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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第24話 秀吉ゲットだぜ

 横山城。

 北近江における織田家最大の前線拠点。


 小谷城の南に位置し、浅井家を監視するための城である。


 城そのものは大きくない。

 しかし立地が良い。


 ここを押さえることで小谷城の動きを常に窺うことが出来る。


 逆に言えばここにいる者は常に浅井家を見張り続けねばならない。


 木下藤吉郎秀吉は本丸の一室から外を眺めていた。


 昼。

 空は高い。

 秋風が心地よい。


 だが秀吉の顔は晴れない。

 机の上には幾つもの報告書が並んでいた。


「ふぅむ。」


 小谷城。

 明らかに動いている。


 兵糧の移動。

 兵の招集。

 馬の徴発。


 どれも戦支度だ。

 間違いない。


 しかし。

 だからこそ分からない。


「何故今ですかなぁ。」


 秀吉は腕を組んだ。


 比叡山が落ちた。

 それもほんの十日ほど前の話だ。

 浅井家にとっては大打撃である。


 信長の圧力は増した。

 朝倉との連携も難しくなった。

 本来なら守りを固める場面だ。


 攻める理由が無い。


 まして小谷城は姉川以来、守勢に回ることが多かった。


 長政は愚将ではない。

 感情で軍を動かす男でもない。

 だから余計に不可解だった。


「何かある。あるんでしょうな。」


 秀吉は呟く。

 問題はそれが何かである。


 さらに頭痛の種がもう一つ。


 比叡山。


 秀吉は別の報告書を手に取った。

 そこには信じ難い内容が並んでいる。


 土人形。

 妖術。

 鬼神。

 天狗。

 信長が地獄の軍勢を呼び出した。


 書いている方も半信半疑だったのだろう。

 文章の端々から困惑が滲んでいる。


「馬鹿馬鹿しい。」


 秀吉は一笑に付した。

 土人形だと?

 妖術だと?


