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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第26話 秀吉、空を飛ぶ

 木下藤吉郎秀吉は生涯で幾度となく死地を潜ってきた。


 美濃攻め。

 金ヶ崎(かねがさき)。

 姉川。

 どれも命懸けだった。


 だが。

 今ほど生きた心地がしない時間は無かったかもしれない。


 理由は単純。

 乗り物が最悪だった。


 藤宮サキは鎖を操る。

 そのこと自体は既に理解した。

 問題は操り方である。


 無数の鎖が絡まり合い、巨大な鉄の球を作っていた。

 球の表面では鎖が絶えず蠢《うごめ》いている。

 その下から何本もの鎖が足のように伸び、地面を掴みながら進んでいた。

 まるで巨大な鉄の蛸《たこ》。


 じゃらりじゃらりと鈍い音を絶えず響かせ、その黒の化生《けしょう》は野を進んでいた。


 そして。

 その鉄球の上にサキが胡座《あぐら》をかいて座っている。

 さながら神輿《みこし》に乗る殿様である。


 秀吉はというと。

 鉄球から伸びた一本の鎖にぐるぐる巻きにされ。

 魚を吊るすような格好で宙に浮いていた。


 時折揺れる。

 時折回転する。

 そのたびに胃が悲鳴を上げる。


「へぇ。」


 サキが前を向いたまま言う。


「お前農家だったの?」

「元はそのようなものでございますな。」


 秀吉は答える。

 吐きそうだった。

 だが吐けばどうなるか分からない。


 必死に耐える。

 そして話し続けた。


 尾張《おわり》で生まれたこと。

 若い頃は身分も無かったこと。

 信長へ仕えたこと。

 戦場で功を立ててきたこと。


 出来るだけ面白く。

 出来るだけ分かりやすく。

 まるで子供へ昔話を聞かせるように。


 それが功を奏したのか。

 サキは意外と真面目に聞いていた。


 時折笑い。

 時折驚き。

 興味が無い部分は露骨に流す。

 その分かりやすさが逆に恐ろしい。


 機嫌が良い時は良い。

 だが悪くなった時に何をするか分からない。

 横山城がその証明だった。


 道中。

 畑仕事をしていた百姓たちがこちらを見つける。


 数秒後。


「ひっ!」

「ひいいぃっ!」


 悲鳴を上げて逃げ出す。


 鍬《くわ》を放り出し。

 荷を捨て。

 転びながら走る。


 サキはそれを見ていた。

 そして。

 何も気にしなかった。

 まるで道端の雀でも眺めるような感覚だった。


 秀吉は冷や汗を流す。

 この少女にとって人の営みはその程度なのかもしれない。


「ふーん。」


 しばらく話を聞いていたサキが呟く。


「そういや秀吉って名前、なんか聞いたことあるな。」


 秀吉は目を細めた。


「ほう。」

「なんだっけな。」


 サキは本気で思い出そうとしている。

 そして。


「ああ。」


 納得したように指を鳴らした。


「信長秀吉家康だ。」


 秀吉は黙った。

 風の音だけが聞こえる。


 信長。

 分かる。現在天下人への階段を駆け上がっている尾張の梟雄だ。


 家康。

 まぁ分かる。清州にて信長と強固な同盟を結び、現在三河にて武田へ睨みを効かせる食えぬ男。


 だが。

 何故そこに自分が入る。


 秀吉は一瞬返答に困った。


 大名ですらない。

 尾張一城の主ですらない。

 ……先ほどまでは仮にはそうであったのだが。もはやその城は瓦礫と化した。


 それが何故。

 信長と家康と並べて語られる。


 頭の中に疑問が溢れる。

 だが。

 秀吉は口にしなかった。


 この少女を見てきた。


 興味の無い話を説明する気は無い。

 説明を求めれば面倒臭そうにする。

 あるいは話題そのものを切る。


 ここで深追いするのは得策ではない。

 機嫌を損ねるとどうなるか分からぬ。


 長年培った空気を読む力がそう告げていた。

 今は聞くな。

 聞けば碌なことにならない。


「それは光栄にございますな。」


 結局そう返した。

 サキは満足そうだった。

 どうやら正解らしい。


 秀吉は内心で安堵する。

 同時に。

 不気味さも覚える。


 自分を知っている。

 何故か。分からない。

 分からないことばかりだった。


 そんなやり取りを続けるうちに、遠くに城が見え始めた。


 山の上。

 見慣れた城郭。


 佐和山《さわやま》城である。


 そこで秀吉の脳が高速で回転する。


 丹羽長秀。

 少なくとも話の通じる相手だ。


 この状況を説明する必要がある。

 出来るだけ早く。

 最低でも信長様へ伝令を飛ばしてもらわねば。


 秀吉は慎重に口を開いた。


「サキ様。」

「ん?」


「実はあの城に知り合いがおりましてな。」

「へぇ。」


「草鞋や着替えを借りてきてもよろしいでしょうか。」


 サキは首を傾げた。

 そして。

 初めて秀吉をじっくり見た。


 頭から足先まで。


「あ。お前裸足じゃん。」


 今さらだった。


「はい。」

「しかも寝巻きみたいな格好。」

「はい。」

「ハハハハハハ!」


 サキは腹を抱えて笑った。

 鉄球ごと揺れる。


 秀吉は笑えない。

 元々執務中だったのだ。

 当然である。


「悪ぃ悪ぃ、そりゃそうか。拉致《らち》したんだった。」


 全く悪いと思っていない声だった。

 秀吉は聞かなかったことにした。

 そこへ突っ込む勇気は無い。


 サキは笑いながら手を振る。


「いいぞ。」


 秀吉は内心で安堵した。

 だが。

 次の言葉でその安堵は吹き飛ぶ。


「でもあんまり待たせると。」


 サキが佐和山城を指差した。


「あれもさっきの城みたくぶっ壊すからなー。」


 笑顔だった。

 冗談を言っている顔ではない。


 横山城を思い出す。

 城が斜めに切断され崩れ落ちた光景。

 秀吉は静かに頷いた。


「承知致しました。」


 出来るだけ急ぐ。

 何としても急ぐ。



 そう思いながら秀吉は佐和山城を見上げた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 怪物・サキからわずかな猶予を与えられた秀吉は、裸足のまま佐和山城へ駆け込む。異様な姿に驚く長秀へ必死の警告を伝えるが、事態は想像以上の速さで動き始める。交錯する思惑の中、一刻を争う伝令が戦国の空気を大きく揺るがしていく。


 次回「走れ秀吉」

 すれ違い、行き違い。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


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