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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第22話 人形師の休日

 九月下旬。


 近江国、佐和山城。

 秋の気配が山々を染め始めていた。


 天守から見下ろせば、琵琶湖が陽光を受けて静かに輝いている。


 比叡山も遠くに見える。

 あの山が天下の話題となってから既に十日近く。

 風景だけ見れば平穏そのものだった。


 長秀は一通の書状を畳んだ。

 信長からのものだった。

 内容は簡潔である。


 比叡山制圧の後処理。

 浅井方面への警戒。


 そして。

 ククリの扱いについて。


「まぁ、当然であるな。」


 長秀は苦笑した。

 信長の考えは理解できる。


 比叡山の一件はあまりにも衝撃的だった。


 二刻足らず。

 死者ほぼ無し。

 寺社も残存。


 織田軍が長年頭を悩ませた問題が消滅した。

 普通なら英雄扱いである。


 だが。

 それをやってしまったのが十三の童であり、

 その手段も尋常のものでは無かった。


 長秀は窓の外へ目を向けた。

 城下から子供たちの歓声が聞こえる。


 視線を下げる。

 そこにはククリがいた。


「おらー!次行くぞー!」

「おおー!」


 子供たちが歓声を上げる。


 十数体の人形が組み合わさる。

 階段になる。

 滑り台になる。

 橋になる。

 子供たちがその上を駆け回る。


 さらに別の人形が肩車をしている。


 また別の人形は木の枝にぶら下がり、子供を乗せてぶらぶらと揺れていた。


 城下の子供たちにとっては大人気である。

 ククリも楽しそうだった。

 本人にとっては戦も遊びも大差ないのかもしれない。


 明るく素直であり面倒見の良く、なおかつ不思議な妖術を使う。

 大人にとっては不気味な童でも、同じ子供にとっては人気者なのだろう。


 長秀は思わず笑いそうになる。

 微笑ましい。

 それは間違いない。


 だが。

 同時に頭も痛い。


「あの童《わらべ》がなぁ……。」


 比叡山を制圧した張本人。

 織田家の諸将を震え上がらせた怪物。

 それが今は子供たちと滑り台を作って遊んでいる。


 光景としてあまりにも噛み合わない。

 長秀は再び琵琶湖を見た。

 この十日で世は大きく動いた。


 比叡山陥落。

 その報は瞬く間に広がった。


 当然である。

 天下第一の霊場、それが落ちたのだから。


 もっとも真実はほとんど伝わっていない。

 伝わるのは噂ばかりだ。


 曰く。

 信長が妖術を使った。


 曰く。

 土の鬼神が山を埋め尽くした。


 曰く。

 天狗が比叡山を襲った。


 曰く。

 信長が地獄の軍勢を呼び出した。


 長秀は苦笑した。

 実際に見た者ですら理解できぬのだ。

 見ていない者が理解できるはずもない。


 そして現在。

 比叡山そのものは光秀が管理している。

 山門勢力を解体しつつ、地域そのものは押さえる。


 明智殿には胃の痛い仕事だろう。

 長秀は同情した。


 もっとも。

 自分も似たような立場である。


 視線は自然と下へ向く。


 ククリが笑っている。

 子供たちも笑っている。

 平和な光景だ。


 だが。

 長秀は知っている。

 自分がここへ送られた理由を。


「実質、監視役であるな。」


 誰も聞いていない独り言だった。

 長秀はため息をついた。


「とはいえ。」


 ククリが人形を百体近く使って巨大な遊具を作り始めている。

 子供たちが大歓声を上げた。


「儂に何が出来る。」


 正直な話だった。


 もしククリが暴走したら。

 長秀に止める術はない。


 勝家にも無い。

 光秀にも無い。

 おそらく信長にも無い。


 出来るのは説得くらいだろう。

 それが通じるかも怪しい。


「まぁ。」


 長秀は再び笑った。


「今は大人しく遊んでおるようだしな。」


 城下から。


「おっちゃーん!」


 ククリの声が響く。


「降りてこいよー!」


 子供たちも続く。


「殿様ー!」

「一緒に遊ぼう!」


 長秀は額を押さえた。

 ゆっくりと立ち上がる。


「……仕方あるまい。」


 少なくとも今は。


 天下を揺るがす怪物ではなく。

 ただの子供として笑っているのだから。



 ◆




「ククリよ。」


「んー?」


 畳に寝転がっていたククリが顔だけ上げる。

 長秀は傍らの木箱を示した。


 存在感のある漆塗りの木箱である。

 二人の小姓がようやく運べるほどの箱だった。


「信長様よりだ。」

「なにこれ。」

「比叡山の褒美である。」


