第30話 双頭の蛇
「ハハ、やるじゃん。」
「そっちもね。」
サキは楽しそうに笑い、エリは相変わらず無表情のまま刀を構えていた。
戦況は均衡している。
だがそれは決して互角という意味ではない。
天音とエリが連携し、ようやく押し返されずに済んでいるだけだ。二対一で均衡しているという事実そのものが、サキという少女の異常性を物語っていた。
「エリさん、この子のこと知ってるんでしょう?弱点とか無いんですか?」
「特には。」
天音は位置を変えながら銃口を向ける。エリも刀を周囲に展開したまま距離を調整する。二人とも会話をしているようで、その実、一瞬たりともサキから意識を逸らしていない。
「黒蛇組っていう半グレ集団の頭。東京のヤクザなり他の反グレをほとんど潰したあと協会に見つかって、その後ククリと一騎打ちして負けた。知ってるのはそれくらい。」
「なるほど。」
天音は苦笑した。
「だからあそこまでククリさんにご執心な訳ですね。」
二人の会話を聞いていたサキが口元を吊り上げる。
「認めてやるよ。ククリには及ばねーが、お前らも『それなり』だ。」
その声と同時に、戦場中へ広がっていた鎖が動いた。
地面を這い、木々へ絡み付き、周囲を埋め尽くしていた鉄の奔流が、一斉にサキの両腕へ向かって収束を始める。
じゃらじゃらと耳障りな音が響く。
まるで掃除機の巻取りコードのように、音を立てて収納されていく。
長大な鎖が次々と吸い込まれ、先程まで戦場を覆っていた圧倒的な物量がみるみる縮んでいく。
遠巻きに見守る兵たちの中には安堵の息を漏らす者もいた。
巨大な鎖の群れが消えるなら脅威も小さくなる。
そう考えたのだろう。
しかし天音もエリもそうは思わなかった。
むしろ逆だった。
嫌な予感しかしない。
やがて鎖の動きが止まる。
残ったのは両腕から伸びる二本だけ。
長さは一丈ほど。
先程の形態と比べればあまりにも小さい。
サキは首を鳴らしながら笑う。
「頼むから死ぬんじゃねーぞ?」
天音の背筋に寒気が走った。
その言葉が終わるより早く、サキの姿が消えた。
違う。
消えたように見えただけだ。
あまりにも速すぎた。
踏み込みの瞬間、地面が爆ぜる。大量の土が跳ね上がり、衝撃で周囲の草木が揺れた。
一直線。
迷いも駆け引きも無い。
サキはエリへ向かって突っ込んでいた。
エリは即座に反応する。複数の刀が飛び込み、防御陣形を組む。これまでなら十分に通用していた動きだった。
だが。
サキの右腕から伸びた鎖が鞭のようにしなり、空気を裂いて振り抜かれる。
轟音。
刀が受ける。
しかし受け切れない。
衝撃は刀を貫通し、そのままエリの身体へ叩き込まれた。
エリの身体が吹き飛ぶ。
地面を削りながら何度も跳ね、木を一本へし折ってようやく停止した。
先程まで鎖の大軍勢を操っていた少女と同じ存在とは思えなかった。
これまでサキの動き自体はごく僅かであり、主に鎖が戦闘行動を担っていた。
だが今は真逆。
あくまで鎖は武器として。
サキ自身の動きが異次元となった。
純粋な暴力。
身体能力。
反応速度。
技量。
全てが頭抜けた鬼神。
天音はそこでようやく理解する。
大量の鎖は武器であると同時に足枷だったのだ。
広範囲制圧に特化した形態。
いわば『雑魚狩り特化形態』。
そして今の姿は、その全てを捨てて近接戦闘へ振り切った形態。
リソースの全てをあの二本の鎖に集中し。
身体能力もまた底上げされている。
まるで双頭の蛇の如く。
黒い鎖がじゃらりと鳴った。
サキはゆっくりと振り返る。
その視線が天音を捉える。
獲物を見る目だった。
天音は額を伝う冷や汗を拭うことなく、新たな武器を取り出しながら小さく息を吐いた。
「なるほど。」
その声には僅かな緊張と、少しばかりの高揚が混じっていた。
「ここからが本番でーーー」
その言葉が紡がれるより前に。
天音の視界に黒の蛇が瞬いた。
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激戦の末、天音とエリは徐々に追い詰められていく。その窮地へ静かに姿を現す、真打ち。ついに二人の怪物が正面から相対する。誰もが待ち望み、そして恐れた戦いの幕が上がる。
次回「人形姫」
運命の激突。
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