった。
木人形である。
顔も描かれておらず、ただの丸太の集合体のような物。
悪戯で作ったような、子供騙し。
そうとしか見えない。
だが。
長秀には笑えなかった。
人形たちの動きがあまりにも洗練されていた。
戦場で何度も見てきた。
熟練の兵。
百戦錬磨の武者。
それに似た空気を感じる。
「総員!」
ククリが片手を振る。
その表情はいつも通りだった。
子供たちと遊ぶ時と変わらない。
だが。
次の言葉だけは。
まるで軍を率いる大将のようだった。
「戦闘開始!」
人形たちが飛び出した。
一斉に。
サキは口角を吊り上げた。
「ハハ。」
協会で捕まってたはずの自分がどうして解放されたかも分からない。
戦国に飛ばされた理由も分からない。
だがそんな事はどうでもよい。
今この瞬間の高揚に比べればあらゆる事情が些事だった。
「やろうぜ沢渡ククリィ!!」
鎖が唸る。
木人形たちが迫る。
月光の下、咆哮と衝撃が炸裂した。
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戦いは新たな局面へ。人形による包囲と鎖の猛攻が激突する中、サキはなお勢いを増し、ククリもまた次の一手を繰り出していく。ただ力を競うだけではない、二人の間にある特別な感情が戦場をさらに熱く染めていく。
次回「こじらせメンヘラガール」
戦いとは、コミュニケーション。
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