 ククリが起き上がる。

 蓋を開ける。


 中には金色の小判。

 反物。

 南蛮渡来と思われる装飾品。


 その他様々な品が収められていた。


「おっ。」


 目が丸くなる。


「おお。」


 さらに覗き込む。

 小判を手に取る。


「おおお。」


 そのまま口に咥えようとする。

 慌てて長秀は止める。


「な、なにをしておる?」


「いや本物かなって。」


「本物に決まっておろうが。」


「あと金メダルって噛むのが作法ってどっかで聞いたから」


「どこの作法かは知らぬがやめた方が良いぞ。」


 長秀は少し笑った。


 比叡山を落とした少女とは思えぬ反応である。


「どうだ。信長様は手柄には報いるお方であろう?」

「おー。確かに太っ腹だぁ。」


 ククリは正直に言った。


「褒美あるとは思わなかった。」

「何?」


 長秀が思わず聞き返す。

 ククリは首を傾げた。


「だって協会そういうの無かったし。」


「無かった?」


「仕事終わったら報告書書いて終わり。」


「終わり?何の褒美も無いと?」


「終わり。」


 長秀は絶句した。


 比叡山ほどの功績であれば、戦国なら一国一城の主になってもおかしくない。

 少なくとも家臣団の誰もが羨む恩賞を受ける。


「……その協会という組織は人使いが荒いのでは無いか?」


「そう?」


 ククリは本気で分かっていない顔だった。


「まぁもらえるならもらっとく。」


 ククリは小判を一枚持ち上げる。

 そう言って笑った。


 その顔は年相応の少女そのものだった。


「でもちょっと多すぎるなぁ。残りは長秀さんにあげるよ。」

「あ、あげるだと?」


 長秀は思わず固まった。

 まるで菓子でも分けるような気楽さだった。


「そ。私あんまり使い道ないし。あれよ、今までの家賃代わり。」

「お主な。」


 額を押さえる。


「それはいかん。」

「何でさ。」


 ククリは至極不思議そうに尋ねる。


「これはお主の働きに対しての褒美である。それを儂が己のものにしては信長様に対しての不義に当たる。」


「ふーん。」

 ククリはあまり理解していない顔だった。

 この辺りの理屈は彼女は一生理解できないのでは無いか?と長秀は思った。


「なんか長秀さんって真面目だね。」


「何をいう、至極当然の事を言っているだけだ。」


「いやぁそれが出来ない人っていっぱいいるよ?そんでズルした結果どデカい失敗する、みたいな。」


 まるで見てきたように言うククリ。

 興味本位で尋ねる。


「ほう、これまでにそういう輩がいたのか?」


「まぁね。協会のなんか権力争い?みたいな。研究成果の横取りだとか、費用の横領だとか、色々やってたらしいね。国重さん……ああ、私の上司ね?いつもすごい怒ってたなぁ。」


 組織である以上、腐敗も生まれる。

 未来であっても人の性というものは変わらないのだな、と長秀は苦笑する。


「結局その輩はどうなったのだ?」


「なんか事故って死んだ。」


「……そ、そうか……」


「流石に可哀想だったな。内臓が野菜に入れ替わって死んだらしいから。」


「!?」


 耳を疑う。


「な、何がどうなってそうなったのだ!?」

「いやぁ詳しくは機密だったから詳しくは知らないけど。胃がナスだったらしいよ。」


 因果応報にしても限度がある。

 自分なら絶対にそんな死に方はしたくない。


「ま、いいか。じゃあ取り敢えず貰っとくね。ここ置いといて。」


 ククリは小判を数枚取り出して懐にしまうと、箱を閉めることすらせずに出ていく。


「何処へ行くのだ?」

「これ使って買い物してくるー。夕方には帰るねー。」


 そう言って部屋を出て行く。

 襖が閉まる。


 静寂。

 長秀は残された木箱を見る。


 黄金。

 反物。

 宝物。


 普通の人間なら目の色を変える財だ。

 だが当の本人は数枚だけ持って買い食いでもするような顔で城下へ出て行った。


「……。」


 長秀は小さく笑った。

 そして木箱へ蓋をした。


「やはり分からぬ童だな。」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 比叡山陥落の報を受けた小谷城では、戦支度よりもサキの暴走が頭痛の種となっていた。戦後まで見据える長政の苦心も意に介さず、ククリと戦いたい一心のサキは不満を募らせる。そんな中、お市の何気ない一言が事態を思わぬ方向へ動かしてしまう。


 次回「浅井長政の受難2」

 誰にも止められない者ほど、思わぬ一言で動き出す。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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