 そんなものが本当に存在するなら戦など成立しない。


 おそらく何らかの隠語。

 あるいは暗号だろう。


「土人形。」


 口に出してみる。

 兵の種類か。

 工作員か。

 あるいは光秀あたりが仕掛けた策の名称か。


 分からない。

 だが一つだけ確かな事実がある。


 比叡山は落ちた。

 ほぼ無血で。


 そこが理解できない。


 買収。

 内応。

 脅迫。

 兵糧攻め。

 首脳部だけを抱き込んだ可能性。


 考えられる手段を順番に並べていく。

 どれも決め手に欠ける。


「うぅむ。」


 秀吉は唸った。


 丹羽長秀。

 明智光秀。

 柴田勝家。

 そして、織田信長。


 誰かが何かを隠している。

 そう考える方が自然に思えた。


 だが信長の反応を見る限り。

 当人たちも困惑している節がある。


 何かが起こっている。

 己の知らぬところで、何かが。


 そこまで考えた時だった。

 遠くから何かが聞こえた。


 風の音ではない。

 鳥の羽音でもない。

 何かが空気を裂くような音。


 秀吉が顔を上げる。


「……?」

 次の瞬間。


 爆音が響いた。



 ◆



 少し前。


 横山城近郊。


 城から少し離れた林の中。

 秋の草木が風に揺れている。


 その茂みの中に、場違いなほど派手な少女がしゃがみ込んでいた。


 藤宮サキ。


 全身に鎖を巻き付けた少女は、獲物を狙う獣のように横山城を見上げている。


 隣には案内役として連れて来られた浅井兵がいた。


 生きた心地がしない。

 そもそも何故自分が選ばれたのか。

 何故こんな怪物と二人で敵地近くまで来ているのか。

 考えるだけ無駄だった。全て彼女の気分次第だったのだから。


「なぁ。」


 サキが口を開く。


「なんだあの城。」

 指差す先には横山城。


「え?」

「だから城。」

「あ、あれは横山城にございます。」

「ふーん。」


 サキは目を細める。


「あそこに信長とククリがいんのか?」


 兵は慌てて首を振った。


「い、いえ。」

「違うの?」

「信長は岐阜城かと。」


「ククリは?」

「それは……存じませぬ。」


「じゃあ別にどうでもいいな。」


 兵は少し安堵した。

 彼女の興味が何かに向くと、確実に嵐が起こる。

 それがこの数日で浅井軍が学んだ事だった。


 だが甘かった。


 サキは再び横山城を見る。

 しばらく眺める。

 そして何気なく聞いた。


「なぁ。」

「は、はい。」

「あの城って邪魔か?」


 兵は一瞬意味が分からなかった。


「邪魔……ですか。」


「長政にとって。」


 兵は考える。

 そして答えた。


「ええ。厄介な城です。」


 これは即答だった。

 サキが興味深そうに振り向く。


 兵は続けた。


「横山城は小谷城の南にございます。ここを織田に押さえられている限り、我らが軍を動かせばすぐ察知されます。」


「街道も見張られる。」

「兵の移動も見られる。」

「南へ出ようとすればまず横山城を意識せねばなりませぬ。」


 サキは黙って聞いている。

 兵はさらに続けた。

 それが異常である事に気が付かず。


「いわば喉元に刺さった棘。それが横山城です。」


 沈黙。

 サキは数秒考えた。


 そして。

 兵は自身が何か決定的な失敗をしたと悟った。


「じゃあ潰しとくか。」


 兵は固まった。


「……は?」


 聞き間違いだろう。

 そう思った。


 だがサキは本気だった。


「飴と鞭、ってやつだよ。長政もいい事ないと可哀想だろ?オレ様がプレゼントしてやろうって話。」


 立ち上がる。

 周囲の木々へ鎖が伸びる。


 じゃらり。


 鉄が鳴る。


 一本。

 二本。

 三本。


 巨大な木へ絡みつく。


 兵の顔色が変わる。

 嫌な予感しかしない。


「お、お待ちを!」

「ん?」

「流石にお一人では――」


 サキは笑った。

 無邪気な笑顔だった。


「だったらお前も来るか?」


 まるで食事にでも誘うように言った。

 兵は必死に首を横に振った。

 縦に振れば彼女は躊躇いなく連れていく。


 鎖が張る。

 ぎしり。

 木が軋む。


「ま、待――」


 言い終わらない。

 張り詰めた鎖が限界まで引き絞られる。


 まるで巨大な弩。

 あるいは攻城戦で用いる投石機のようだった。


 サキは笑っていた。


「よっしゃ。じゃあ待ってな。」


 鎖が解放される。


 轟音。

 地面が抉れる。

 兵の視界からサキが消えた。


 速すぎて見えない。


 空気が裂ける。

 鳥が飛び立つ。

 林が揺れる。


 そして。

 横山城。

 その外郭へ向かって。


 一筋の黒い影が凶弾のように突っ込んでいった。


 兵は呆然とそれを見送る。


 数秒後。

 遠くから。

 凄まじい音が響いた。


 兵は静かに空を見上げた。


 そして思った。

 なんて報告しよう。



 ◆




 凄まじい轟音。

 城全体が揺れた。


 机が跳ねる。

 硯が倒れる。

 障子が震える。

 天井から埃が舞った。


 秀吉は反射的に立ち上がる。

「何事か!?」


 廊下から悲鳴が聞こえる。

 兵たちの怒号。

 慌ただしい足音。


 そして再び。

 城のどこかで木材が砕ける音が響いた。


 秀吉は窓へ駆け寄り、外を覗き込む。

 その瞬間。

 何かが顔を掠めた。


「なっ……ッ!?」


 瞬間的に体を逸らす。

 戦場で幾度となく感じた濃密な死の気配。


 黒光りする一本の線。

 それはよく見ると鎖であった。


 鎖が下から飛び込み、天井に突き刺さった。


 鎖だった。

 鉄の鎖が梁へ深々と食い込んでいる。


 あり得ない。

 鎖とはそういうものではない。

 投げて梁へ突き刺さる道具ではない。


 そんな常識を嘲笑うように鎖が動く。


 生き物のように。蛇のように。

 しなる。


 そして、何かが下から飛び込んできた。


「よぉ。邪魔するぜ?」


 それは確かに人の形をしていた。

 見た目だけなら可憐な少女のなりをしていた。


 年は十代半ばか。

 長い髪。

 軽装。

 戦場にはあまりにも不釣り合いな姿。


 少女は部屋へ降り立った。

 土埃が舞う。


 そして周囲を見回した。

 まるで他人の家へ遊びに来たような気軽さで。


 秀吉は直感を覚えた。

 こいつだ。

 こいつに類する何者かが、比叡山を落としたのだ。

 自身の常識に当てはまらぬ規格外の怪物。


「ククリって知ってる?人形使いの。」


 肝がさぁっと冷えていくのを感じる。

 少女と目が合う。

 その目に映る己の顔が、ひどく引き攣っているのが見えた。


 回答をしくじれば死ぬと分かった。

 生物としての位階が異なると分かった。

 この数秒が、己の生死を決めると分かった。


「そ、それを知るものを知っている。」


 かろうじて、声を裏返しながら絞り出した。


 ククリなる者に聞き覚えはない。

 だが、十中八九『土人形』に関連する者だ。

 ならば、織田の手の者であるに違いない。


 少女の目が細まる。


「へぇ。じゃあ案内してくれよ。」


 秀吉が返事をするより早く、鎖が動いた。


 蛇が獲物へ巻き付くように。

 一瞬で秀吉の胴へ絡み付く。


「な――」


 体が浮いた。

 理解する間もない。


 窓が近付く。

 空が見える。

 城下が見える。

 秀吉はようやく叫んだ。


「の、のわぁああああああああ!?」


 秀吉の絶叫と共に、怪物は横山城の窓から飛び出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 サキに連れ去られた秀吉は、生き延びるため尾張への案内役を引き受ける。束の間の静けさが訪れたかに思えたその時、サキは「忘れ物」を思い出したように横山城を振り返る。兵も秀吉も意図を理解できぬまま、戦国の常識を揺るがす出来事が静かに幕を開けようとしていた。


 次回「横山城倒壊」

 理不尽は、何の前触れもなく訪れる。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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